5 同等/対照

「……」


 少年の問いにすぐに言葉を返す事は出来なかった。

 返す前に……背後に一人残った精霊が少年に襲いかかったからだ。


「主が倒されても動き続ける……か。本当にインプットされた思考回路に忠実すぎる」


 まるで呆れてため息を付く様にそう言った少年は、エルに電撃を放った手を交わし、首に手刀を精霊に叩きこむ。

 そしてそれは漫画だとか映画だとかみたいに……精霊は気を失ってその場に倒れ伏せた。

 現実でそんな事をやってのける奴を見たのは初めてだった。中々出来る事じゃない。実際に俺と誠一は出来なかった。お互いにやってみたら死ぬ程痛かっただけだ。

 それをまるでやりなれてるかの如く少年はやってのけた。


「これで終わり……かな。間一髪だったね」


 少年は再び此方に視線を向けてそう言ってくる。

 直感的に理解した。こいつは多分エルドさん達と同じ側の人間だ。


「怪我は……というより、今は何かが体を蝕んでいるといった様子だね。一応治療はしておいた方が良いかもしれない」


 そういって少年は俺の前に屈みこみ、黒い刻印が刻まれた右手を俺に翳して精霊術を発動する。


「速効性の麻痺毒……致死性は、心配する必要はないみたいだ」


 明らかにこの状況の被害者である俺を心配してくれている様だが、それでも明らかに意識を失っているエルには目もくれない。

 目もくれてくれない。

 でもきっとそれじゃ駄目だ。意識を失う様なダメージならば、なんとかしなくちゃいけないんだ。


「……おい、アンタ」


 俺は声を絞り出して少年に懇願する


「俺の事は後でいい。先にそっちの精霊をなんとかしてやってくれ……ッ」


 この言葉はこの世界の人間にとってどう聞こえるのだろうか。

 自分よりも道具にする物好きに思われるか……それとも、それ程までに価値のある精霊だと思うのか。どちらでもいいが、最終的にエルの事をなんとかできるならそれでいい。

 そして少年は少し驚いた様な表情を見せた後、俺の問いに応える。


「彼女は大丈夫だ。彼女が普通の精霊ではない事は今も感じられるし、この連中が最優先で奪うとするならば彼女になる。だとすれば殺さない。殺せない。あの電撃にはその程度の威力しか込められていない筈だ。そうなるとまず最優先に治療すべきは対象はキミになる。毒を受けている上に刺し傷がある訳だから」


「……ッ?」


 一概にそう判断していいのかどうかだとか、そういう疑問よりも先に違う疑問が脳裏を駆け巡った。

 かの……じょ?

 その言葉はまるでエルを……精霊を、人間扱いしている様に聴こえたのだ。

 この世界の人間には精霊は資源だとか、そういう物にしか思っていない筈なのに……。


「まあ心配しなくともあくまでキミを優先するだけだ。キミの応急処置が終われば彼女の方もなんとかする。だけどそうする代わりに一つ、僕の質問に答えてくれないかな」


 そしてその問いは、俺の疑問を解決に導く解となる。

「キミにはこの精霊が、どう見えている?」


 どう見えているか。

 この世界では当たり前に決まっているそれを、態々聞いてきた。

 その問いの答えは、俺がこの街に入ってから隠して来た事だ。だけど今は……その問いを投げかけられれば、それに応えなければならないと、そう思う。


「普通の、女の子に見える」


「……そうかい」


 少年は静かにそう答え、やがてその表情には笑みが混じってくる。

 初めは笑われるのだと思った。人間の様な呼び方をしていたのは偶々で、俺の解を聞いて馬鹿なんじゃないかと蔑まれるのかと思った。


「僕もキミと同じだよ。僕にもね、この子が……精霊が決して資源には見えないんだ」


 だけど実際に出てきたのは、俺と同類だと宣言する言葉。

 その言葉を聞いた時、一瞬心が軽くなった様な気がした。

 この世界にも俺と同じ様な事を考える奴がいたんだと。そんな安堵にも近い感情を抱いた。

 だけどそれも一瞬の事だ。


「……」


 そう……この少年の手には、確かに黒い刻印が刻まれている。


「……じゃあアンタは、なんでそんな黒い刻印を手に刻んでやがるんだ」


 その刻印が刻まれていると言う事は、俺の様な考えの奴とは対照の存在。この世界の当たり前に順応している存在に思えてくる。

 その言葉を聞いた少年は、一瞬押し黙った後に小さな声を漏らす。


「……そう、か。この色の違いはそういう事か。だとすれば僕が信頼を得られなかったのも無理は無い……か」


 そう言いながら、チラリと少年は、きっとそこに腕が有った筈の袖に視線を向ける。

 信頼を得られなかった。だから腕を失った。そう言わんばかりに。

 ……この黒い刻印が原因で誰かの信頼を得られないとすれば、その誰かが誰なのかは……考えなくても自然に浮かんでくる。


「アンタ、その腕……精霊にやられたのか?」


「そうだね。でも、やられたなんて言い方はあんまりだ。それだとまるで、彼女が悪いみたいに聴こえてしまう」

 そしてこういう言葉は、目の前の少年が本当に精霊に好意的な印象を持っているんじゃないかと思わせてならない。

 それに俺達のとっては恩人の様な存在だ。だとすれば……この世界の人間だからといって……その手に黒い刻印が刻まれていたって。一概に自分とは違うと判断しない方がいいのではないだろうか。

 というより……そんな回りくどい事云々以前に、そう思いたい自分がいた。

 さっき一瞬抱いた安堵。それは本物だ。自分と同じ考えを持つ理解者の様な存在が居てくれるのは、精神衛生上きっと大切な事なのかもしれない。


「……キミ、これから時間は空いてるかい?」


 少年はそんな事を聞いてくる。


「もし、もしだ。こんな黒い刻印を刻んでいる奴を、少しでも信用しようと思ってくれたのなら……少し、キミと話しがしたい。もちろんそこで倒れている彼女ともね」


 きっと完璧な信頼は寄せられない。少なくとも今は寄せられない。

 だけどそれでも……今抱く印象は、こうして俺達を襲ってきた輩や街の人間。そしてエルドさん達とも違う。

 警戒は緩めない。だけど……それでも。


「わかった。俺も少しアンタの話を聞きたい」


 そうして俺は一歩前へと踏み出す。

 この判断を、俺は間違いだとは思わない。

 思いたくはない。

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