第九札 りーぷ!! =跳躍=

まえがき

アイキャンフライをした静流さん。

その静流さんの視点でサキとのやり取りを見てもらいたいと思います。






 法術師届けの事を静流しずるから聞いてから一週間後。


「そんじゃまぁ、登録とやらに行って来る」


「行ってきますっ…!」


「行ってらっしゃいませ」


「寄り道せずに真っすぐ、早く帰ってきてね!!」




―――静流しずるside―――




 利剣りけんさんと流那りゅなさんが法術師の管轄所に出かけられた。


 サキさんをはらおうとした日から今日で一週間。


 彼女の行動を気にしてはいたけど、拍子抜けするぐらい何も起きはしなかった。


 利剣さんと談笑したりからかったり。時には流那りゅなさんに話しかけたり驚かせたりと普通の日常。


 私に対してだけは、警戒を解いてもらえていないまま一切近づかれる事はなかった。


(私がした事を思えば自業自得だけどね)


 ふと、サキさんもこちらを見ていたようで視線がぶつかった。


「……ぁ…」


 小さく声を上げて瞬く間に顔をらされてしまう。


(相当嫌われているわね…)


 それについては今後、何とか改善出来れば良いとは思うのだけれど…。


 まずは今のこの状態、どう声を掛けたらいいのかしら。


 無言で一人館に戻るのも感じが悪いし、さぁ戻りましょうなんて声を掛けるのもそこまで信頼されている関係性ではないという事は分かっているし…。


 ここはサキさんの行動を制限せず、私の行動だけを伝えるにとどめておきましょうか。


「私は、館に戻りますね…」


「う、うん……」


 私はサキさんに一礼して館へと歩き出した。


 サキさんの真似ではないけど、私も早く利剣さんと流那さんに帰ってきて欲しいかも…。



――――――



 こういう時、家事を一人でこなすという業務は有難ありがたかった。


 何より無心になれるし、あれこれ悩まなくて済むもの。


 サキさんは離れた所からチラチラと私を見て来るけど…。


 攻撃しないから大丈夫よ、なんて言っても余計に怪しい…よね。


「……」


 窓枠を拭きながら、あの日の事を思い返す。


 …本当は自分でも分かっている。


 初めてサキさんを見た日に紫苑しおんを抜いて斬りかかろうとした事。


 あれは私が間違っていたと。


 対話を試みて、話が出来ないもしくは人に危害を及ぼしそうな存在であった場合のみ抜刀して攻撃する事が正しい段取りであった事。


 それなのに利剣さんを両足で蹴りを放っているのを見ただけで除霊に値すると咄嗟とっさに判断してしまった。


 あの後利剣さんの話にも耳を貸さずに祓う事を最優先で話を進めてしまった…。


 あの時のサキさんが抱いた恐怖は少なくはないはずよね。


 利剣さんに対しても雇用主であるにも関わらず噛みついてしまった。


 なのに利剣さんは寛大な気持ちで私の発言を許してくれた。


 だけど私は……。


 利剣さんには謝る事ができたのに、サキさんには素直に謝れていない。


 サキさんに警戒されていたとしてもしっかりとその件については謝りたいとは思っている。


 でも、常に利剣さんか流那さんが傍にいて……その……。


 ふぅ、と私はため息を漏らした。


 私の小さな自尊心プライドが邪魔をしてしまって、謝れていないまま。


「でも……今日なら…この時間なら……」


 私が決意をし、掃除の手を止めて雑巾を握りしめた時だった。


 ふわりとサキさんが寝転んだまま私の方へ移動してきていた。


 これは……絶好の機会ではないかしら。


「サキ、さん…」


「へっ…?」


 私の呼びかけに、サキさんが慌てて身体を起こした。


「あっ………し、しずるさん……」


 声が震えて、表情が凍りついているサキさん。


「……」


 ふと呼びかけてしまったものの、心の準備なんて出来ていなかった。


 どうしよう。何て言えばいいのかしら?


 先日はごめんなさい? うーん…。


「ぁ…ぁはは…は……」


 サキさんが私の顔を見て今にも泣きそうな顔で乾いた笑いを浮かべている。


(サキさん、突然斬りかかってしまってごめんなさい!)


 そう! それを言うだけでいいの静流。言うだけでいいの。


「ぁ……ぅ……」


 怯えたサキさんを目の前にすると、罪悪感と緊張から上手く声が出せない…。


「サキさん……」


 と、私は気づいてしまった。


 そうだ。


 きっと紫苑しおんを腰に差したままだから怯えているのではないかと。


 よし、ここは紫苑を一度壁に立てかけてから―――


「き、きゃああああっっ!!」


 私が紫苑を壁に立てかけようとした瞬間、サキさんが私から逃げて行った。


 どうして…!?


「ま、待ってっ…!」


「待てないぃぃっっ!!」


 制止の声も聞いてはもらえず、サキさんが文字通り飛んで逃げる。


 原因を考えたかったけれど、今は追いかけるのが先。


 これだけ怯えてしまわれたら恐らく利剣さん達が戻って来るまでの間に謝る事は出来ない。


 ここは何としても謝らなければ…!!


「ひぃぃーー!!」


「サ…キさんっ…!」


 逃げるサキさんにもうすぐで追いつく…。


 あ…。


 追いつくけど、触れないのでは……?


 今更ながらそんな事に気付いたのだけれど、その瞬間サキさんはスゥッ…っと窓を通り館の外へと飛び出していた。


「くっ…!!」


 ここは多少の無茶をしてでも…サキさんに謝りたい!!


 利剣さんすみません、後で窓枠は拭きますから!!


 覚悟を決めた私は、窓枠に足を掛けると全力で跳躍した。


「ふぅ…、ふぁいっっっ!?」


 私の跳躍に目を見開いて驚くサキさん。


 そのサキさんに向かって私は出来る限り手を伸ばす。


「ちょっ、そこ、二階なのにぃぃぃぃ!!!!」


 サキさんがそんな事を叫んでいましたが、私の手はしっかりとサキさんの右袖みぎそでを掴―――


 スッ…


 む事は出来ませんでした。


 ぐらり。


 私の身体はそのまま地面へと落下する。


 二階からさらに上空に跳んで、高さは3階相当。


 落ちたら骨が数本折れるのは確実、ね…。


「ふぅ……」


 そんな事を考えてからやむなく私は両手で印を組む。


「風よ、集いて我を抱き止めよ!!」


 私がそう言い終わるや否や、突風が下から吹き上げて私の落下速度を軽減してくれる。


 それでも完全に落下速度を殺す事は出来ず、迫って来る地面。


「はっ!!」


 両足で着地と同時にすぐひざを曲げて衝撃を軽減させる。


 そのまま身体を丸めて庭をゴロゴロと転がる事でその衝撃を分散させた。


「………ふぅ……」


 雑草が生い茂り平原と化していた庭なのも救われたわね…。


 大の字になって倒れている私にサキさんがふわりと近づいてくる。


「い、生きてるかなぁ……」


 動いたり、起き上がったりせずにここは声だけにしておきましょうか。


「生きていますよ…」


「ひぃっ!?」


 驚いて肩が跳ね上がるサキさん。


 何だか、二階から跳んで色々と吹っ切たような気がする…。


「サキさん、ごめんなさい」


 私の口からすっとこぼれ出る謝罪の言葉。


「えっ…?」


 私の謝罪が何のことなのか分からなさそうに声を上げるサキさん。


 戸惑うサキさんに対して、私は言葉を続けた。


「祓おうとした初日も、今さっき怖がらせてしまった事も、全部です」


「……ぁ……」


 理解してもらえたようで良かったです。


「信じてはもらえないかもしれませんが…。ずっと謝りたくて…」


「ううんっ……」


 私の言葉を聞いて、ぶんぶんと首を振るサキさんを見て、


 やっぱり悪い子ではないんだと改めて実感しました。


「信じてなくはないけどっ……。祓わないでくれる…の?」


 その質問に対して私は出来る限り優しくサキさんを見つめて、頷く。


「ええ、祓いませんって約束しましたから」


「そっか……。うん……」


 サキさんの安心した笑顔を見て、私も思わず笑みがこぼれてしまう。


「あ……静流さん…」


「あっ…いえ、これは……」


 笑みを見られて恥ずかしい。


 平常心平常心…。


「その、頭にクモが……」


「え……?」


 私の顔から血の気が引いていくのが分かった。


 クモ。


 蜘蛛くも


 私の一番嫌いな虫。


「き………きゃああああああ!!!!」


 私の叫び声を聞き、近くにいたサキさんが耳を塞ぐ。


 すみません! 今はすみません!!


 私は跳ね上がって起き上がると、蜘蛛を落とそうと頭を振りながら全速力で館に向かう。


 頭を払って、いえタオルで拭いて……!


 気持ち悪いーーー…!!



――――――



 これは後の話だけれど、


「あの速度で走られてたら館の中で追い抜かれてたよ~…」


 とサキさんに言われました。


 私の痴態ちたいは、サキさんとの秘密です…。




あとがき

双方の視点で長々と書いてしまいすみませんでした。

感情や思考が読みにくい静流さんですが悪い子じゃないんです。

次回はいよいよ利剣と流那さんの都心デート(語弊がある)編です。

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