三章 静かな力強さ。「ローズマリー」
三章 静かな力強さ。「ローズマリー」
残り――――二十九日
裁判官「それでは、第二回の公判を開廷いたします。被告人は前へ出てください」
一同の礼とともに裁判は開始された。
紅葉ちゃんの望みもあり、僕たちは母親の裁判を傍聴することになった。
検察官の冒頭陣述と犯罪事実に関する立証を終え裁判は後半に差し掛かかり
母親の被告人質問が始まった。
裁判官「では、検察側どうぞ」
検察側「まず確認しますが、あなたの娘さんでもある北山 紅葉さんに対して
虐待をしていましたか?」
被告人「いいえ、そのようなことはしていません」
検察側「では北山 紅葉さんの身体に合った複数の傷や痣はどこでついたものなのですか」
被告人「それは…学校でついたものじゃないんですか」
テレビでも犯行を否認しているとは言っていたが、あくまでも白を切り通すつもりなのか。
検察側「では次の質問です」
「先月の中旬に北山 紅葉さんは桜ノ山付近で地元民にて発見され保護されましたが、その後病院で息を引き取りました。」
「発見された場所、桜ノ山は被告人と北山 紅葉さんの家からは約180㎞も離れている、高速道路を使っても片道二時間はかかります。ですので、北山 紅葉さん一人で移動したものとは考えられません。必然的に誰かに連れていかれたと考えられます」
「それとこちらは、桜ノ山に向かう途中にサービスエリアの防犯カメラ
の一部になります。もう一つ、これは帰り道と思われる一般道を走っている様子を写したものです」
「これらを踏まえてもう一度お聞きします。あなたは日常的に暴力の数々を行い、あげく実の娘である北山 紅葉さんを桜ノ山に連れていき、その場に放置して帰りましたね」
被告人「……」
裁判官「被告人は答えて下さい」
被告人「私は…ただしつけをしていただけです。あの子が言うことを聞かないから、特にあの日はあの子、家に帰ってこないと思ったら別れた旦那の所に行っていて、私は常日頃あの人には近づくなと言っていたのに。
あの人は私の知らないところで両親に保険へ加入させ、てついには事故に見せかけて殺そうとしていた男なのに。そうよ、あの子が悪いのよ、私を裏切りあいつの所に行ったあの子が」
検察側「では、認めるんですね。北山 紅葉さんへの虐待および殺害を」
被告人「はい。間違いありません」
弁護側「被告人が述べた通りです。しかし、被告人の行為には何ら計画性はありませんでした」
裁判官「こちらから補足質問をいたします」
「あなたは、今回、この事件をどのようにとらえているかをおき聞かせてください」
被告人「あの子が悪い。あの子が。あの子が。そうよあの子のせいで」
裁判官「もう少し大きな声でお願いします」
被告人「私は悪くないのよ。全部あの子が悪いのよ。なんで裏切ったあの子じゃなく私がこんな目に合わなくちゃいけないのよ」
弁護側「見ての通り被告人は重度の精神疾患との診断が出ています。裁判官、どうか寛大な処分を望みます」
「これでもまだ母親に会いたいか?」
「会いたい。あってどうしても伝えたいことがあるんです」
「でも紅葉さんの姿はもちろん、声も相手には聞こえないんだよ。それでも……」それ以上は聞かなくても分かった。彼女の目は本気だ。
本気で母親に会いたいんだ。伝えたいんだ。
僕にはどうしても分からない。あんなことを言われてもなお会いたいだなんて。
もしかしたら僕も母親ともう少し同じ時間を過ごしていたのならこんな風に
「隆樹くん裁判がもう少しで終わるよ」
気づけば後は判決を言い残すだけとなっていた。
裁判官「判決を言い渡します。主文、被告人を懲役十年の刑に処す――――」
「これにて閉廷いたします。」
「ほら、紅葉ちゃんお母さんに合うなら今しかないよ」
「はい。それでは行ってきます」
彼女の背中、それはどこかで見たような。亡くしたはずの記憶……
「お母さん。私だよ、紅葉だよ、お母さんには見えていないと思うけど
私はここにいるんだよ」
やっぱり母親には彼女の姿は見えていないようだった。
「本当はお母さんのこと、とても恨んでいた。でも今のお母さんを見ているとどうしてかそんな気にはなれなかった。やっぱり私はお母さんのことが大好きなのかな。どんなに罵倒されようと、どんなに殴られようと、いくら誰もいない山へ置き去りにされようと、私はお母さんの娘だから。大好きだから。
でもお母さんが怒るのも無理はないんだよね、だっていい子にしていない私が悪いんだもん。
でも、これだけは言っておきたいあの日お父さんさんに会いに行ったのは実はお母さんの誕生日を一緒に祝ってもらうためだったんだ。だから、私はお母さんを裏切ったわけじゃないんだよ」
「生きている時も死んでいる時も、これからも私が大好きなのはやっぱりお母さんだから」
「最後に一つ、こんな私を生んでくれ、育ててくれて、ありがとうございました」
紅葉ちゃんは精一杯に頭を下げていた。どんな虐待受けようとも、彼女にとってはどこまでいっても母親は母親なんだと改めて知らされた。
警務官「どうかしましたか」
見えているはずもない、聞こえているはずもない、
なのになぜか泣いている母親。
もしかしたら届いたのかもしれない、死よりも強い彼女の思いが。
母親はずっと、ずっと、謝っていた。「ごめんね」「ごめんね」「もう一度やり直せるなら」「もう一度あなたがチャンスをくれるなら」
紅葉ちゃんが法廷を出た後もずっと繰り返し謝っていた。
「やり残したことはないですか?」
「はい。もう十分です。最後にこんなに良くしてもらい、ありがとうございました」
「いえ、これが私たちの仕事ですから」
「これで、なんの未練もなく旅立てます」
「紅葉ちゃん。もし生まれかわったら。良い人生が送れるといいね」
「大丈夫だろ、紅葉ってのは「美しい変化」という花言葉があるくらいだし」
「詳しいんですね。少し意外です」
葵も言っていたが、俺が知っていたらそんなに意外なのか
「それよりこんないい名前を付けてくれた両親に感謝だな」
「本当にその通りですね。感謝してもしきれないくらいです。それではそろそろ行きますね。」
「じゃあね。紅葉ちゃん」
「お兄さんも」
「ああ」
「お姉さんを悲しましちゃダメだよ」
「どういう意味だよ」
彼女はいたずらに笑うと、夕日の中へと消えていった。
「少し一緒にいただけなのに、いなくなるとなんだか寂しいね」
「ああ、そうだな」
「初仕事の方はどうだった?」
「そうだな……意外とやりがいがある仕事、だったかな?」
「まぁそうだよね初めてだったらそんなものか。これから、この仕事のことがだんだんわかってくると思うよ」
「それってどういう―」
「さーて明日から休日だからしっかり体を休めて、また月曜日か仕事を頑張ろうね」
聞き損ねてしまった。さっきのはどういう意味だったんだ?
まぁまた機会があったら聞くとするか。
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