11 躊躇なき正当な行為
そして握った拳を叩きこむために勢いよく踏みこむ。
「……ってえなこの野郎!」
そう叫びながら目の前の男は、右手の指の間に黄緑色の光を灯して腕を振る。そして振った指から撃ち放たれた光の粒子が弾丸の様に俺に襲いかかる。
だけど大した速度はない。破壊力に重点でも置いているのか、それとも別の何かかは分からないがとにかく当たらない。今の俺でも辛うじて躱せるような、そんな速度。
俺はその粒子を躱して攻撃を放った隙を縫うように拳を振るう。
だがそれと同時に左手が黄緑色に発光した。
「……ッ!?」
俺の拳と男の腹部。その間に小さな黄緑色の結界が形成された。
弱体化した俺の拳で叩き壊せず大きな罅が入るに留まったその結界は、一瞬強く発光した直後、まるで俺の力をそのまま受け流したかのように、俺の拳を弾いた。
その勢いでバランスを大きく崩しながら後退させられる。
そして次の瞬間には、目の前に男が踏みこんできていた。
「ガハ……ッ!」
そしてそのまま鳩尾に拳を叩きこまれる。
全身の力を根こそぎ持っていかれる程の強い一撃。それを受けた俺の体は後方に大きく飛ばされる。
飛ばされて何かに衝突し、弾き飛ばされた。
恐らく結界に。黄緑色に発光する結界に。
そして弾かれた先には再び男の拳が迫っていて、それを顔面に叩きこまれる。
そのまま勢いで再びぶつかった結界を砕き、地面に転がった。
気を抜けば意識を持って行かれそうだった。
少なくとも今の状態では気を抜けば簡単に持っていかれる。
「クソ……ッ」
なんとか体制を立て直し正面を見据えると、そこには既にこちらに向かって黄緑色に発光する結界の破片が射出さえていた。
躱すのは間に合わない。
そう判断して目の前に結界を展開する。恐らくは一、二発程度で壊れてしまう結界。苦し紛れの防御策。
だけどその結界が壊れる事はない。被弾する事すらない。
俺の目の前に直径二メートル程の結界が地面から勢いよく付き出てきて、破片の雨を防いだのだ。
視界の端に別の人間からの攻撃を左手の結界で防ぎながら、右手を地面に突き立てているヒルダの姿が見える。助けてくれたのは間違いなくヒルダだ。
そしてそれが見えたと同時。今の戦況を大雑把に理解する事が出来た。
右手から荒々しく光る太刀の形状をした獲物を作り出しているアイラを主軸に、ヒルダとリーシャがそれぞれサポートする形で戦っていた。そしてヒルダはこちらにまで気をまわしてくれている。
そんな風にアイラ達が二人担当し、俺が目の前の一人と対峙している。
では……もう一人いた精霊は?
「危ない!」
今までオドオドとした話し方で接してきたリーシャが、別人のように声を荒げる。
だけど何が危ないのかを、瞬時に気付けなかった。やがて気づいたけれど躱すには遅すぎた。
次の瞬間俺に向かって背後から放たれた蹴りを右腕で防ぎつつ、勢いを殺す為に進行方向に跳んだ。
それでもメリメリと腕が悲鳴を上げる。幸い折れはしない。だけどただ防いでいただけでは間違いなく腕を折られていた。
しかしなんとか折られず地面を転がる。
そして辛うじて体制を整えるが、痛みに対する耐性も随分と落ちてしまっていて気を抜けばのた打ち回りそうになる。
激痛に顔を顰めながらも、普段の俺ならば容易に我慢できそうな痛みが、耐えがたい苦痛として俺に纏わりつく。
「……ッ」
それでも止まる訳にはいかない。歯を食いしばって構えをとる。
エル達が戻ってくるまでは、必死になって戦うしかない。
だけど今の状態で一体二で戦えば容易に潰される。元の状態だとしても勝てるかどうか話からない。
だから、この状態を変える。
俺は瞬時に両手で風の塊を形成。それを男と精霊の二方向に同時に放つ。
そして更にそれと同時。足元に風の塊を形成して踏み抜いた。
標的は結界を作り出す男でも、背後から不意打ちを仕掛けてきた精霊でもない。
「……ッ!?」
アイラ達の戦場。タイミング良くアイラの攻撃を受け止めて仰け反ったもう一人の男の頭部。
隙を見せたそこに勢い任せで突っ込み、そのまま回し蹴りを叩きこんで蹴り倒す。
「アイラ!」
そして同じくやや動揺する表情を見せたアイラに叫ぶ。
丁度男をアイラのいる方向に蹴り倒した。隙しか見せない男がそこに転がっている。
これでアイラが男の動きを止めてしまえば、三体三。俺の叫びにはそんな風な意図が込められていた。
結果的にそれは成し遂げられる。俺の思っていた事とは違う形で。
アイラの持つ得物が、男の心臓を正確に突き刺していた。
回復術を駆使しても間に合わないような致命傷を。今すぐにでも死ぬのではないかという致命傷を、なんの躊躇いもなく与えていた。
その光景を目にした時、精霊以外……即ち俺と、もう一人の男は思わず硬直してしまっていた。
今思い返せば、精霊がそういう事をする光景を意識して見るのはこれが初めてだ。
……これが初めてだ。
精霊が人を殺す瞬間。それを見るのは……いや、そうじゃない。
誰かが誰かを殺す瞬間を見るのは、これが初めてだった。
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