ex 彼の為の選択肢
「あと……頼んだ」
その言葉の後、エルの剣化が強制的に解除された。
それは即ち、エイジの意識が失われたという事だ。
だけど自分達が全力を出す為に必要なエイジが脱落しても、希望の光は消えてはいない。
空は見えた。再び見させてくれた。だったら後はそこに向かうだけ。
(任せてください……エイジさん!)
剣化が解けた瞬間、エルはエイジをしっかりと抱きしめ地上目掛けて跳び上がる。
「うぐ……ッ!」
だけどそれはすぐに失速する。
地上から。きっと穴の死角になっている位置から鎖が伸び……エルの右足の太股に突き刺さっていた。
「……ッ!」
失速しながらも精霊術で鎖を断ち切ろうとする。
だが同時に、エルを追尾する様な光の弾丸がエルに迫って来ていた。
瞬時に両方を防ぐ事は出来ない。
鎖を切れば被弾し、弾丸を防げば再び地下に引きずり込まれる。
……両方とも防ぐ事なんてできやしない。
(……いや、違う!)
無傷で突破は不可能だとしても、選択肢は二つでは無い。
それは……自らの契約者も選択した覚悟の選択。
足元に風の塊を作り、踏み抜いた。
肉が抉れ。それに伴う激痛が意識を奪いに掛る。
だがその意識はまだそこにある。
耐えきった。耐え抜いた。此処で一瞬でも意識を失えばエイジが死ぬ。それが彼女を留まらせた。
故に彼女は留まらない。そのまま勢いよく地上へと到達する。
(……まだだッ!)
まだ気を抜けない。
抜ける訳が無い。
追ってきていた弾丸は此処までやってこない。恐らく遠隔操作が行われていて、その対象範囲から抜け出せたのだろう。
だけども自分達が襲われた危険なエリアからは抜け出せておらず……エイジは一刻を争う程の大怪我を負っている。
これで気を抜ければ、もうその人物の人格はどこか破綻している。
そしてエルは破綻などしてなどいない。
故に必死に思考を巡らす。
(とにかく優先するべきなのはエイジさんの治療。だからまずは地上に降りないと……)
場所云々を言っていられる様な余裕は無い。
せめて応急処置だけでも施さなければならない。
明らかにあの森の時を上回る大怪我を負ったエイジを、一刻も早く助けださなければならない。
(……大丈夫、できる筈……ッ)
自身に纏わりつく激痛に耐えながらも、先程までいた地点から少し離れた人のいない場所に着地地点を定める。
「っく……ッ」
太股の痛みで足が付いた直後バランスを崩して地を転がるが、それでもしっかりとエイジを抱え込んで加わる衝撃を削る。
あとは……回復術を使うだけ。
着地に失敗し全身に軽傷を負うが、それには目もくれず、エイジに対して回復の精霊術を発動させる。
「治す……治して見せる! 絶対に……ッ」
あの時はうまくいった。だから今回もうまく行くはずだと。
何度も。何度も。何度も。根拠の無い願望を胸の中で復唱する。
だけど根拠があろうがなかろうが、訪れる結果は変わらない。
(なんとか……なりそう)
エイジの容体は僅かだが良くなってきていた様に思える。
そうして状況が好転していけば、少しずつ思考も冷静になってくる。そして冷静になってくれば、こうしてエイジを助けられたのも奇跡に近い様な事だと自覚できてくる。
多分今回の場合、文字通りギリギリのタイミングだったのだろう。もし少しでも回復術を使うのが遅れていたら、本当に終っていたかも知れない。それに損傷した個所が回復術の掛りが弱い様な所だったら、このタイミングで治療し始めてもどうにもならなかっただろうし、攻撃に毒などを盛られていても終っていた。
全てが、エルやエイジにとって都合の良い条件だったから、こうして助ける事ができそうだという状況になってくれている。
つまり次に同じ様な大怪我を負ったら、その時は助けられるか分からない。考えたくもないが次は本当に死んでしまうかもしれない。
そして……そんな事を考えていれば、嫌でもこうも考えてしまう。
この先、きっとエイジさんは同じ様な事になると。
もしかすると……明日にもまた、同じ様な状態になっているかもしれない。
だってこの半日の間に、エイジはもう三度も死にかけているのだから。
その内一回の原因はエルが作った物だ。そんな事には絶対にもうならない。なってたまるかとエルは思う。
だけどその内二回は文字通り他者からの攻撃による物だ。
そして死にかけたのが二回というだけで、エルが知るだけでもそれ以外に、この街へ辿りつくまでの道中。そしてあのホテルでの襲撃と、死んでもおかしくない様な状況が二度も起きたのだ。
たった半日。たった半日でだ。
きっとこの先もすぐに何かに巻き込まれる。ここまでの頻度で色々起きていれば嫌でもそう考えるしかない。
(……嫌だ)
自分がどうこうの話では無い。
当然自分が痛い思いをするのは嫌だが、自分の所為でエイジが傷付くのはもう嫌だった。
その為に自分が出来る事はなんだろうか。
そんな事を考え、まず最初に思いついた事は、こういう事になるそもそもの原因を取り払ってしまえばいい。居なくなってしまえばいいと言う物だった。
だけどそれを脳裏から消す様に首を振る。
それは我儘だったのかもしれない。だけど無我夢中にその選択肢だけは消したかった。選択できなかった。
もうきっと……そうしなければならない場面が来ても、取れないんじゃないだろうか。
それ程までに、きっとエイジに依存しきっている。
だとすれば……見えてくるもう一つの選択肢。
その選択肢を取る事にも抵抗は生じる。それが正しい事なのかと聞かれれば、間違っているとすら思う様な選択肢。
だけどきっとそれが、最善の選択の様に思えてくる。
例え間違っていても。勇気を振り絞ってその選択肢を取らなければいけないと思う。
だから決断した。
必死に回復術を行使しながら、目の前の大切な人の為の選択肢を取る事を。
そうする事で訪れるかもしれない、淡い期待を胸に抱きながら。
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