31 彼女達の選択

 しばらく待つと、ようやく返答が返ってきた。

 最初に口を開いたのは……というより、代表して口を開いたのは黄緑色の髪の精霊。こちらに一歩歩み寄り、俺の目を見て言葉を発する。


「ボク達の目的地は絶界の楽園。つまりキミと一緒」


 そして次の瞬間には、俺の服の袖を掴んでいた。


「だからキミさえよければ、もう少しだけボク達を助けて」


 ボク達を助けて。これがどういう事を意味するかは、少し考えれば理解できた。

 つまりは、自分達も連れて行けという事なのだろう。

 でも、だけどだ。ちょっと待ってほしい。


「お前、自分が何言ってんのか、分かってんのか? お前、人間の旅に同行するって言ってんだぞ?」


 コイツらは……少し前までは人間に怯えてた奴らが、人間に付いていくと言っているんだ。工場を脱出するまでの過程ならばまだ分かるけど、そうでない今……なんでコイツらはそんな選択を選んだのだろうか。


「分かってるよ。自分が言っていることも、キミが敵じゃないって事も」


「お前は……いや、お前らは、怖くないのか? 俺の事」


「怖いよ」


 そこはしっかりと黄緑色の精霊は断言した。


「人間は怖い。そんなの簡単に払拭できる訳が無い。だけど、あの枷を壊してもらった時。ボク達の前で戦ってくれた時。少なくともボクはキミに感謝した。そんな思いを払拭したいと思えるようにはなった。キミを……信用してみたいと思うようになった」


 だから信用して、こういう申し出をしてくれた。

 方や俺に敵意を向ける者もいれば、怯えながらも俺を信用しようとしてくれた。さっきのハスカの礼もそうだけど、こういう事を言われるのは、本当に心が洗われる。そういう自尊心を満たす為に戦ったわけではないけれど、気分がいい事には変わりない。

 だけど、だからと言って……即決できることではない。


「此処にいる他の子もそう。目的地が同じなのもあるけど、皆キミを信じたいから此処にいるの」


 そうやって俺に思いをぶつけてくるけれど、本当にちょっと待ってほしい。

 多分、信頼してくれようがしてくれまいが、俺の隣にいる事はコイツらにとってきっとデメリットの方が多いだろう。

 だって俺は多分、この世界においてはもう犯罪者だ。きっと追われる。人に追われる。

 それはコイツらにとって不都合で、下手すればより危険な道を歩ませる事になる。

 それは俺にもう戻れないと言ってきた黄緑色の髪の精霊も知っているはずだけど、知っているうえでそんな事を言ってきてくれているのか? 知っているうえで、そうするのが一番いいと判断したのか?

 その判断が正しいかどうか。それはまだ分からない。正直に言って即決できる様な事じゃない。

 だけどその判断以外に一つ。明らかに判断ミスを犯している個所がある。


「……私を一緒にするな」


 そんな声で、赤髪の精霊が割って入った。

 皆キミを信じたいから此処にいる。

 どう考えたって、その皆にこの赤髪の精霊が入ってくれるとは思えなかった。


「お前ら……絶対どうかしている」


「……それはきっと、あなたの方」


 黄緑色の髪の精霊がそう返答を返すと、赤髪の精霊はそれ以上何も言わず押し黙る。

 その瞳からは俺に付いていくと言った精霊達に対する異質な物を見る目と、俺に対する敵意で目を背けたくなる様な物となっている。


「別にどっちも、どうもしてねえよ」


 きっとどちらも間違っちゃいない。きっとどう転んだって常識の範囲。それ程精霊達のメンタルは不安定。きっと何もおかしい事じゃないんだ。


「……うるさい。黙れ」


 俺の言葉はその言葉に押しとめられ、それ以上続く事はない。

 続ければ話がややこしくなりそうだからという事もあるけど、それよりも俺の気力が足りないのもある。いつまでもそういう対応を取られ続けるのは、仕方ない事と分かっていても辛いんだ。

 それでもそうしなくちゃいけないと思えば、俺はいくらでも何でもすると思うけど、特にそうとも思えない今は……もう、それ以上何か言うことはできそうになかった。

 だからある意味では向き合う事から逃げたと言ってもいいのかもしれない。


「まあとにかくだ」


 話を切り替えた。いや、軌道修正したと言った方が正しいのかもしれない。


「お前らが俺に付いてくるって話だけどさ……本当にいいのか?」


 俺が抱えている不安要素を今一度確認しておく。


「俺を信じる信じないってこと以前に、今俺の近くってのは相当危ないぞ。あの工場ぶっ壊した訳だからな……俺も人間に追われる。つまりお前らに危険が及ぶぞ」


「……分かってる」


 そう答えたのは黒髪の精霊だ。

 ジト目を俺に向けながら、呟くように淡々と言う。


「……あれだけの事をすれば、当然人間でも人間に追われる。だけど関係ない。私達は常に追われてる。だったら、協力できる間柄は多い方がいい」


「そ、その……私達は、あなたに力になってほしい。だけど、私達のせいであなたが追われてるんだったら、少し位力になりたい……かなって」


 黒髪の精霊に引き継ぐ形で、金髪の精霊がオドオドしながらそう言ってくれた。

 ああ……そうか。コイツら、ちゃんと考えてる。

 そういう決断が正しいのかは判断しかねるけど、コイツらはちゃんと俺の事まで考えてくれているんだ。

 ……さて、俺はそんな精霊達になんと返すべきなのだろうか。

 突き放す理由は、無い。だとすれば……もう、俺の中の答えは決まっているようなものだ。

 でもあくまで決まったのは俺の考えだ。

 これは俺だけの旅じゃない。勝手に終わらせようとした奴が言える事ではないのは分かっているけど、色々な決定権はエルにもあるはずなんだ。

 だから、エルの意見も仰ぐ。


「……どうする、エル」


 その問いにエルは少しだけ考えるように間を置き、やがて俺に意思を伝える。


「別に悪い話ではないと思います。だからエイジさんに任せます……エイジさんがどうしたいかを、伝えてあげてく

ださい」


「なら、決まりだ」


 反論はなくあっさりと。俺達の意見はまとまる。

 だから俺は自分の中の考えを纏め、俺の服の袖を掴む黄緑色の髪をした精霊と、残り二人に声をかける。


「えっと……決めたよ。俺でよければ付いてきてくれ。一緒に絶界の楽園を目指そう」


 そうして、そんな言葉と共に、絶界の楽園を目指す仲間が増えた。

 まだ名前も知らないけれど、それでも、そんな事はすぐに分かる。

 だけど分からない事が一つ。

 俺が自然に毛を掛ける意識の中から外していた。そして周りが皆頷いているのに、一人だけ微動だにしない赤髪の精霊。彼女は、一体これからどうするつもりなのだろうか?

 そんな事は分からない。

 いずれわかるかどうかも分からないし、この後まだ俺達の元に居るかさえも分からない。

 でも願わくば……彼女も他の皆の様に、まともな視線をむけてくれればいいのにと、静かにそう思った。

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