第82話 女神見習いと受付嬢のお願い(1)

 宿屋の主人兼冒険者兼ポーション職人を謳歌していたある日、いつものように買い物とポーションの納品を兼ねて街へ瞬間移動した。

 リディは今日は留守番だ。アルさんやメルさんが早くに帰ってくるので宿で迎えるらしい。

 うん、あのふたりちゃんと仕事してんのかなってくらい宿にいるんだよね……きっと要領よく働いているんだろう。うん、そう思っておこう……


 商業ギルドでポーションとお茶を交換し、ついでに特許申請……だって手数料が無料で申請できるし元取るためにはダメ元でも申請しておかないと。

 今回はレシピを売ることにした。かなり吹っかけた額で……もちろん神様の契約書を使い、契約書には他人に製法を漏らさないことが明記され特許料は口座へ……

 ちなみに、〈ポーションパウダー〉は全然、特許料が発生していなかった……漏斗の分は結構増えてたけどね。


 冒険者ギルドでポーションを納品して、ついでに何か目ぼしい依頼や素材の買い取りがないかと掲示板を眺めていた……背後に気配を感じ振り返ると、受付嬢のカーラさんが申し訳なさそうに立っていた。


 あれ?……私、何かしくじっのかな?

 ……以前カーラさんがこんな顔をしていたのを目撃した時は依頼が達成できなかった冒険者にランクダウンを告げていたっけ。あとは……告白のお断りの時もかな。

 

 そういえば、ギルドの受付嬢兼上級冒険者のカーラさんとパーティメンバーのルカさんは恋人同士だと聞いたことがある。

 その場にいた他の冒険者は知っていたが、新参者の彼は知らなかったらしい。

 そして無謀にもギルドで告白し、交際を断られた理由を知った彼は


 「いいんだ、俺は女神様に慰めてもらうからな!」


 っと言って走って出て行った。

 その時、私が思わずビクッとしてしまったのも無理はない。だって、一瞬自分のことを言ったのかと思ったのだ。バレたーってね……

 新参者の彼は西の方の街出身だと言っていたから余計に。

 しかし、そんな胸の内を表情に出さないまま聞いていれば、この街の愛の女神様のメルさんのことだった。

 名も知らない冒険者さんよ、あの女神様は皆に優しいのだよ。君は特別ではない……特別扱いなのはリディだけだよ、多分。


 そんなことがあったのも記憶に新しい……が、今まさにカーラさんの顔は告白を断る時の顔とダブって見える。あれ、告白なんてしてませんよ?

 だからこそヤバいかもしれない……ポーションに何かあったとかかな? 公認取り消しとか? ああ、生活の安定が……取引中止なんだ……

 それとも……うーん、他になんかしたっけ?

 

 ……はっ、思わず現実逃避してしまった。


 「エナさん、少し時間よろしいですか? ちょっとお話があるんですが……」

 「えっ、ポーションに何か問題でも?」


 どきどき……そわそわ


 「いえっ、ポーションはいつもの通り良い品でした。それとは別のご相談があるんです……」


 よかったー。ポーションに何かあったら安定した生活が送れなくなる所だったよ……実際は魔物を討伐しまくるか、薬草採取に励めば安定という意味では問題ないが、時々魔法の練習をしてはなぜか魔物に当たったりするけど、基本的に魔物には自分に害がない限り攻撃はしたくない。

 それでも高く売れる魔物の素材なんかが手に入ればそれはそれで喜んでしまうんだから、なんて現金なヤツなんだろうとも思うけど……うん、そこらへんは仕方ないかと諦めた。

 宿屋も安定しているとは言い難い……気分的に。相手は神様だしね……いつ来るのかわからないんだもの。


 ホッとひと息ついて


 「相談……ですか。大丈夫ですよ、あとは買い物して帰るだけなので」

 「あのお家にですよね。どうやってあれを解決したか知りたい所ですが……エナさんのことですもの……もう少しで仕事が終わるのでギルドの斜め前にある『黒猫亭』で待ってていただけませんか」


 どうやら相談事はギルド絡みではないみたいなのでひと安心かな?

 『黒猫亭』って安くて早くて美味いけど、すっごくうるさいってところだよね。

 買い物もユリスさんのデリバリーがあるからだいぶ頻度減ったし……料理は家賃がわりとしても、そろそろユリスさんに食材のお金渡さないとなぁ。あ、やべ……違うこと考えてカーラさん待たせちゃったよ。


 「いいですよー。あまり急がなくても大丈夫ですよ」

 「すみません。ありがとうございます」


 おぉ、これが1度見たら誰もが見惚れてしまうという噂の受付嬢スマイルか……なるほど。

 さっさと『黒猫亭』へ向かい後から連れが来ることを告げ窓際の席につく。

 カーラさんの受付嬢スマイルを思い出し、ちょっと真似してみたり失敗してニヤニヤしつつ『黒猫亭』で待つこと少し。


 彼女は冒険者らしき数人を連れてやってきた。彼らは装備をつけていないが、噂のパーティメンバーだろう。

 

 「遅くなってすみません」

 「いや、思っていたより全然早かったですよ。どうぞ、まずは座って飲み物でも」


 カーラさんの後ろにはガタイのいい男の人、凹凸はないがスラっとした美人さん、なんかチャラそうな男の人がいた。


 「彼らは私の所属するパーティのメンバーです。彼らがいた方が話が早いので呼ばせてもらいました。すみません勝手に……」


 彼らが噂に聞いていたパーティメンバーか。

 今時珍しく、幼なじみでずっと同じメンバーだって聞いたような気もするし、カーラさんは結婚間近の恋人がパーティにいるらしい。ミーナちゃんから名前も聞いたんだけど……


 どっち、どっちなんだ? 2人ともタイプは違えどかなり整った顔立ちをしている。

 カーラさんの噂の恋人は……聞きたい、しかし突然、どちらがカーラさんの恋人ですかなんて聞くのは不自然極まりない……自分だったらどん引きだよ。

 名前さえ聞き出せばわかるのに……4人が席に座り飲み物が来るまで何食わぬ顔で会話を続け、名前をゲット。わーい。

 カーラさんの恋人はガタイのいいルカさんでした。美人さんのステラさんに話してみたら全然チャラくなかったジョセフさん。

 基本的にジョセフさんとカーラさんが話し、ルカさんとステラさんが相槌を打つスタイルみたい。長年の付き合いからか、言いたいことがひと言ふた言で伝わるのはすごいよね。

 疑問が解決して満足したので、さっそく本題に入ろう。


 「いえいえ。私のことは呼び捨てでいいので。あと敬語もいりませんよ」

 「それなら、私たちも呼び捨てで。出来れば敬語もないと嬉しい……な」

 「うん。わかった。できるだけそうするね。それで、早速だけどお話とはなんでしょう?」


 急に4人は引き締まった顔つきになり空気が変わった。


 「あの、エナ……私たちと共に北東にある『深淵のダンジョン』に潜ってもらえませんか?」


 ダンジョン……なんか冒険者っぽいお願いきたー。って、冒険者だったわ。

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