4 聳え立つイレギュラー

「……分かりました」


 最終的に、エルは俺の頼みを聞いてくれた。

 その答えに至るまでに一体どんな事を考えたのか。いや、考えてくれたのかは分からない。だけどどんな

形であれエルの協力を得られて本当によかったと思う。

 俺一人で事に臨んでも上手くいく気がしない。

 明らかにアイラの出力が上がっていた。

 戦闘に特化している訳ではないリーシャやヒルダはまだいいとして、今のアイラと俺の間に大きな差は存在しない。しなくなっていた。下手すれば真正面からぶつかれば負ける可能性だってありうる。

 そしてアイラですらそうなのだから……ナタリアに関してはもう俺では手も足も出なくなっている可能性すら考えられる。

 あの業者との戦いで目にしたナタリアの動きや、戦いが終わってこの場所へと向かっていた際に聞いたエルの話を纏めると、恐らく素の状態で比較すれば俺達単体の上を行く。その状態から更に強くなっていると仮定すれば……俺とカイルが戦った時の様な半ば一方的な戦いに持っていかれれば、俺の考えたプランは成功しない。

 成功させるには戦力でまず上回らなければいけないんだ。

 だから絶対にエルの協力が必要だった。剣になってもらって一体一に持ち込むにしても、二対一に持ち込むにしてもだ。


「悪い、ありがとな、エル」


「いえ、もうそれしか無いって事は理解できましたから……とにかくやるからには絶対に皆を助けましょう」

「ああ、当然だ」


 全員助ける。助けて見せる。絶対にだ。

「それで、具体的にこれからどうします?」


「とにかく誰でもいい。誰でもいいから見つけるんだ。それさえできればどうとでもなる」


 ……なるはずだ。

 なんとかして接近して、アイツらに触れて術式を発動させる。そうすれば俺の事をある程度信頼さえしてくれればきっとなんとかなる筈だ。なんとかなってくれる筈だ。

 ある程度信頼してくれていればだが。

「とにかく時間がない。あんまりもたもたしてるとアイツらがそこら中の関係のない人間を殺し続けるし、それを止めるために誠一達に殺される! だから急がねえと!」


 もっと早くこの策に気が付けばよかった。

 少なくともアイラとヒルダには出会えていたんだ。もうあの時点で助けられたんだ。

 ……その事実が鉛のように重く圧し掛かるが、悔やんだって助けられない。圧し掛かるからこそ早く動かなくてはいけない。


「行くぞエル!」


 そしてエルを剣へと変える。とにもかくにもアイツらを探す。その為に動き出そうとしたその時だ。


「ちょっと待てよ栄治ッ!」


 背後から誠一の声がして一瞬体が硬直する。

 そうだ……エルに考えがばれてしまっている以上、誠一に協力を要請する事も可能になった。どうする? いきなり走り出した手前言いにくいが協力を頼むか?

 だけどそれでももうこれ以上のタイムロスは許されない様に思える。エルと合流してから誠一との会話の後に動き出すまでの時間。エルに止められて説得する間の時間。もうそれだけの時間を失っている。少なくともアイラとヒルダが既にロングコートの連中と戦っている以上、これ以上のタイムロスは許されない今、どこまで精霊の事を把握しているか分からない誠一達の手を借りる為の最低限度の説明に時間は振れない気がする。

 だったら……どうすればいい?

 だがしかし俺のその答えは出す必要がなくなった。というよりも答えを出そうが出さまいが、走り出す事も悠長に説明することもできなくなったと言うのが正しいか。

 結論だけを言えば、探さなくとも向こうからやってきた。


「……ッ」


 地上から対戦車ライフルと槍を構えていたロングコートの二人が地下駐車場内部へと飛ばされてきた。

 そしてそんな彼らを追撃するように飛び込んでくる。

 禍々しい雰囲気を全身に纏わせたナタリアが。

 咄嗟に正面に突風を発生させた。

 飛ばされてきた二人への追撃を止める為でもある。だけどそれだけではない。

 明確にこちらへと意識を傾けさせる。きっとそうでなければうまくいかない。

 そして僅かに突風で距離を離し入り口付近にまで追いやったのと同時、背後から再び誠一の声が聞こえてくる。


「ソイツはヤバい! 離れ――」


「俺の仲間だ! 頼む、協力してくれ!」


 細かな説得をしている時間もなかった。とにかくそれだけは。それだけは伝えておく。

 間違いなく何かしらの力を持っている誠一達が、ナタリアに殺意を向けてしまわぬ様に。

 そしてそれだけを伝えて俺は動き出す。

 防戦に出ても何も良いことは無い。ただ一直線に、ナタリアに手を伸ばす事だけを考える。

 契約を結ぶ精霊術。エルがあの森で俺と契約を結ぶ際に使った術式は、対象に手で触れなければ発動できない。そしてエルを剣にした途端にあの術が感覚的に使えなくなった事を考えるとエルを剣にしていない状態でしかその術は使えない。

 だったらどう動くべきか。

 そのプランはエルに協力を求めてから今に至るまでで練っておいた。

 どこでもいいから体に触れて、エルを元に戻して術を発動させる。それではおそらくエルを元に戻して術を発動させるまでの僅かな間に、俺の伸ばした手が掌底として作用して発動前にナタリアを弾き飛ばしてしまうかもしれない。だからどこかに触れるだけではなく掴む必要がある。

 そして例えば手を掴んだとして、それからエルを元に戻して精霊術を発動させてもそれでも遅い。やはりおそらく発動前に反撃を喰らう。

 だとすれば……行程を一つ前倒しにするんだ。


「行くぞ!」


 そして足元に風の塊を作り出して、そして踏み抜く。

 目指すは最高速。

 とにかく加速してナタリアへと接近する。そして加速した直後、俺は行程を前倒しにする。


「離すぞエル!」


 叫ぶと同時に手から剣を離した。

 これにより俺の出力は一気に低下する。だけどそれがどうした。

 たとえ出力が落ちようと、既に生まれたエネルギーは変わらない。変わる事無くナタリアへと加速し続ける。

 そして手を伸ばした。

 手を伸ばしてナタリアに触れ、精霊術を発動させるために。

 いけると直感的に思った。今まで敵の動きを遥かに上回る速度で先頭に臨み切り抜けてきた速度を纏っている。速度に動体視力が対応しきれていないがそれでもなんとか手は伸ばせた。

 故にそこにあるハードルは、そもそもナタリアがある程度の信頼を俺に向けてくれているかどうかという最大のハードルのみだと、そう考えた。

 そんな浅はかな考えを抱いていた。


「ッ!?」


 次の瞬間、伸ばしたその手は空を切る。

 躱された。

 ナタリアの出力が上がっている事は分かっていたし、分かった上でのこの動きだ。だけどそれでもこの手は届くと思っていた。その手は届いていなければいけなかったんだ。

 つまりは計り違えた。今のナタリアが一体どの程度の出力を有しているのかを計り違えたんだ。

 いや、正確にはそうじゃない。それだけじゃない。

 戦闘経験が薄く技量も乏しい奴が、動体視力の限界を上回る速度にて、殴りかかるではなく掴むという難易度の上がる行動を取った。

 きっと細かな無駄が多くあった。そんな無駄があってでも、エルを剣化した出力があればなんとかなると思った。

 つまりは過信だ。

 計り違えて過信もした。そんな状態で手が届くわけがない。

 この状況で届くのは、ナタリアのカウンターだ。

 通り抜け、今の状態の俺が出せる速度を大きく上回った状態で地上へ上る斜面へと激突する。

 そして反発して戻って来た俺の視界に映るのはこちらに殺意を向けるナタリアの蹴り。


「ぐあ……ッ!?」


 腹部を貫通したのではないかと思うほどの衝撃が加わり、肺の空気を完全に吐き出さされる。

 そして蹴り上げられた俺の体は地上へと姿を現し、宙に浮いた俺の頭上を取るように瞬時に移動してきたナタリアは明らかに自由落下ではない動きで急降下しつつ一回転。遠心力を拳に込めて俺の鳩尾にめり込まされ叩き落される。

 地面に叩き付けられアスファルトにクレーターを作りながら何度もバウンドし、なんとか足が地に着いた時にはすでに目の前にナタリアがいた。


「……ッ」


 圧倒的だった。エルを剣化していない状態では出力も動きも、その全てが上をいかれる。剣化しても契約の精霊術を発動させるまでの行程を消化しきれない。

 どうすればいいのか分からない。どう目の前の相手を対処すればいい?

 もしかすると今まで俺がエルを剣にして戦ってきた相手はそんな事を考えていたのかもしれない。

 ただナタリアの手を掴む。本来問題となる筈のハードルの一歩手前を超えられる気がしなかった。

 だけど……止まれない。

 超えられる気がしないからって、超えないわけにはいかないんだ。

 助けるんだ……絶対に。

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