15 選択の刻

 まず真っ先に跳びかかったのは、俺が突風で牽制していた連中だ。

 例え今の相手がどれだけ強くとも、接近戦でなら負けやしない。カイルという強敵を倒せたこの力なら、二人程度には負けない。

 そして急接近してきた俺に僅かに反応してきた男に向かって剣を振るう。この時点で僅かな反応を見せただけならば、この攻撃が躱される事はない。

 そのまま男を弾き飛ばし、そうして隙が出来た俺に放たれた精霊の跳び蹴りを 剣を振った遠心力で体を一回転させて放った蹴りで押し返す。

 そして着地した瞬間に態勢を崩した精霊に接近して剣を振るいなぎ払った瞬間、俺が先に薙ぎ払った男がゆっくりと立ち上がろうとしているのが目に入った。

 カイルの様に瞬時に防御してきた訳でもない。確実に決めた一撃だったが、それでも立ち上がってくるのだから、本当に契約している精霊の質がいいのだと実感させられる。

 だけどそんな事は関係ない。

 立ち上がられたからと言って、さほど状況は変わらない。

 俺は瞬時に切り返し、男の元へと一気に加速する。

 そしてそれを阻むように、あの結界を張る男が躍り出てきた。


「これ以上無茶苦茶させるわけにはいかねえ! 止めるぞ人殺し!」


「殺さねえよ」


 俺は目の前の男を薙ぎ払うべく接近しながら剣を振るう。

 対する男は、先の男と比べ対峙した時点の距離が開いていたからか、そもそも攻撃に対する反射神経が大幅に向上する精霊術でも使っているのか、エルの拳をも弾いて見せた結界で防ぎに掛る。

 そして弾いた所で攻めに転じる。そういう考えなのだろう。

 だけどその結界……砕くぞ。


「……ッ」


 目の前の男が一瞬驚愕の表情を浮かべた。

 そしてガラスが何枚も割れるような音と確かな手応えと共に、男の姿が視界から消えさる。

 そして開けた視界の先には真っ先に弾き飛ばした男が立ち上がっていて、ふらつきながらも左手をこちらに突き出し、正面に三重の魔法陣を展開。そして右拳に光を灯し、その場で全力の拳を振るう。

 そして生まれるのは拳の衝撃波。魔法陣を通過するごとに大きく、そして早くなる。

 確かに凄い。でも、だからどうした。

 俺は上空に跳び上がりそれを回避する。

 当たらなければ、どんな攻撃でも意味を無さなくて、そもそも仮に躱せなくても今の俺なら相殺できる。

 そしてもうそんな状況は作らせない。

 上空に跳んだ俺は僅かに体を捻りながら剣に風を纏わせ斬撃を打ち放つ。

 そしてその斬激が男を薙ぎ払ったのを確認した所で、エルの声が届く。


『エイジさん、多分地上から何かきます』


 片手で風を操作して方向転換し、地上に視線を向けると、結界を作りだす男が立ちあがって正面に結界を張っていた。

 その姿からはなんとか立ち上がっていると言った様子は感じられない。あの結界が俺の攻撃を跳ね返せなかったとしても、それでも威力を殺す位の事は成功していた様だった。


「……ふざけんじゃねえぞ」


 男はその結界に手を触れながら言う。


「てめえみたいなクズを野放しにしておけるかッ!」


 その言葉と共に結界は砕かれ、そのまま粉々になった結界の破片が縦断の雨の様に俺に降り注ぐ。

 そして勢いよく広範囲に巻き散らかされた破片は俺の逃げ場を無くしている。それでも躱せない事はないが、それでは距離を詰められない。この攻撃にはそうした意図もあるのかもしれない。

 とにかく攻撃を凌いで反撃の時を待つ。そういう狙いなのかもしれない。

 だけど接近させないなんて意図は、俺には通じない。

 それ故に、奥の手があったとしても出させない。

 俺は足元に風の塊を形成する。

 そしてそれを踏み抜き、雨の中に突入した。

 全身に痛みが走る。だけどそれでも、あの弱体化した状態でも辛うじて脱する事が出来たんだ。

 今は俺一人に攻撃対象が絞られているからか、その結界の破片の密度が遥かに高いけど、もうそんな事では止まらない。止められてたまるか。

 そして一気に破片の雨を潜り抜ける。

 何度も俺の体を弾き返そうとする様に結界の効力が作用していたが、殆どその速度は落ちていない。

 その速度のまま男の目の前に躍り出て、一気に駆け抜ける様に、男が瞬時に展開した結界ごと一気に薙ぎ払う。

 だけど俺の剣撃はその結界で勢いを殺されている。だからまだ意識はある筈だ。


 だったら……追撃する。


 剣を振り抜き、力任せに男を薙ぎ払った直後、すぐさま斬撃による追撃を行った。

 その直後、結界が割れる男が響く。だけど今までの様に何枚もが次々に割れるような音ではない。

 ただ一枚の結界が割れた。その事を告げる破壊音が鳴り響く。

 きっと一度壊されれば次に完璧な状態で展開するまでに、僅かな時間がかかる仕組みなのだろう。

 だとすれば、俺の攻撃は殆どそのまま奴に届く。

 そうして再び攻撃を喰らわされた男が、立ち上がってくる気配はない。

 つまりは一旦の決着がついたという事。


「なんとか……なりましたね」


「……ああ」


 元の姿に戻ったエルの言葉に俺はそう返す。

 そして返しながら、離れた所で行われていたもう一つの戦いに意識を向ける。

 その場で行われていたアイラ達の戦いも、アイラ達の勝利で終わった様だった。

 無事に誰も欠けずに戦いが終わった事に安堵すると同時に、アイラ達の事に意識を向けた事から連鎖するようにナタリアの事に意識が回った。


「そうだ、エル。ナタリアはどうした」


 俺がその事をエルに尋ねると、エルは言いにくそうに顔を俯かせるが……それでもエルは言ってくれた。


「……私を此処に逃がす為に、あの場所に残ったんだと思います」


「……やっぱりそうか」


 エルのその答えはある程度予想がついていた。だから聞いたのはエルに言いたくない事を言わせてしまって悪いが確認でしかない。

 そして俺の考えが正しかったという答えが出れば、一つの疑問に思い至る。

 どうして俺の力が元に戻った?

 ナタリアがエルをこちらに向かわせたのは、きっとそうする事がエルやアイラ達を助けることに繋がるとでも判断したからだろう。

 ナタリアはきっと自分が危険にさらされてでも、そういう選択を取れる奴なんだと、あの時の言葉が、表情が、その考察に確信を持たせる。

 だとすれば俺の力がその時点で戻っている方が自然だ。この状況を打開するには少しでも戦力がいる。少なくとも工場の地下で俺に牙を向く様な真似をしなかったように、アイツは必要であれば俺を利用してくるのだと思う。結果的にあの状態でエルの剣化はできなかったが、仮にできたとしても俺の力が餅に戻っている事に越した事はない筈だ。

 それでも戻ったのは土壇場のあの一瞬だった。となればそれは即ち、ナタリアの意思で元に戻せるような術ではなく時間経過か何かで戻る様な術だったと考えるべきだ。きっとナタリアはあの状態でもエルを剣化できると考えてエルをこちらに送り出したのだろう。

 ……でも、仮にそうだとしてもだ。

 ナタリアのあの術がそういう時間経過で元に戻る術だとしても、徐々に力を抑え込まれていった俺の力は、徐々に元に戻っていくというのが道理なのではないだろうか?

 それが一度にまとめて戻った。まるで元に戻す権限はなくとも、どこかで繋がっていたのかもしれない元線の様な物を絞められた様に。本来の戻り方とは違い、術が強制終了した感じに思える。

 それはまるで……ナタリアが精霊術を使えなくなる様な状況に陥った様に。


「……ッ」


 きっとナタリアは強い精霊だ。

 だけど此処にいる連中は相当の実力者。エルとナタリアの二人掛かりで適わないと判断したであろう相手にナタリア一人で勝てるかと言えばそれは否だ。

 そしてきっと、勝てなかったから俺の力が戻った。

 ここにいる連中にとって精霊は商品だ。それ故に不可抗力の事故でもなければ精霊を殺す様な事はしないはずだ。だとすれば……枷でも嵌められたと考えるのが一番しっくりくる。

 そして枷を嵌められたという事は、ナタリアが此処にいる連中の仲間に捕まったという事になる。

 あくまでこれら一連の事は俺の憶測でしかない。それ故に確定事項ではないが……結局俺の読みが当たっていようと外れていようと、ナタリアが窮地に陥っている事には変わりはない。

 だとすれば俺はどう動くべきなのだろうか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る