第9話 ポツンと

「ギアを操縦するのって、どうなんだ」

 ふらりと作業場に現れたナオの質問は唐突で、しかも曖昧だった。どう、と訊かれても困る。好きか嫌いかとか、簡単か難しいのかとか、そういう話ではなさそうだ。

「楽しいよ」

 気難しい幼なじみが納得してくれるとは思えないが、イナサは本心を返した。明日はまた探掘だ。ギアのキャノピーを拭き、ハーネスが緩んでいないか、腕・脚部の与圧クッションが傷んでいないか、スーツに異状がないか、入念にチェックする。

 多機能外骨格スカルギアは旧時代の遺物で、修理はできても新品を作るのはほぼ不可能とされていた。フレームの素材や、四肢の動きを統合する半導体部品が製造できないためで、探掘遠征の大きな目的のひとつは、こういった工業製品や重機、精密部品の製造工場を見つけることだ。

 イナサのギアは師匠のお下がりだ。師匠はお兄の師匠でもあって、機械に強い。イナサが十八歳おとなになれば俺はギアを譲って引退する、とかねてからの宣言通りに、探掘には出ずに作業場のヌシとして、三区の生活を守っている。

 ギアは軽くてつよい合金と炭素系ナノ素材で作られているが、修理には代替素材を使わざるを得ず、使い続けるほどに重く、脆くなる。重量異常を検知するシステムを黙らせる関係で、重心やバランスの補正も機械任せにできず、大がかりな修理のたびに慣らし運転をせねばならないから、乗り手を選ぶ。

 かといって建設用重機を持ち込めるほど、廃墟は人間に優しくない。生身なんてもっての外だ。だから、ギア生産の目処が立つまで、いま稼働している機体を大切に使い続けねばならないのだった。

「おもちゃじゃないぞ」

「わかってるよ。でもさ、ギアならではの動きができるの、すごくワクワクする。背が高くて手足が長いし、力も強いし」

 野蛮な、とでも言いたげにナオの目が細まった。大きな音や振動を苦手とする彼が、どうして探掘家になったのか、イナサにはわからない。旧文明のセンサーに匹敵する五感と幻視、たぐいまれな能力を有する者を危険の最前線に置くわけにはいかないと、大人たちもずいぶん時間をかけて説得していたが、彼は頑として頷かなかった。

 イナサとナオが十八歳になり、ミズハとタキに連れられて初めて探掘に出た日のことはよく覚えている。目的地は区からいちばん近い、とうに探掘され尽くした廃墟で、戦利品は期待されていなかった。新人研修のようなものだ。探掘の雰囲気を掴み、場慣れするのが目的だったはずなのに、ナオが視たのだ――廃墟に埋まる金属の箱を。

 彼の幻視は信頼できる。だからこそ敬遠する者がいる。掘ってみるとやはり、折り重なった建材の狭間に箱があった。それが麗威だ。墜ちた宇宙船、物語る機械。

「ギアを操縦してるとき、世界は狭いか?」

「え?」

 まったく予期せぬ質問だった。世界? 狭い?

 脳裏に浮かんだのは、大好きなの「点燈夫の星」のくだりだった。「だけど、あのひとの星は、あんまり小さすぎる。ふたり分の場所もない星なんだもの」

 ギアに乗っていると、生身の自分の他にギアの面倒も見なければならず、目が回るほど忙しい。それでも、探掘はあの点燈夫のように、「なんか意味がある」「ほんとうに役にたつ仕事」だと思っている。

「いや……えっと、生身でできないことがギアに乗ればできるんだろ。ってことは、相対的に自分が大きくなったっていうか、世界が狭くなったってことじゃないか」

「何言ってんのか全然わかんないけど、ギアを使っても世界の端っこに手が届くわけじゃなし、逆に広さを思い知らされるね。その中心に自分ひとりがぽつんっている感じ。あんたこそ『世界は狭い』んじゃないの」

「そんなわけない」

 じゃあ、彼も広い世界にぽつんと存在しているのか。ふたりしてそう感じているなら、あまりにも滑稽で、かなしい。昔は手を繋いでどこへでも行けたのに、今は言葉も体も、ちっとも噛み合っていない。

 麗威はどうなのかな。イナサは言葉を飲み込む。ナオが彼女を胡散臭いと思っているのはよく知っていた。お兄もミズハも、どうして彼女がこれまで探掘の手を逃れていたのか、ナオが幻視したのは偶然なのか、疑わしく思っている。

 麗威は物語だけでなく、三区には存在しない旧時代の資料もたくさん記憶していた。多くの知識を蓄えた彼女こそ、「世界は狭い」のではないか。彼女の元いたところは、もっともっと広かったのではないか。

「おい、麗威には訊くなよ」

 ナオの声は雪より冷たかった。何でもお見通しなんだ、と言うと、彼は傷つくだろうか。

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