5 拒絶の距離感
そうして一つの決断を下した俺達は、当初の目的である食料の確保を終えていた為、そのままヒルダ達が待つ場所へと戻る事にした。
特にサインが打ち上げられていないという事は何もなかったという事だろうし、ひとまずは安心して戻る事が出来る。とりあえず今この時だけは何も起こらなかったという事だろう。
そう。今、この時だけ。次がどうかは分からない。
元居た場所に辿り着いて視界に映るヒルダ達の表情。それがいつ失われるかは分からないし、そもそも俺がいなくなっている可能性もある。
やっぱり悠長に行動してはいられない。迅速に。全速で絶界の楽園へ向かう必要がある。
そんな事を考えていた所でヒルダに尋ねられる。
「顔、暗いよ。何かあった?」
「……あ、いや。何もねえよ。何でもねえ。食べ物も無事にあったしな。あ、あと適当に果物見繕ってきたけど、お前ら食う?」
「……それ。凄く美味しい奴」
「い、いただきます!」
「ボクも食べる」
そうやって果物に食いついてきたヒルダ達に果物を渡しながら、俺は笑みを作る。
こいつらの所に戻ってくる頃には、ああいう重い話の余韻を表情に残さないようにしないとって思ったけど、どうも出ていたようだ。出てくる程に俺も不安なのだろう。
だけどそれは押し殺せ。結果的に俺はコイツらの命を預かっているみたいなもんなんだ。そんな奴が自分で決めた進路の不安で、表情を塗りつぶすような事はあってはならない。
だから普通に振舞うんだ。少なくともエルはそうしている。そうしてくれている。
だから明るく行こう。せめて表面上だけでも明るく行くんだ。
「えーっと、お前も食うか?」
やはり俺達の輪に入ってこないナタリアの元に歩み寄り、取ってきた果物を差し出す。
だけどこれもまたやはりと言うべきか、その手が伸びてくる事はない。
俺達の間にそれ以上の何かは無く、言葉も交わされない。ナタリアには交わす気が無かっただろうし、俺にも交わす勇気が無かった。
無理にでもコミュニケーションを取らなければならないのならば、きっと俺はしどろもどろながらも取ろうとする筈だ。自分がそういう人間だという事は理解している。
だけどそうでないのならば、ここまで明確な拒絶を示している相手に踏み込む事が出来ない。基本誰とでも話せる性格をしていると思っているが、そこまでフレンドリーにはなれない。なれなかった。
故に俺達の距離感が詰まる事もなければ、きっと詰めようとする事もない。
それが正しいとでも思う時が来なければ、きっとこのままだ。
俺にまともな視線でも向けてくれるようにならなければ、きっとこのままだ。
そんな状態だから、自然と頭の隅に追いやろうとしていたんだと思う。
本当はもっとよく考えなければいけない筈なのに。
ナタリアの様な精霊が俺付いてきている理由を、考えなければならない筈なのに。
ナタリアの事が何も分からないまま、休憩を経て俺達の旅は再始動する。
小休憩を挟みつつ日中歩き、夜になって次の日に備えて休む。そんな行動の中でヒルダ達とは色々と会話を交わした。俺が異世界から来ただとかいう事は言わざるを得ない流れにはならなかった為言わなかったが、それでも互いの事を少しは知ることができたし、関係としても比較的良好な物を作れているのだと思う。
だけどその間もまた、ナタリアとの距離感が埋まる事はなかった。
敵意と拒絶が生み出す距離感は埋まらない。
そして埋まらないからこそ、組み込まれない。
「……さて、寝るなよ俺」
日も沈み、他の皆が寝静まった深夜帯。俺は見張りの為に一人起きて周囲に注意を配っていた。
今日から見張りは時間事にローテーションを組んで行う事にした訳で、俺は今さっきエルと交代した所だ。一日二人体制。ちなみに昨日ほぼ一人で見張りをしていたアイラ曰く、大丈夫と言えば大丈夫だけど思ったよりキツくて若干後悔したらしい。正直悪い事をしたと思っている。やっぱり体力があろうが無かろうが適度な休憩は必要だ。
そしてそんなローテーションにナタリアは組み込まれていない。当然だ。組み込もうにも組み込めない。俺どころかエル達精霊達との間にも亀裂が生じてしまっているのは明白だった。そんな奴は組み込もうにも組み込めない。組み込めば色々と瓦解してしまいそうだし、そもそも話し合いにすらなってくれないだろう。
そして組み込もうが組み込まいが、少し離れた所で一人で勝手に見張りをしている。一体何の意図があるのかは分からないけれど。
それを理解できないまま見張りを続けて暫く経った時だった。
「……ん?」
俺から離れた所で見張りをしていたナタリアがこちらと、そして眠っているエル達に視線を向けた後、俺の方に歩み寄ってきたのだ。
「……」
今まで拒絶してきたナタリアが俺に近づいてくる。本当に何を考えているのか分からない。
『一応、あの子には注意を向けておくべきです、エイジさん』
エルとの交代の際に、ナタリアに関してそんな事を言われた事が脳裏を過る。
だから一応は警戒心を強めた。
でもそれは本当に一応で、実際そこまでの警戒心を纏ってはいなかったのだと思う。
もしかすると、ちょっとした願望でも纏っていたのかもしれない。
助けた相手からまともに接してもらいたい。そんな願望。そんな願望が成就されるんだと。そんな生温い事を心のどこかで考えてしまったのかもしれない。
今までの距離感を考えて、その可能性がとても薄い事を知っていながらも。それでもそんな事を思ってしまったのかもしれない。
そうして、そんな事を考える俺の前までナタリアはやってきた。
……今までと変わらない敵意に塗れた表情を浮かべて。
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