七通目 『サボリン(呼び捨て希望)』からのお便り

 私の現在進行形の悩みです。聴いてください。

 真夜中になると、部屋中の家具という家具が暴れ出すんです。


 ガタンッ。

 ガタガタガタッ。


 下宿先のアパートに来て以来、私の睡眠時間は削られる一方でした。布団の中で指一本動かせずに固まったまま、私はぎゅっとまぶたを閉じて耐えていました。

 襲いかかってくるその『嵐』は、棚やタンスにしまっているものまで容赦なく落としていきました。さすがに四、五日続いてからは置き場所を変えて、今は物が割れる音は聞こえなくなりましたが。

 地震が来たわけでもないですし、私が何か悪いことをした覚えもないのに、騒がしい霊現象ポルターガイストは部屋を荒々しく揺さぶるのでした。数分後に静かになると、きつい金縛りもふっと解けました。ここまでが、いつもの流れです。

 ――もうやだ。なんでこんな目に遭わなきゃいけないんだろう。

 大学に通うために一人暮らしを始めたばかりなのに、この仕打ちはひどすぎます。

 大家さんに真剣に相談しても、彼は信じてくれませんでした。

 友達が言っていた凄腕の霊能者さんに、おはらいでもしてもらったほうがいいか――私は、そう考えました。

 ネットで検索したその人の公式サイトには、テレビや雑誌の出演履歴も載っていました。

 ――こんなに有名な人なら、ふざけた詐欺行為をしてくることもないよね。

 メールフォームから除霊依頼のメッセージを送り、へとへとになりながらもノートパソコンを閉じて、その日はどうにか眠りました。

 次の日、返信が来ました。ありがたいことに、ご本人が様子を見に行くと言ってくださいました。

 アルバイトから帰ると、アパート前に女の人が立っていて。

「初めまして」

 バリバリのキャリアウーマンさながらに凛々しく笑んだその人こそが、霊能者さんでした。

 サイトにも顔写真はありましたが、霊能者というよりも、かっこいいモデルさんに見えました。

 早速部屋へ案内して、中を一通り観察してもらいました。

 きりっとした眼差しで、霊能者さんは真剣におっしゃいました。

「この部屋自体が、霊たちの通り道になってるわね」

「えっ」

「そこの窓の位置がね、ちょうど霊を引き寄せやすい方角だから。ポルターガイストが毎晩起きるのも、そのせいだわ」

「えぇッ?」

 じゃあ、どんな対策をすればいいんだろう。

 私の心境を察してか、彼女は優しく微笑みました。

「試しに、窓辺に小さなサボテンを置いてみなさい」

「サボテン、ですか?」

「ええ。魔除けの道具としても使われるのよ。悪い『気』を吸い込んでくれるの。観賞用としても、可愛くていいと思うわ」

「そうなんですか……ありがとうございます!」

 その後、お清めをしたりお札を壁に貼ったりしてくださった霊能者さんは、颯爽と帰っていきました。

 彼女を見送ってから、私も商店街の花屋へ走りました。

 サボテンなんて興味もありませんでした。でも、小さいものなら意外と安いですし、窓だけじゃなくてテーブルに置いてみてもいいだろうと二つ買ってみました。水やりもいらないから気楽だな、と。

 棘だらけの小さなそれは、なんだか頑丈なヨロイみたいにも思えて頼もしかったです。

「私を守ってね、サボテンさん」

 そんな言葉をかけて微笑み、私は布団にもぐりました。


 その夜は、ポルターガイストは一度も起きませんでした。

 お清めやお札も、きっとかなり効いていたんでしょう。久々にぐっすり眠れて、すがすがしい気分で朝を迎えられました。

 窓辺とテーブルに置いたサボテンも元気で、パンをトースターに差しこみながら、おはよう、と私は笑いかけました。

「霊たちも回り道してくれたみたい。サボテンさんたちのおかげだよ、ありがとね」

 霊能者さんにも、改めてお礼のメールを送らないと。

 大学で過ごす間も、顔色よくなったね、と友達からも安心され、女子大生としての日常を満喫できました。

 これで、怪奇現象とはめでたくおさらばできるかもしれない。軽い足取りでアパートへ帰りました。

「ただいまー、サボテンさん」

 でも、私の頬はテーブルの上を見た瞬間に引きつってしまいました。


 元気だったはずのサボテンは、なぜかしぼみ始めていたんです。

 トゲまでしょんぼりと垂れ下がって。


 あわてて窓にも駆け寄ると、そのサボテンも同じ状態で、私は愕然ガクゼンとしました。

 窓は閉めていましたし、雨も降らず、水も当然あげていませんでした。お店の人から教わった育て方の通りにしたはずなのに。わけがわかりませんでした。

 不安になりながらも、真夜中を迎えました。


 ガシャンッ。


 うとうとしていた私の耳に、不意にキッチンのほうで何かが割れる音が響きました。

 その時は金縛りにもならなかったので、布団を出てそっとフスマを開けてみたら……。


 テーブルの上の小鉢が、バラバラに握り潰されていたんです。

 暗闇の中から生えた、一本の真っ白い手に。


 それ以来、私はテーブルの上をまっすぐ見られず、住宅情報誌とにらめっこする日々が続きました。

 あの時、自分がどんな反応をしたのか、不気味な手はどこへ消えたのか、全然おぼえていません。


 家賃は多少高くなっても、もっと安全な場所で暮らしたいです。

 あの夜みたいな白い手が、また伸びてこないように。

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