22 そして抱いた嫌悪感

 そして俺はエルに言う。


「……あの枷が、どうかしたか?」


「……あの枷。やっぱり貰った方が良いんじゃないかなと思いまして……」


 ……予想通りだ。

 絶対に身に付けたくないとまで言った枷の話題を出して来たという事は、結びつく言葉はそれしかない。

 そしてそんな事を言わせるに至った要因も、なんとなく掴めている。

 多分エルはあの地下でシオンと遭遇したのだろう。

 そうでもなければ、俺を助けに来たあの場面でエルの両手足にはきっと枷が嵌っていた。いや、多分そこまで辿りつく事もできない可能性だってある。

 あの状況下でエルの枷を何とかしてくれそうな唯一の人物、シオン・クロウリーにエルが助けられていなければ、あの時のエルはそこにいなかったんだ。

 そして助けられたからこそ、ある程度シオンを信用してくれた。だからそういう発言が出てきたのだろうと……少なくとも、この時まではそう思っていた。

 だけどそれは全くの見当違いだ。


「人間が作った枷なんてのは絶対に身に付けたくありません……だけど、私は……エイジさんがこれ以上ボロボロになるのも、見たくないんです」


 その言葉を聞いて、俺の考えが色々と間違いだった事に気がつく。

 きっとあの状況下でエルが枷を外してもらったのは間違いないだろう。何度も言うが、それ以外に外す方法が見当たらない。

 だけど外されたからと言って、シオンを信用したかというと別だった。少なくとも拒んでいた枷を身に付ける要因にはなり得ない。

 エルがその選択肢を選んだ要因は……話を聞く限り、俺だった。

 考えてみれば……俺はこの世界に来てから四回も死にかけている。そしてその内三度は、今から二十四時間以内の出来事。そして……その全てがエルに関わった事によって負った怪我だ。

 その光景は……そんな現実は。エルにとって一体どう映ったのだろうか。

 ……きっとその答えが今、言葉となって出てきている。

 だけど、それでいいのか?


「……お前はそれでいいのかよ」


 俺の事を抜きにすれば、エルの判断は自分を苦しめるだけの選択となる。

 俺の為に自分を犠牲にしようとしているみたいなもんだ。

 自分を守る人間を守るために自らの首を絞める。その決断をエルにさせて、本当にいいのだろうか?


「いいんです」


 エルは微かな笑みを浮かべながら答えた。


「きっと私は、エイジさんの為に何でもする事が出来るかと言われれば首を振るかもしれません。きっと出来ない事も沢山あるんだと思います。だけど……この位はやらせてください。私を助けてくれるエイジさんの為に、こんなちっぽけな覚悟位、決めさせてください」


 きっと俺が何を言っても、その決心は揺るがない。

 決してちっぽけじゃない選択をしたエルの考えは、きっと変わらない。

 そしてそもそも、何か言うつもりもなかった。

 俺の中の大前提として、エルが枷を嵌めている状態が一番エルの為になると思っている。

 それを無理強いしないのは、エルが枷を嵌める事を拒んでいたからだ。つまりこの件においては、エルの判断こそが正解なんだと思うから。

 だからエルの決意を否定する事こそが、きっと一番間違っている。

 そしてそれ以前に……エルの決意を、否定する様な事は言いたくなかった。

 俺の為にあんな事を言ってくれた。エルを守る立場として複雑な心境ではあるけれど、それでもそれは純粋に……嬉しかったんだ。

 自分の事を犠牲にしてでも助けたい存在だと思ってくれた。それはきっと喜ぶべき事なのだ。


「……分かった。ありがとう、エル」


 だけどそう返す俺の中にあるのは、そうした事による優越感だけでは無い。

 もう一つ抱いたのは、自分に対する嫌悪感だ。

 俺の自惚れで無ければ、エルは俺を頼りにしてくれている。だけど俺はそれに応えられていない。応えられていないから、二度も死にかけエルにそういう決断をさせている。頼れる相手に頼りきれないから、かえって心配を掛けてそういう決断をさせてしまっている。

 俺がこの力をもっとうまく使って、どんな戦いも大した怪我もなく乗り越えられていたのなら……きっともっと。エルに重荷も心配も掛けさせない様な選択が取れた筈なんだ。


 だからこそ俺は俺に嫌悪感を抱く。


 今となってはもうどうこう出来ないし、するつもりも無いけれど……そういう意味では俺は失敗しているのだと思う。俺が一番正しいと思う選択は、またも失敗に終わってしまったという訳だ。

 だけど終った事は仕方が無い。いや、仕方ないで済ませてはいけないとは思うが、それでも俺達の旅はまだ続いて行く。だから俺は今後の事を考えなければならない。

 シオンから枷を貰う。そうすれば俺達が危険な目に会う可能性はぐっと減る。

 だけど世の中何が起こるかは分からない。可能性は薄いかもしれないが、人が人に行う犯罪に巻き込まれる可能性だってある。精霊術なんて力があるこの世界じゃそれは十分な脅威だ。だとすれば、俺は今のままじゃ駄目なんだ。

 何が起きても対処できる様に。俺のこの力を最大限に生かして事に当たれる様に、俺はもっと強くならなくちゃいけない。

 その為に俺は何をすればいいのだろう。

 それはしっかりと考えて行かなければならない。


「いいんですよ。でももしそれでも何かあったら……またその時は助けてくれますか?」


「当たり前だ。絶対に助ける」


「……ありがとうございます。エイジさん」


 俺の為に。エルの為に。考えていかなければならない。

 でも今考えるべきなのは、目先の事だろう。

 俺は僅かな時間で考えをまとめ、エルに言う。


「とりあえずこの治療が終わったら表の通りにでて……アイツと合流する」


「アイツ?」


「シオンだよ……一緒にあの中に乗りこんだんだ。一応終った後に落ち合う場所は決めてある」


 だからまずシオンと合流する。

 シオンは限界ギリギリまで引き付けたら逃げるみたいな事を言ってたし、多分先に待っている筈……っていや、ちょっと待て。

 何か、おかしくないか?


「……エイジさん?」


 多分俺の焦りの様な物が表情に出ていたのだろう。エルが僅かに首を傾げて声を掛けてきた。


「……エル。一つ聞いてもいいか?」


「なんですか?」


「違ってたら悪いけど、お前……あの中でシオンとあったんだよな。一体どこで出くわした」


 俺がエルと分断されてから、再び合流されるまでの時間を考慮すれば、エルは相当早い段階でシオンと出くわしたという事になる。そして相当早く出くわさなければ、エルは多分敵に捕まっている。

 だとすればあの付近まで……出入り口から相当離れた地下二階まで……シオンは降りて来ていたのか?


「……階段を上がってすぐの所です」


 だとすれば話が違う。そんな所まで降りてきていれば、もうギリギリまで戦っていて逃げられる場所ではない。

 ……そして聞きたくもない情報が追加された。


「私はエイジさんを助けるためにすぐ下の階に戻りましたから、その後の事は知らないんですけど……全身血塗れで、いつ倒れてもおかしくない様な状態でした。だから……あの場所から戻ってきているかどうかもわからないですよ」


 言っている事の割に、エルはそこまで気に留めていない事に違和感を覚えたが、それはいい。それは仕方がない事なんだ。寧ろそこまでという事は、若干気に止めているだけ、きっと素晴らしい変化なのだろう。

 でも……そんな事を喜んでいる場合では無い。


 全身血塗れ。それが返り血であるならいいが、多分そうではない。

 エルの治療をしている時、手首に見覚えの無い怪我を見つけた。それは俺が気を失っている間……此処を脱出するまでの間に負った傷だと思っていたが……もしかするとそれは、シオンがエルの枷を壊す事を失敗しかかった結果なのではないだろうか。

 そして神童だとか呼ばれていた奴が、そんなミスを犯すだろうか。

 犯すとすれば、それは精神的に。そして肉体的に、追い込まれた時位だろう。

 だとすれば本当にシオンは、その待ち合わせ場所にいるのだろうか。

 ……思わず唾を呑んだ。

 頼むから居てくれと、そう思った。

 そして考える。

 もしその場にシオンが居なかったら、俺は一体どう動けばいいのだろうか。どう動くのが正しいのだろうかと。

 不安と共にそんな事を考えながら、俺はエルの治療を急いだ。

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