おっさんの異世界無双夢物語

マニアックパンダ

第1話ーーおっさんはテンプレを望む

『ダメよっ!逃げてっ!』

『逃げられるかよっ』


 ミサトが暗黒龍に吹き飛ばされ、地に伏せながら叫んでいるが、俺も叫び返す。


『剣もないのにムリよっ』


 あぁそうだ、ドワーフ国最高の鍛冶師に打ってもらった、あの剣はぽっきりと根元から折れちまった。

 痛みを我慢してでも刀身を直接持つっていう手もあるだろうが、肝心のそれも暗黒龍の右目に深く刺さっちまって手元にはない。


 そういえばこの剣を打ってもらうのは大変だったな。

 まさか打ってもらう条件が、酒豪のあの爺さんの舌を唸らせる酒を用意しろだなんてな。そのために人間嫌いのエルフが住むと言われる森の奥まで行ったり、そこで精霊たちと共同で更に奥で起きていた異変を解決したりと散々な目にあった。

 まぁそのお陰で酒も貰えたが、なんと言ってもエオシャと出逢えたんだから、どこに何があるかなんて本当にわからないものだ。


 それからも色んな場所で色んな人に会って……

 ようやく落ち着ける場所を見つけたと思ったら、まさかパーティーメンバー14人も同時に妊娠するとはね……

 ちょっと頑張りすぎたかな?ハハハ。


 まぁ、それで久しぶりにミサトと2人、まるでこの世界に来たばかりのように森に散策に来たら、まさか暗黒龍に出会っちまうなんてな……


「ねぇ逃げてって!」

「俺たちが逃げたら……こいつは街に向かうっ!そしたらアイツらがっ!」

「で、でも……武器もなくどうしようって言うのよっ!」

「武器がなければ素手でやるだけだ」

「何言ってるのよっ!」


 まぁそう言うよな……

 でも逃げれないんだ、ミサトを、みんなを守るためにもっ!

 それに、ただ闇雲に素手で挑もうってわけでもないしな。


「ほ、本気なの?」

「あぁ、憎んできた家の技……これを使う事になるとは思わなかったがな」

「えっ?家の技?」

「あぁ、隣の家のお前なら知ってるだろ?」

「柔道場でしょ?」

「……違うよ、古武術道場だ。遥か昔から綿々と受け継いできた、人殺しの技だよ」


  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


「ってまたかよっ!」


 おっさんは読んでいたサイトのブラウザを消して、万年床ともいえるベッドへと倒れ込んだ。

 この男の名は海野浩二、独身彼女なし、身長165cm体重77㎏の中年太り真っ只中の38歳である。

 仕事はファミリーレストランの店長だ。店長というとそこそこ仕事が出来そうに聞こえるが、おっさんの勤務する会社は常に人がおらず、3ヶ月の研修をすれば誰でも店長へとなれる、なんちゃって店長なのである。しかも大学卒業してからずっと店長職……つまりあまり有能ではないという事でもある。

 趣味は特にない、敢えていえば休日に纏めてみるアニメや、ライトノベルくらいだろうか。


「なんなの?俺が知らないだけで、今どきの中高生はみんな代々続く古武術遣いの家なの?」


 若干すえた臭いと自身が醸し出す加齢臭、それを誤魔化すように置かれた安い芳香剤の混じった、微妙な香り漂う部屋で苦虫を噛み潰したような顔をしてブツブツと呟く。


「なに?もしかして古武術の家とかそんなんじゃないと異世界召喚されないの?……ってか誰も彼もあれか?やってて良かった公文式じゃなくて、やってて良かった古武術ってか!」


 誰が聞いてくれるでもない、悲しい独り言……しかも内容はライトノベルの事――悲しいおっさんの休日の一コマだ。


 誰の返事があるわけでもないが、おっさんの悲しい愚痴は止まらない。


「この前に読んだのは6作全部、どんな好意にも気付かない鈍感系主人公だしっ!だいたい中高生だったら、好意じゃなくてそれっぽいちょっとした態度でも勘違いしちゃう方が普通だろっ!俺ならすぐに襲っちゃうね」


 あくまでも勘違いして暴走して、心を病めていいのは中高生までの話である。38歳にして同じことをすれば、即逮捕案件である。


「だいたい何でみんな美人とか可愛い子ばっかりなんだよ……ふざけんなよ。ったくさ〜俺の周りにいるのはブサイクとビッチばっかりだっていうのにさ」


 おっさんの勤務先のアルバイトの中にも可愛かったり美人はいる……ただおっさんには誰も興味がなく冷たい態度なだけだ。それを認めることが出来ないが為に、悪態をついているだけである。


「あぁ、俺も異世界召喚されたい……」


 こんな事を呟いてはいるが、実際されたらされたで騒ぐだけで何も出来ないのは目に見えているだろう。現代社会の便利さに飼い慣らされた悲しき中年なのだ。


「とりあえず古武術でも始めればいいのか?それとも道路渡っている犬か猫でも救けときゃいいのかね。あーそれともあれか、神社仏閣巡りでもすればいいのか?どっかの何とかって神様が異世界生活を助けてくれるとか何とかってのが、最近多く読んだな。よし、買い物ついでに近くのとこにお参りでも行ってみますか」


 くたびれた身体を引き摺るようにして、スゥエット姿のまま外に出ようとした瞬間だった、その場は白い光に包まれた。





「ヘッドライトかよっ!住宅街でハイビームにしてるんじゃねぇよっ!」


 あまりにも異世界に転移したいばかりに、夕暮れ時になった為の、車のヘッドライトをそれと勘違いして独り地団駄を踏む38歳――悲しい、悲しい姿である。

 しかも、もし車の中の人に文句が聞こえてしまい、中から厳つい男性が出てきてしまう事を恐れて声は小さかったりもする――全く持って悲しい姿だ。

 おっさんが夢を見てるんじゃない、現実を見ろ?それは言っちゃいけない。おっさんだからこそ夢を見るのだ、現実の辛さを嫌というほど知っているのだから……


 ブツブツと呟きながら、大通りの隣の歩道をブラブラと歩く。その視線の先は道路だ、犬とか猫が迷い出て来ないか?救うチャンスが来るのではないかと期待していたりする。

 その為に歩くスピードはとても遅い。


「んっ?……どこかで事件でもあったのか?」


 遠くから聞こえてくるパトカーのサイレンに耳を澄まし、事件を妄想しニヤつくおっさん。


「君、君っ!ちょっと待ってくれるかな〜」

「えっ?俺ですか?……」

「うん、そう君だよ」


 パトカーの目的はおっさんだったらしい、すぐそこの路肩に停車し、警察官2人が声を掛けてきた。


「ここで何してるのかな?」

「買い物に行こうと歩いているだけなんですけど」

「ふーん、そうか〜。いやぁね、ブツブツと言いながら道路を覗き込むように見ている人がいる、自殺志願者かもしれないって通報があったんだよね」

「えっ?私じゃないと思います……違う人とお間違いでは?」

「いや、確かにここなんだよね〜まぁとりあえず自殺じゃなくて良かったよ。ただ一応仕事なんでね、身分証明書があったら見せて欲しいんだけどいいかな?」

「あぁーはい」

「ご協力感謝します」


 ………………

 …………

 ……


「あ゛あ゛あ゛あ゛っ!」


 何もない事を確認したパトカーが去って行くと、おっさんは大きくため息を吐きながら、頭を掻きむしった。

 ただ歩いていただけなのに、通報されるなんてと苛立ちを隠さない。


 だが平日の夕方にダラしない上下スウェット姿の中年が、道路を覗き込んだり、ブツブツ言いながらニヤニヤしていたら、それは怪しいだろう。通報されても致し方がない……いや、通報する人間がいた事の方が素晴らしいと褒められる案件だ、日本人まだまだ捨てたもんじゃない!


「クソっ……」


 どこかの善人を逆恨みしながら、少し早足になるおっさん。

 今度は職務質問される事もなく、無事スーパーに辿り着いた。カゴに入れるのは誰でも簡単に美味しく調理出来る冷凍食品と、4枚入りのあげのパック数袋。

 購入した物を、ポケットに入れてきた古くクシャクシャになったレジ袋へと詰めて、家へと歩き出す。


 帰り道は来た道とは違う、目的は小さなお社だ。そう、購入したあげはお供え品だった。

 自宅までの3箇所で、あげを供えて手を打ち鳴らす。願いはもちろん異世界転移……だけでもなく、給料アップや全てを受け止めてくれる若くて可愛い彼女などなど、身の程知らずの山ほどの願いを祈ってた。たった安物のあげのパックで願うには、余りにも図々しい――もし神様が見ていたとしても、呆れて口が塞がらないだろう。


 得てして、小さなお社は大通りではなく細い生活道路沿いにある事が多い。そしてそういう場所はもれなく薄暗かったりもする。

 さて、そんな場所にクシャクシャの色が変わりかけたレジ袋を下げ、上下スウェット姿の中年がブツブツ呟きながらうろついていたらどうなるだろうか?

 そう、これまた通報案件だ。


「はい、そこの君ちょっと待ってくれるかな〜?」


 おっさん、本日2度目のお巡りさんとのお話である。

 そして繰り返される、行き道と同じ会話……

 悲しい、悲しすぎる38歳中年の休日の一コマだ。


 おっさんが自宅に帰ったのは、アルミ包装ではない冷凍食品の幾つかが、大きな汗をかき始めた頃だった。


「ふざけんなよ、誰だよ……くそっ」


 乱暴に冷凍庫へと購入品を突っ込み、苛立ちながら冷蔵庫の扉を開ける。


「あぁーもうっ!コーラねぇじゃん」


 それは自分自身のせいなのに、ブツブツと文句を言いながら小銭を無造作にポケットへと放り込み、玄関を開け安アパートの階段を降りて行く。


 人間苛立ったり、精神が荒れている時ほどウッカリを仕出かしがちである。


 つまり……おっさんは階段を踏み外し、10段ほどをゴロゴロと転がって落ちて行った。


 そして階段を設置しているコンクリートの角に頭を激しくぶつけて、海野浩二は最期の時を迎えた。

 享年38歳であった。

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