19 総力戦 Ⅱ
「……とりあえず意識はねえか」
これで少なくともこいつとアイラ達が倒した姿を消す相手からの追撃はないと考えられるだろう。
だけど正直考えてみれば急ぎで行動しなければならないこの状況において、この行為を取るのは失策だったのではないかと、僅かに掛った所要時間を考えて思う。
それでももしこの男に意識があったのならば、再び行動を起こした際の不意打ちで取り返しがつかない事が起きたかもしれない。急な遠距離攻撃に俺が反応出来ても、俺以外の誰かが狙われれば対応できない可能性もある訳だし、あの姿を消す男も含め、やはりこういうタイプの相手は確認を取っておいた方がいいのではないだろうか? とりあえずこの状況では不適切だったかもしれないが、それは間違いだとは思わない。
……流石にそれで被害を被ったのだから、そういう考えもまた否定はできない。
だけど結局俺がどう考えようと、どう動こうと、結果はさほど変わらない。
こちらに向かってアイラ達が移動を始めていた。
丁度アイラ達から見て俺のいる方角が北であり、俺達が進むべき方角だ。
だから合流できる。俺がアイツらの元に戻ってから再びこの地点まで移動を開始するのと、確認中の俺に向かってアイラ達が移動してくるのでは掛る所要時間に差はない様に思える。つまりこの状況において俺の行動はうまくプラスに働いてくれたようだった。
そしてアイラ達が辿り着き、そのまま減速せずに俺の隣を通過した。
当然だ。俺の念には念を入れた行動が正しかったのかどうかと考えてしまう位には、俺達に時間はない。この場所に留まる事はデメリットしかないんだ。
とにかくあの信号弾の意味を完全には理解できていないが、俺達にとって何か良くない事になるのは容易に想像できたから。
俺も他の皆に続きながら動き出す。
「アイラ、お前腕大丈夫か?」
「……私は何とか。まだ腕も動く。あなたも背中大丈夫?」
「大丈夫だ。今までもっと酷い怪我を沢山してきたからな」
今までの事を考えれば軽傷と言ってもいい位だ。
「ナタリア、お前は?」
俺の問いに返答は返ってこない。だけどとりあえず肉体強化を使いさえすればなんとか走れるという事は、致命傷は負っていないという事だろう。
そしてこれから先も負わせない。
この状況下で、この先もアイツらが利益を考えて精霊を捕らえるという考えで動くかどうかは分からない。完全に俺を取り巻く敵と判断して文字通り潰しに掛ってくる可能性がある。そうなった場合もきっと精霊を資源と見た時と同じように、奴らは精霊に容赦がないだろう。
だからこの先何かがあれば、捕まって枷を嵌められる程度で事が済むとは限らない。一度の失敗が致命的なミスとなる。
だから全方向に気を配れ。
「とにかくお前ら、気ぃ抜くなよ。少なくともあの弓持ってた奴の意識が無い事は確認できた。だけどアイツらの精霊の方の確認までは出来てねえからな」
「それは多分大丈夫。キミと合流する時にあの子達の前を通った。多分普通に気を失ってると思う。それはあの姿を消す人間も同じ」
「……そうか」
きっと姿を消す男に関しては意識を失っている程度で事は済んでいないだろう。
きっと改めて間近で見れば、目を背けたくなる様な光景がそこに広がっているのかもしれない。
「……」
それ以上その事は考えないようにした。考えたくなかった。
そしてそこに向ける意識は別の所で使わなければならない。
「そ、それよりもっと警戒しないといけないのは、此処にいない人達です」
「此処にいない……って事はやっぱあの信号弾は援軍を呼ぶ為の奴か」
「……アイツらの話が本当なら、全勢力が此処に向けられる」
ナタリアがか細い声でそう言う。
「全勢力って……マジかよ」
「目が覚めたときに人間の離してる所を聞いたみたい。精霊に向けられた言葉じゃないんだったら……それは脅しじゃなくてきっと本当の事だよ」
ヒルダが複雑な表情を浮かべながらそう言った。
……だろうな。仲間内でそんな意味もなく、その上通用しない嘘を付くとは思えない。
だとすれば本当にこの場所に全勢力が向けられる。
「だけどナタリアが捕まっていた場所からはもう離れている訳だし、運が良ければはち合わせない可能性も――」
「……忘れてない? あの人間達は探知機を持ってる」
「……そうだったな」
あの男との会話の際に唯一起きていたアイラからそう指摘をされて、思わず苦い顔を浮かべてしまう。
移動した。それは動きだした人間に伝わり、移動している俺達の元へと全速力で接近する。こっちは俺やアイラ、そして全力で走れるかどうかは分からないがナタリアはおそらくそれに匹敵するか上回る速度での移動が可能に思える。うまくすれば振りきる事だってできるかもしれない。
だけどヒルダとリーシャがそうじゃない。ランク云々は分からないが、少なくとも肉体強化に秀でていない彼女達がどれだけ全力で走っても、あのランクの高い精霊とその契約者の人間の速度を上回る事が出来ない。それに合わせて走っていれば間違いなく追いつかれる。
だからと言って背負っていけばいいかと言われればそうじゃない。そんな事をすれば何かあった時にまともに対応できない。初手で詰む可能性すら出てくる。
だからすぐに臨戦態勢を取れる今の状態は崩せない。このままでいくしかない。
このまま、おそらく絶界の楽園への入り口である可能性が高いこの先の湖に向かって走り続けるしかない。
ぶつかってくる相手を、全て薙ぎ払わないといけない。
「……ッ!」
俺は咄嗟に左方に斬撃を放ち、アイラとナタリアも斬撃を打ち込む俺の背後で何かしらの精霊術を右方に目がけて発動させていた。
そして次の瞬間、俺達全体を取り囲む様なドーム状の結界が展開される。
飛ばした斬撃と入れ替わる様に向かってくるのは、矢や俺で言う風の塊の様なものを含めた遠距離攻撃の雨。
「……ッ!」
ヒルダが苦悶の声を上げる。
ヒルダが張った結界と周囲からの猛攻がぶつかり合う衝突音が周囲に響く。
結界が壊れるのが先か、雨が止むのが先か。その行方は分からない。だけど防ぎきることが難しい事は理解できた。
ヒルダの精霊術は結界を張る事に特化している。その上あの工場地下で俺を助けてくれた時は工場内のアンチテリトリーフィールドと呼ばれる装置の所為で弱体化していたそうだから、その時より今の結界の強度は高い。
だけど俺達全員を包みこむ大きさ。そして敵の火力。それを考慮すれば厳しい事など分かっている。
だからこそ全神経を集中させろ。
その結界が破られた時、最善の行動を取る為に。
「ごめん……限界ッ!」
そしてすぐにその時は訪れる。
だがしかし雨は止みかかっていた。
今なら割れても掻い潜れる!
アイラはすぐに動けるように構えを取り、ナタリアはリーシャに向かって動き出す。そして俺もヒルダに意識を傾ける。
そしてその時が訪れた。
「いくぞ、歯ぁ食いしばれ!」
俺は結界を割られたヒルダを抱えて全力で跳び、最後の雨を切り抜ける。
そして着地して、ヒルダを地に下ろした俺の視界の先にはうまくリーシャをカバーしたナタリアと同じく無事なリーシャ。そして単独でその場を切り抜けたアイラ。
そして視界を逸らせば敵がいる。
その数はどれぐらいだろうか。正確な数を数えている場合じゃないから深くは考えないけれど、とりあえず人間と精霊を含めて三十人といった所だろうか? これだけの連中が纏まって俺達を襲えるだけの時間を、さっきの戦いで稼がれたのだとすれば、あの戦いは俺達の負けと言ってもいいのかもしれない。
だけどこの戦いだけは負けられない。
あの工場の戦いよりも敵の数は多そうで、尚且つ一人一人の出力があの警備員や憲兵達よりも高い。そして技量もカイルには劣るもののそれでも高水準。どう考えたって劣勢だ。
それでも……負けられない。
……立ち止まるな。こちらから仕掛けるんだ。
先の攻撃はおそらく纏まった陣形で全員が連携できる状態で、尚且つほんの少しの準備期間が必要になってくる筈だ。だからもう次は打たせない。その陣形を崩しにかかる。
「ヒルダ、皆のサポート頼む!」
言いながら足元に風の塊を形成し、全員に向けて叫ぶ。
「俺がアイツらを切り崩す! だから頼む、全力で凌いでくれ!」
俺が守りに転じれば、今の様な攻撃に潰される。あの雨の様な攻撃だけは打てない様にしなければならない。
だから今はとにかく第二波が来る前に相手を纏めて薙ぎ倒す。カバーに回るのはそれからだ。この状況においては文字通り、攻撃が最大の防御だ!
そして背後でヒルダが動き出すのと同時、俺は風の塊を踏み抜き、一気に加速し、二方向に分かれた敵陣の片方へと単身……いや、エルと共に躍り出る。
そして即座に一閃。固まっていた敵の内二人程を薙ぎ払う。
だけど周囲には後十数人の敵がいる。そして今薙ぎ払った敵ですら本当に倒せたかどうかも分からない。
一歩間違えればそれで終わる。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!」
声を張り上げ恐れを掻き消す。そして無我夢中で剣を振るった。
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