黒鳥は踊る~あなたの番は私ですけど?~
@callas
第1話 オルディナ・レイティスト
「君は私の運命の番だ」
目の前の男が手を差し伸べた先にいたのはオルディナの妹ディアナだった。
◇
運命の番─
出会えばお互いから発せられるフェロモン《香り》によって、惹き寄せられると言われているソレは、種族によっては絶対の存在と言われている。
目の前の男─ジーク・ロンベルトは隣国モナートからの留学生で獣人である。
彼らにとって運命の番とは絶対の存在である………はず。
………そのはずなのだが、何故か彼はオルディナではなく、ディアナに手を差し伸べた。
流れを見ればジークの相手はディアナということになるのだろうが、オルディナは微かに香る甘いしびれを纏った匂いに、本能で彼は自分の運命の番だと認識した。
しかし、彼はディアナに手を差し伸べた。
(………立ち位置?)
ディアナはオルディナの前に立っていた。
それは、ジークが此方に近づいてくると気付いた妹が、自分の存在を主張するためにオルディナを押し退けるように前に出たからだった。
然り気無く横に移動して、彼に自分の存在をアピールしてみる。
彼は一瞬此方を見たが、その瞳には何の感情もなく、すぐに視線を妹に戻すと、今度は優しげな微笑みを浮かべてディアナをダンスに誘った。
妹は満足そうに微笑んで彼の手を取ると、チラリとオルディナに勝ち誇った視線を向けてホールへと向かった。
「いいのかい?」
声をかけてきたクロイドもまた他国からの留学生でエルフだった。
「…………気付いたの?」
「まぁね。ディアナは彼の番ではないから、そうなると近くにいた君ってことになるだろ?」
「なぜ違うとわかるの?」
その問いにクロイドは苦笑いで答えた。
「まぁいいわ………事実は彼が私ではなく妹を選んだってことよ」
オルディナの妹ディアナはプラチナブロンドの髪にオパールグリーンの瞳を持ち《社交界の宝石》と呼ばれるほど美しい容姿をもっていて、性格も明るく両親からもとても愛されていた。
対してオルディナはシルバーグレイの髪に黒い瞳で、いつも妹と比較されては地味だと言われていた。実の両親にさえも。
ただオルディナは誰に地味だと言われようとどうでも良かった。
何故ならオルディナが注目されることをディアナは嫌うからだ。
それは決して姉に対する執着とかではなく、自分が一番でないと気にくわないという何とも傲慢な理由からだ。
そんな彼女の本質に誰も気づくことはなかった。
いつも分け隔てなく笑顔を振り撒く彼女が、実はこうだったのだと言ったところで、誰も信じないだろう。
むしろ此方が非難の的になるのは目に見えている。
彼女はその容姿から皆に愛される存在だったが、身近にいる姉を落とすことで、更に自分が愛される存在になりたがった。
姉が自分よりいい物を持つのが許せず、物心がつく頃には、周囲の自分に対する好意を利用して姉の物をドンドン奪っていった。
─お姉さまのそれがいいの
─これは私のよ
─オルディナ…貴方は姉なのよ?妹に意地悪しないで
─でもこれは……
─お姉さま、それ素敵ね
─貴方もいただいたでしょう?
─お姉さまのとは違うもの
─…………
─お姉さまこれありがとう!
─っそれは!どうして貴方が……
気づけば自分のものは目立たない地味なものばかりになっていた。
そうしないとディアナのものになってしまうから。
「貴方も少しはディアナを見習って着飾ったらどうなの?ただでさえ地味なんだから……」
「……私には似合わないから」
母の言葉に表情を取り繕いつつも、無意識に握った拳は、雄弁にオルディナの気持ちを語っていた。
しかし、オルディナは現状を嘆くことなく、見た目ではなく中身を磨いた。
その結果、勉強やマナーを必死に学んだので、彼女は地味な装いながらも、気品が滲み出る所作や、機知に富んだ会話で上層部から一目置かれていた。
今回の夜会は王家主催のもので、隣国から来たジークの紹介も兼ねていた。
彼はモナートでは次期公爵の地位にあり、見識を広げるために我が国に来たそうだ。
(まぁ本来の目的は番探しでしょうね………)
彼の国は獣人がほとんどで、彼らにとって番とは絶対的な存在である。
だから、平民はある程度の年齢になると、自分の番を探す旅に出るとも言われている。
しかし、彼のように地位のある者はそうはいかない。
旅に出た場合、戻ってこなければ国の政治が回らなくなるからだ。
そこで出された対策が留学生制度である。
まぁ大体は自国にて早々に出会うか、番でなくても恋に落ちて結婚という形も無くはないのだが──
だからモナートの留学生といえば、番がまだ見つかっていない貴族というのが暗黙の了解になっている。
そのため、彼らが訪れた国もパーティーを開いたりと積極的に協力をする。
もし運よくそこで見つかれば、今後の交易にも関わってくるので、迎える側にも利点があるのだ。
ちなみに、クロイドは普通に留学生としてこの国にやって来た。
彼の国グランドヘルムはエルフを筆頭にドワーフなども住んでいる。
身分を明かしていないため立ち位置はわからないが、所作などからかなりの高位であることは察せられる。
「確かに話に聞いていた通りの惹かれる香りではあるけれど、私からしたらそれだけよ。彼らほど番に対して執着はないわ。ただ……」
「ただ?」
「あの子じゃなくて、私を選んでくれる存在に期待してただけに…ね」
「………なるほど」
オルディナはホールで踊る二人に視線を向けた。
ディアナとジークは一枚の絵画のようにお似合いだった。
「………帰るわ」
「踊らないのか?」
「ここにいても見せつけられるだけだもの」
「…君の妹はどうしようもないね」
呆れた様子を隠さないクロイドの言葉を否定はしなかった。
「貴方だけよ、彼女の事をそんな風に言うのは………」
「私はその人の魂の色が見えるからね。本質がわかるんだよ」
茶目っ気たっぷりに片目をつぶった彼は、送ろうというように肘を出した。
「貴方がいてくれてよかったわ」
オルディナは出された肘に手を添えると会場を後にした。
その後ろ姿をジークが見ていることに気づかなかった。
とはいってもすぐにディアナによってすぐに注意を戻されてしまったが──
◇
それからすぐにレイティスト家にジークからの訪問伺いの手紙が届いた。
両親は素直に喜んだがディアナは何かを考え、一週間後ならと返事をした。
(すぐに飛び付かないなんて珍しい………)
いつにない行動にオルディナは、何を企んでいるのだろうと怪しんだ。
それから一週間、妹はどこかに出掛けたり忙しくしていた。
そして現在、何故かオルディナも含めた3人でお茶をする形となっていた。
(なんで?)
この状況が理解できなかった。
ジークの訪れを聞くと同時に、ディアナはオルディナの部屋にやって来た。
「お姉さまも一緒に行きましょう!
これはいつものこと。
婚約もしていない男女が二人で会うのは宜しくない─というのが建前で、本当は姉をつれていくことで引き立て役にしようという魂胆が隠れている。
だってメイドが待機すればいいだけなのだから─・・・
ただ今までと違うのはディアナの様子だ。
いつもならお茶会が始まって、相手が姉そっちのけで妹に話しかけるのに辟易し、タイミングをみてメイドを部屋に待機させてから、その場を去るのだが、今回は席を立とうとすると何故か引き止めてくる。
ジークもジークで初めに会ったときの無表情ではなく、何かを見極めるような目で此方を見るので、はっきり言って居心地が悪い。
ただ他の人と違って、オルディナにも会話をふってくれるので、退屈はしなくてすんだ。
(番が私だってわかったのかしら…)
仄かな期待は彼が帰る時に打ち破られることとなった。
そろそろ暇を告げようと立ち上がった彼は、そのままディアナの前に跪いて、あろうことか彼女に結婚を申し込んだのだ。
彼女は一瞬驚いた顔をするも、すぐに顔をほころばせて承諾の意を表した。
念願の番を得た感激で、ジークはそのままの勢いで妹を抱きしめた。
(何この茶番………)
オルディナはこの現状に二人と自分との間にかなりの温度差を感じていた。
ふと抱き締められているディアナが此方を見た。
その顔には勝ち誇ったような笑みが浮かんでいた。
(………あぁこの子、彼が私の番だって気づいてたな)
ストンと落ちてきた考えに、今日の彼女の行動をすべて理解した。
(何をしたか分からないけれど、ディアナは私の相手が彼だったのが気にくわなかったのね。彼のような優良物件なんてそうそう居ないもの…)
我が家は伯爵家で身分的には王家にだって嫁げないわけではないが、王太子にはすでに幼少の頃より婚約者が決まっていたし、その他の高位の爵位を持っている方は20代後半と年が離れている─ちなみにその方たちはディアナよりオルディナ派である─か、まだ幼いために妹の範囲外である。
また選り好みをするので、彼女の相手選びは狭くなってくる。
そこで現れたのがジーク・ロンベルト。
きっと何としても手に入れたかったのだろう。
ちなみにオルディナの相手はまだ決まっていない。
姉なのに、両親が妹の相手を先に決めたがったからだ。
(これで少しは私の周りも落ち着くかしら?)
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