第3話

 「それじゃあ話をしようか」

 二人で食堂にて朝食を食べ終えると、彼は様々な花の咲く温室に案内してくれた。


 「…綺麗ね」

 思わずため息の出たオルディナに、クロイドはクスリと笑みをこぼした。

 「私はエルフだからね。植物は身近なものだから、あると落ち着くんだ」

 促されるままに設置されているテーブルにつくと、タイミングよくメイドが紅茶を用意してくれた。

 

 彼女たちが距離をとって控えたのを確認すると、クロイドは話始めた──



 「君のことだから、薄々は気づいていたとは思うけど、私はグランドヘルムの王太子なんだ」

 「………へ?」

 (高位貴族だろうなぁとは思っていたけど……)

 「さ…さすがに王太子とまでは……」

 不敬をしてなかったか、過去を思い出して冷や汗がでた。


 そんな考えを見通したのだろう、クロイドは苦笑いをした。

 「あぁと……それで言いにくいのだが、実は私も私で番を探しに来ていたんだよ」

 その言葉に胸がズキリと痛んだ。


 「待ってオルディナ。君が考えているようなのではないんだ!」

 慌ててクロイドが付け足した。

 「私は一応王太子だからね、例え番を見つけても、人となりがダメなら妃に迎えるつもりはないんだよ」

 彼は紅茶を一口飲むと、ゆっくりと息を吐き出した。


 「番だというだけで、適正のないものを迎えることは国のリスクに繋がる。幸い私たちは番のフェロモン香りよりも魂の輝きに惹かれるのでね……」

 「……それならなぜわざわざ番をお探しに?」

 「まぁ自分の相手がどんな子か知りたかったっていうのと、害になりそうなら事前に対処できるだろ?」

 「……なるほど」

 「一応の対策として、私たちは自分の香りを誤魔化すことができるんだ。こんな風にね」

 クロイドが手を振ると、先程までしなかった香りが漂ってきた。

 「これが?」

 辺りに広がった優しい花の香りに、自然と心が落ち着いた。


 「そう。気に入ってくれた?」

 「ええ…とてもいい香りだわ」

 素直にそう言えば、嬉しそうにクロイドは微笑んだ。


 「それで、相手は見つかったの?」

 「…………」

 「…見つかったのね?」

 無言は肯定と同じだが、苦虫を噛み潰したような表情で、相手は良くなかったのだろうと察した。


 「ハッ……まさか」

 「そのまさかだよ………はぁ…私の相手は…………ディアナだった」

 ここに来てまさかの妹の登場に、彼女はすべて私から奪っていくのだと、哀しみが込み上げて来るのを誤魔化すように下を向いた。


 「違う、違う!私はアイツの事なんてなんとも思っていない!」

 その言葉に俯いていた顔をあげた。

 「言っただろう?私たちは番のフェロモン香りよりも魂の輝きに惹かれるんだって!…………コホン……それで……」

 いきなり歯切れが悪くなった彼に、怪訝な顔をすると、彼は意を決したようにオルディナの両手を掴んで跪いた。

 見覚えのあるその姿勢に、彼女はドキッとした。


 「初めてディアナを見たとき、これが私の番かぐらいの認識しかなかったんだ。何の感情もわかなくて、更に魂の色が汚かったから、酷くガッカリしたんだ。でも、隣に立つ君の魂の輝きは本当に美しくて、一目で惹かれたんだ」

 突然の告白に、顔が熱を持ったのがわかる。


 「できるだけ君の側に居たくて、友達を装っていたんだけど、知れば知るほど好きになったんだ……君にも番が現れたらどうしよう…………そう思ってたら、ジークが現れた。内心焦ったけど、彼は愚かにも君の妹を選んだ」

 その言葉で彼のことを思い出したが、最早何の感情もなかった。

 (まぁ最初がアレでしたから……今は勘違いに腹が立った…ぐらいかしら)


 結局のところ、フェロモン香りが効かなければそれまでなのだ。

 運命とは言われるけれど、他より出会う回数が多いというだけで、その運命チャンスをいかせなければ、それはただの偶然で終わってしまう。


 運命は必然ではない──


 (そうなると、そこまで番に執着する獣人彼らって…………まぁ他より鼻が利く分翻弄されやすいのかしら……)

 オルディナの逸れた意識を戻すように、クロイドは彼女の手を握っている自分の手に力を込めた。

 

 「オルディナ……最後まで聞いて」

 「ごっごめんなさい」

 何だか不貞腐れたような顔になったクロイドが可愛く思えて、思わず笑ってしまった。


 「……まぁいいや……彼がディアナを選んだことで、私の懸念は払拭された。それで、いつ君に結婚を申し込もうかと画策していたら、昨日の事件が起きてしまったんだ。私はその話を聞いて、慌てて君を迎えに来たんだよ。タイミングが合って良かった……」

 彼はそこまで一気に話すと、オルディナの両手を持ち上げて、その指先にキスをした。



 「ねぇオルディナ、私と結婚してくれないか?」

 「はい」

 オルディナは心からの笑顔をクロイドに向けた。


 


 ◇




 それからしばらくはゆっくりとした時間を過ご……せなかった。

 なぜならクロイドからプロポーズをされたその日に、カメリアがこの家を訪ねてきたからだ。


 慌てた様子の彼女に気圧されて、そのまま客室に案内したクロイドと二人、並んで話を聞く流れとなった。

 「実は………ディアナ様がジーク様の番でないことがわかりまして……」

 「「えっ?」」

 「驚くのも無理ないですよね……」

 番でないことは知っていたので、逆に何故そのような展開になったのかが気になった。


 「実は昨日ディアナ様はジーク様の家にお泊まりになって……」

 「えぇそれは両親……元両親かしら?に聞いたから知ってるわ」

 「そっ……それでその……男女の関係になったみたいなんですが…」

 顔を赤くしながら話すカメリアには申し訳ないが、続きが気になるので、先を促した。

 

 「朝起きたらディアナ様から番の香りがしなかったらしくて」

 「……番の香り?………そういうこと…あの子は自分の香りを別の匂いで誤魔化していたんだわ。たぶん…というか確実に……」

 クロイドが、自分の香りを誤魔化していたと話してくれたのを思い出した。


 「ディアナ様はジーク様に問い詰められて、全て白状なさいました。ただ…事が事なだけに……あの…オルディナ様を呼び戻せと言われまして、捜索願いを……」

 「はぁ~」

 もうため息しか出なかった。

 「あの…まだ居場所は私しか知りませんので、このまま此処を離れるという手も……」


 「……どうする?」

 クロイドか心配そうに手を握ってきた。

 「……着いてきてくれますか?こうなると、早めに片をつけた方がいいかと……クロイドが居てくれたら心強いし……迷惑をかけるとは…思うのですが…」

 「迷惑なんてっ!もし戻るなら絶対についていくつもりだったし……それよりも………あぁ…」

 歯切れが悪くなったクロイドに、彼が何を気にしているのか察した。


 「心配しないでください。私が彼を選ぶことはありえません」

 オルディナが言い聞かせるように話すと、安心したようにクロイドは肩の力を抜いた。




 ◇




 「まさか昨日の今日でここに戻ってくるとは…それにこの馬車…………」

 オルディナは乗ってきた馬車を振り返り、ため息を吐いた。

 昨日のものとは違い、グランドヘルムの王家の紋章が入った豪華な馬車は、乗るだけで緊張してしまい、目的地に着く頃にはオルディナは疲れていた。


 おまけに自分の今の格好だ。

 「これいつ用意したの?しかもサイズがピッタリ……」

 「言っただろう?君を迎えるために画策してたって」

 彼の選んだドレスを着たオルディナに、クロイドはとても満足そうに微笑んだ。


 用意されたドレスは何着もあり、どれもオルディナに似合っていた。何故かサイズも─

 彼の家のメイドたちは、未来の王太子妃のためというより、久しぶりに着飾れる女性が現れたことに大喜びし、持てる技術を遺憾なく発揮した。

 

 すべてが終わって鏡の前に立ったオルディナは、自分の目を疑った。

 「これが私……」

 「オルディナ様はもとがよろしいので、少し手を加えただ……」

 「「「とてもお美しいです!!!」」」

 「あ……ありがとう」

 仕上がりに満足したメイドたちが、興奮して被せ気味に賛辞を述べるのに対し、若干引きぎみでお礼を言った。


 (今までやってこなかった分、あれは疲れたわ……)

 諦めていた流行りの服たちなのだが、もういいと思ってしまったのは内緒だ。

 



 一方レイティスト家はというと、突如門前に止まった豪華な馬車に、屋敷内は騒ぎになっていた。

 

 そして、執事が開けた扉の向こうに立つ人物を見てさらに驚愕した。

 「……っクロイド様!い…一体どのようなご用件で?」


 ただの留学生と思っていた男の登場に、レイティスト伯爵夫妻は困惑を隠せなかった。

 そして更なる困惑は、隣に立っている女性である。

 どこかで見たことがある気がするのだが、こんなに美しい人ならば、一度見たら忘れないだろう。


 ディアナとはまた違った美しさで、シルバーグレイの髪に、黒い……そこまで考えて、ハッと息を飲んだ。

 「ま…まさかオルディナ?」 

 目を見開いて此方を見た伯爵夫妻は、先程から驚きっぱなしであるが、彼らを落ち着かせる間もなく、クロイドは爆弾を投下した。

 「実は隠していたんだけど、私はグランドヘルムの王太子でね、今日は彼女の件で話があって来たんだ」

 「「へ……」」

 開いた口が塞がらないとはまさにこの事だろう。

 なんとも間抜けな顔をさらしている二人は、執事に声をかけられるまでそのままであった。


 チラリと盗み見たクロイドの満足げな顔を見て、(なるほど、それでこの馬車と格好なのね……)と彼の企みを理解した。


 「大丈夫かい?」

 涼しげな顔で尋ねてきたクロイドに、(ちょっとやり過ぎなのでは……)と思ったけれど、いつにない二人の様子が見れたので、まあいいかなと思い直した。

 「……ありがとう。何だか胸がすっきりしたわ」

 「ふふふっ……どういたしまして」

 クロイドの手を取り、オルディナは決着の場へと足を踏み出した。



 



 



 

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