第123話 決着

「ふー……」


 一本のタバコが灰に変わる頃、獣人達の宿敵アイヒマンの悲鳴が聞こえなくなる。

 すると群衆の中からフゥの叫びが聞こえてきた。


「仇は取った! 我ら獣人の敵アイヒマン、討ち取った!」

「将軍! やりましたね!」

「と、父ちゃん…… これで安らかに眠れるよな……」


 喜ぶ者、故人を想い涙を流す者と様々だ。

 だがこれで獣人達にとって一つの区切りとなっただろう。


 攻撃部隊を指揮し、勇敢に戦ってくれたフゥは俺の前に来て……


 スッ


 右手を差し出してくる。


「タケ…… いやここはやはりタケ様と呼ばせてもらおう。貴方のおかげで……」

「ストップ。フゥ、俺は当たり前のことをしただけだ。それに俺はお前と立場は同じ。様なんて付けるな。いつも通り呼ばないと握手はしないぞ」


 そう言うとフゥは諦めたように笑う。

 ふふ、それでいいんだよ。

 

「ははは…… タケはいつもそうだ。まったく自覚が無いというか……」

「言っただろ? 俺は王になるつもりはないって」


 ガシッ


 俺とフゥは固く握手をする。それを見た獣人達は……


「「「うおぉぉぉぉー!!」」」


 雄叫び、いや勝鬨を上げた。

 

 さて喜んでばかりはいられない。

 フゥの話では砦に魔女王軍はいないようだ。

 だがバクー国内の町には少数だが未だ駐屯している兵士はいるらしい。

 

 急ぎドワーフ達を保護しないと。


「フゥ。早速だが、ここの獣人の半分を南下させてくれ。近くにアシュートとマハトンという町がある。ドワーフがいるはずだ。迎えに行ってくれ」

「任せろ。で、これからどうするのだ? 私は魔女王軍の襲撃に備えてこの砦を守ろうと思うが……」


 確かにな。だが俺の考えが正しければ奴等はここに戻ってこない。

 一応警戒はしなければならないが、フゥに任せなくても大丈夫だろう。

 むしろフゥには一度ラーデに帰ってもらいたい。


「すまんが会議を開きたい。大事な話がある。ラーデに戻ってくれ」

「ラーデに? だが大事なこととは? 今の内にバクーを抑えるほうが大事なのではないか?」


「ここじゃ詳しく言えない。頼む」

「分かった…… だが準備があるからな。残る仲間に指示を出さねばならん。先にラーデに戻ってくれ。すぐに追いかける」


 フゥは俺の雰囲気を察したのか、ラーデに戻ることを約束してくれた。

 それじゃ俺達も戻るか。

 

 ルネ、いるか? こっちに来てくれ。


(はいなのー)


 ドカカッ ドカカッ ザッ


 土煙をあげてルネが駆け寄ってくる。


(パパ、大丈夫なの? ちょっと怪我してるの)


 心配無いよ。あのな、一度みんなにラーデに集まるよう伝えて欲しい。みんなが集まったら……


(またお祭りするの! 楽しみなのー)


 う、うん。お祭りはまた今度ね。

 やりたいのは会議なんだ。大事な話があるんだよ。

 俺達もラーデに戻る。

 ルネ、トンボ帰りで悪いけど……


(いいのー。パパ、乗ってなの!)


 ありがとな。

 俺はルネの背中に飛び乗る!


「フゥ! ラーデで待ってる!」

「あぁ! 帰ったら祝いの酒を酌み交わそう!」


 俺は獣人達に見送られ、皆が待つラーデに向かう。


 ルネは休むことなく走り続ける。


 日が沈み、そして朝日が昇り、また日が沈む。


 そして次の朝日が昇る頃……


 俺達はラーデに到着した。


(疲れたのー。とっても眠いのー)


 ルネ、ご苦労様。変化を解いてもいいよ。

 抱っこしてやる。家に帰ろう。


「キュー」


 少女の姿に戻ったルネを抱いて、俺はアリアの待つ家に帰る。

 中に入るとドワーフの錬金術師ソーンが一階のリビングで本を読んでいた。

 ここにいたんだな。

 ちょうどいい。少し話を聞きたいところだったんだ。

 ソーンは俺に気付いたのか……


「おや? タケ様! お帰りなさいませ!」

「ソーン、少し話せるか?」


 本当だったらお疲れのルネを寝かさなくちゃいけないのだが……

 ルネ、少しだけ我慢出来るか?

 

(眠いけど…… 頑張れるの! 何をするの?)


 ソーンを疑うわけじゃないが、ポリグラファーを発動してくれ。

 もしもソーンが嘘をついてたら教えてくれ。


(分かったのー)


 さてソーンと話さないと。

 少し長くなるからな。

 コーヒーを二つ淹れておいた。


 一つをソーンの前に置いて……


「飲みながら話そう。バクーについてだ。勝ったよ。恐らく魔女王軍は近い内にいなくなる」

「なんですって!? あぁ…… 神よ、感謝します!」


 ソーンは喜んでいるが、話はこれじゃないんだ。

 俺が聞きたいこと。それは……

 ルネ、ここからだ。頼むぞ。


「アイヒマンって知ってるだろ? そいつについてだ。あんた奴が魔族だって知ってたか?」

「魔族ですって!? たしかに私はアイヒマンに変異薬を作るよう強要されていましたが…… 彼は人族にしか見えませんでした」

(ほんとなのー)


 ここまではよし……

 それじゃ次だ。


「アイヒマンに薬を打ったことはあるか?」

「いいえ。私は彼を憎んでいました。何度毒を盛ってやろうかと考えていましたが、それは叶いませんでした」

(ほんとなのー)


 つまりアイヒマンに変異薬を打ったのはソーンではない。

 彼の話では変異薬は作ってから一時間以内に投与しなければならないはずだ。

 事実、アリアに抗変異薬を投与するためにラーデに来てもらったのだから。


 では誰がアイヒマンに薬を投与したかだ。

 ソーンはバクーで一番の錬金術師。

 当然一番以外だって存在する。

 他にも錬金術師はいるということ。


「ソーン以外で変異薬を作れる者はいるか?」

「私以外…… 分かりません。アイヒマンに薬を作るよう強要されましたが、その間ずっと私は一人で監禁されていました。

 ですが…… もしかしたら組合が絡んでいるかもしれません」

(ほんとなのー)


 ここまでは白か。ソーンは嘘を言っていない。

 だが他に協力者がいた可能性があることを示唆した。

 組合だと? 深く話を聞いてみることに。


 ソーンの話ではバクーには錬金術師組合というものがあった。

 もちろんソーンも所属していたが、旧態依然のやり方に嫌気がさし、組合を脱退したのだとか。

 それをよく思わなかった組合はソーンに薬の材料を卸さなかったり薬の販売を許さなかったりと陰湿な嫌がらせを受けたそうだ。

 だが錬金術師としての腕は確かな者が多く、バクーでは大きな権力を握っていたと……


「なるほど…… で、その組合の連中は今どうしてるか分かるか?」

「いいえ…… 人族がバクーを支配してからは一度も会ったことはありません。

 ですが…… 噂では聞いたことがあります。なんでも組合事務所から全ての資料を持ち出され、組合員は縛られどこかに連れていかれたとか……」

(ほんとなのー)


 これだろうな…… 恐らくはリァンの指示だろう。

 錬金術はこの世界ではドワーフの専売特許だと聞く。

 薬品の調合は繊細な技術を要する。なんでも砂粒一つの重さの誤差が出るだけで効果を失うらしい。

 調合方法は知っていても、実際に作れるのはドワーフだけということだ。

 大方リァンは錬金術師を捕えソーンとは別に薬品を作らせていたのだろう。


 そしてラーデを落とされた責任と称してアイヒマンは変異薬を投与した。

 あくまで俺の想像だが、概ねこんなところだろうな。

 

「ところで、何故そのような話を?」


 とソーンが聞いてくる。

 

「すまなかった。ソーンを疑ってしまった。まずは謝罪させてくれ。実はな……」


 俺はソーンに全てを話す。

 アイヒマンが魔族であったこと。

 そのアイヒマンが変異薬を投与されたこと。

 そしてソーン以外にも魔女王軍に薬品を提供している錬金術師がいることもだ。


「そうだったのですか…… タケ様は悪くありません。疑われて当然です。事実私が変異薬を作ったことに変わりはありませんから……」


 ソーンは未だ自分のしてしまった事を後悔しているのだろう。

 仕方ないことだ。故意ではないとはいえ、間接的とはいえ、多くの命を奪ってしまったのだから。

 だがそれもここまでだ。


「ソーン。俺はドワーフを自由連合に組み込もうと思う。ドワーフの代表はあんただ。これからは俺達を同じ立場になる。もちろんやってくれるよな?」

「…………!?」


 ものすごく驚かれた。

 まぁ一国の代表として協力してくれって言われたら驚くだろう。

 だがやってもらう!


「近々連合の代表者を集めて会議を行う。それまではゆっくりしててくれ」

「って、ちょっとタケ様!? 私には無理ですって! って、待ってください!」


 さすがにルネが限界だったので席を立つ。


「あー、疲れたな。ルネ、お昼寝しよっか」

「キュー」

「タケ様、待ってくださーい!」


 ふふ、多少強引ではあったがすまんがもう決めたことだ。

 ソーンは有能であり、責任感の強い男だ。

 俺達にとって必要な人物ということさ。

 

 そうだ。先にアリアにだけは伝えておこう。

 ルネを寝かせてからアリアに会いにいくことにした。

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