四章 精霊ノ王

1 情報交換

 皆が目を覚ましてから暫くして、俺達は次の目的地を目指して歩き出した。

 当然移動方法は徒歩。此処から歩くとなると休憩挟んで移動する事を考えると、到着は明日の夕方頃だろうか。カラファダの街から歩こうと思えばもっと掛っただろうけど、ある程度馬車で距離を稼いだのが大きかった。

 しかし……やばいな。


「……筋肉痛地獄になるのが目に見えて分かるなおい」


 元々カラファダから湖まで向うに当たって、徒歩は最悪の手段。できれば馬車なりなんなり使うという予定だった訳だ。楽する予定だっただけに、これは少々頭が痛い。

 だけど少々だ。たかが湖にまで向かうだけで本格的に頭が痛くなってくるのならば、もう俺の頭は割れている。

 だってそこで全部終わる可能性なんてのは、限りなく低いのだから。


「足腰弱いの?」


「人間の中では平均的な筈だ。人間の中じゃな……」


 ヒルダの問いに軽いため息をつきながらそう返す。

 例の如く俺だけ死にそうになってるのが目に見えて分かってしまう。絵面考えるとすげえ情けない。

 そんな情けなさそうな雰囲気しか流れない会話を打ち切るべく話題を切り替えていく。


「まあ俺の筋肉痛の件は置いておいてだ。一応お前らに聞いておきたい事があるんだ」


 話題を変える意図が無くとも、どこかで聞こうと思っていた事がある。折角だから今聞いてみようか?


「な、なんでしょう?」


「お前ら、絶界の楽園についてどこまで知ってる?」


 俺が持っている絶界の楽園の情報はエルから教えられた事だけで、当然エルもそれ以上の知識を持っていない。そんな状態で事を進めていくよりも、少しでも情報を得ていた方が良いのは間違いないだろう。


「……寧ろそっちはどこまで知ってる?」


 歩きながらアイラが俺とエルに視線を向けてそう尋ねてくる。


「正解の湖にたどり着くと身に覚えの無い精霊術が浮かんできて、それを使えばたどり着ける、精霊達が安心して暮らせる場所……位だよな?」


「そうですね。私達が知ってるのはそこまでです」


「……そう。なら聞いてくれてよかった」


 アイラの反応を見る限り、俺達の情報はやはり色々と欠落していたらしい。


「……大筋はあってる。だけどそれじゃあ足りない」


「う、噂が正しかったらですけど……その、湖の座標から見て、空に満月が上がっている時じゃないと、ダメみたいなんです……」


 リーシャの言葉を聞いて、思わず放心しそうになるのをなんとか堪えた。

 ……普通に考えて、真夜中に街の外を出たりはしないし、徒歩での移動に関してもその場に留まって休んでる。この一カ月で夜に湖にたどり着いた事なんて一度たりともない。

 その事を、エルも気付いたらしい。

 お互いその事に関して言葉は発しないが、俺は……いや、きっとエルも同じことを考えていただろう。

 ……今までの全部無駄足じゃねえか。

 つまりは正解があってもスルーしている可能性だってあるわけだ。

 ……まあ、あの旅自体が無駄とは絶対に思わないけども。寧ろ有意義であったと言える。

 だから過去を後悔するのは止めだ。ちゃんと先の事を考えよう。


「じゃあつまり、次の目的地に行くにしても、タイミングを合わせないといけないという訳か」


「そういう事。だから明日の夜までにたどり着ければ調度いい」


 どうやら今回に限ってはタイミングよく事が進んでいるらしい。

 その事に安堵しつつも、昨日考えていた疑問が再び浮かび上がってきて首を傾げる。

 この世界の、月の周期は一体どうなってる?

 昨日は満月だった。そして明日も満月。

 今日は知らないけれど、それが満月であるのなら三日連続満月が続く事になるし、満月でなければ一日空けて再び満月になるという事になる。そして振り返ってみても、確かに満月は何度も見た記憶があるが、二日に一度なんていう高スパンで拝めた訳じゃないんだ。

 ……本当に、どうなっているのだろう。

 気になった俺は、後でエルにその事を尋ねる事にした。

 今、大々的に周りに尋ねなかったのは、きっと知っているだろうと思われる情報を知らないという事態が恥ずかしかったのもあるけれど、その問いをする事によって俺の素性を明かさなければならない可能性がある点が大きい。

 俺がこの世界の人間ではないという告白が虚言として受け入れられる可能性は、決して低くない。エルが信じてくれたのは、ある程度の俺への信頼もあるかもしれないけど、なにより月の満ち欠けなんかより絶対に知っていないとおかしい精霊の事を何も知らなかった事が……そして知らない事が傍から見て分かる程の自然な反応を取った事が、うまく判断材料として作用したという点もあるのだろう。


 もっともエル本人から信じてくれた理由を聞いたわけではないので、それはただの憶測でしかないし、実際には本当にただ信頼してくれただけなのかもしれないけれど。

 だけど彼女達に提示できる判断材料はきっとエルの時より少ないし、どの程度信頼してくれているのかなんてのも分からない。そんな状態で虚言とも取れるような発言をするのはリスキーだ。与えた悪印象が巡り巡ってどうなるかなんてのが予想できない。

 特に、一歩離れた所を歩くナタリアがどういう行動を取るかは、まるで理解できない。現状ですらよく分からないのだから。

 だからそんな要素を孕んでいるのならば、言わない方がいいだろう。エルに言った時の様に。シオンに言った時の様に。言わなければいけない様なタイミングが来て、初めてその事を告げるべきだ。

 きっと、それでいい。

 だからこのまま、月の事は保留にして話を進める。


「成程。そんで、俺達の抜けてた情報っていうとこんなもんか?」


 俺がそう尋ねると、答えたのはヒルダだ。


「そんな所。正解の湖にたどり着けば別の世界。絶界の楽園にたどり着ける」


 別の世界。確かにその表現は正しいように思える。精霊を冷遇しない所ならば、もうこの世界とは全く違う世界と言ってもいい筈だ。

 そしてそんな言葉が脳裏にとどまり続ける。簡単には消えてくれない。

 それはエルも同じなのか、ヒルダの発言の直後から複雑そうな表情を浮かべている。

 きっと俺もそんな表情を浮かべているのかもしれない。

 だってそうだ。きっと言葉の綾だろうけど、どうしたって連想せずにはいられない。

 きっと意味は違えど俺達は別の世界の存在を知っていて……俺はその別の世界から来たのだから。

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