第121話 バクー侵攻 其の三

「キュー…… キュー……」


 ルネが可愛い寝息を立てている。

 俺はバクー国境付近の自陣に到着。

 ここに現在バクーで怪我を負った仲間が治療のために運ばれてくるのだ。

 俺も可能な限り気功を発動し、仲間を癒したのだが重傷者は何千人もいる。

 

 さすがに疲れてしまったので仮眠を取ることにしたんだ。

 俺は温泉に入って魔力は回復している。

 すぐにでも動けこうと思ったが、ルネが眠そうにしていたからな。

 ルネを寝かせているうちに俺も眠ってしまった。

 

「んー……! よし、そろそろ行くか!」


 ベッドから起きて伸びをする。

 ルネも眠そうに目を擦りながら起きてきた。


(ふぁー、おはようなの……)


 ごめんな、まだ眠いよな。


(大丈夫なの! もう元気いっぱいなの!)


 ルネはベッドから飛び起き、外に出て変化を始める。


 キュゥゥゥゥンッ カッ


 光を発し、ルネはドラゴンに。

 すまん、それじゃ乗せてもらうぞ。


 いつも通りルネの背中に乗る。

 目的地はアシュートの先だ。

 街道をそのまま真っ直ぐ北に進めば砦があるらしい。


 アシュートから先は何が待っているか分からない。

 注意しなくちゃな……


(行くの! 掴まってなの!)


 ドカカッ ドカカッ


 ルネは走りだす。

 夜道の街道を進み、そして日が昇る頃。

 時折、怪我をしている獣人とすれ違うようになる。

 あれ? 獣人だけじゃない。一緒に歩いてるのは……

 ドワーフだ! しかも見覚えがある子がいたような……


 ルネ、ちょっと止まってくれ!


(はいなのー)


 ズシャァッ


 ルネから飛び降り、獣人と一緒にいるドワーフに声をかける!


「おーい! 待ってくれ!」

「ひ、人族!? なんでここに!?」

「大丈夫だ、あの方はタケ様。私達の味方だよ」


 ドワーフは魔女王軍と戦っている反乱軍たる俺達自由連合のことは知っているらしい。

 だがその創設者の一人が人族である俺だということは知らないんだろうな。

 俺を見て恐がるドワーフ達を獣人がなだめてくれる。 

 ようやく落ち着いたところで……


「すまん、君達はどこから来た? アシュートか?」


 と、ドワーフの女性に尋ねてみる。

 すると声を震わせながらも答えてくれた。


「い、いいえ…… アシュートの隣のマハトンの者です……」


 そうか。少しがっかりしてしまう。

 アシュートにはバクーで初めて知り合ったドワーフの少女、チコがいる。

 脱出する前に住人に避難するよう伝えたのだが上手くいっただろうか?


 無事でいて欲しいのだが……


「タケ様、現在アシュートには副長がいるはずです」

「副長? 誰のことだ?」


「ルー様ですよ。タケ様もご存じでしょう?」


 ルーか! 土魔法の使い手でありながら風呂職人であり、愛妻家の熊獣人だ。

 そういえばフゥの傭兵団に所属してたんだっけ。

 その時の役職で呼ばれてるんだな。

 

 ともあれルーが行ってくれてるなら安心だ。

 何気に戦闘力は高い。

 さらに言うなら魔女王軍の主力は現在砦に集中しているらしく、町には少数しかいないとのことだ。


「そうか…… ドワーフの保護、ご苦労だった。そのまま拠点に向かって傷を癒してくれ」

「はい! タケ様もお気を付けて……」


 獣人とドワーフは共に国境付近の陣に向かう。

 頑張れよ。


 俺は彼らを見送り、再びルネに乗って砦を目指すことにした。



◇◆◇



 ドカカッ ドカカッ


 すれ違った獣人達を別れ、そして次第と目に着いてくるのは人族と仲間の死体だ。

 そろそろ戦場が近いということだろう。

 

 景色も変わってくる。

 バクーはそれなりに緑の多い土地だが、ここにきて岩肌が目に着くようになる。

 街道の両端は山となっており、迂回は出来そうにない。


 進軍するならこの道を通るしかないだろう。

 

 くそ、戦い辛いな。

 これでは策は使えない。

 正面からぶつかるしかないだろう。

 砦がある分、敵にとって有利。


 これは苦しい戦いになるな……


(パパ! 見てなの!)


 分かってる。視線の先には多くの獣人がひしめき合っているのだから。

 ここが最後尾か。前線はもっと先なのだろう。

 フゥはどこだ? あいつのことだ。最前線で戦うような真似はしないと思うが……


 俺は獣人に道を開けてもらうよう叫ぶ。


「すまん! 通るぞ! フゥはどこだ!?」

「タケ様!?」

「おーい! タケ様が来たぞ! 道を開けろ!」

「やったぜ! 鬼神が来たんだ! この戦勝ったも同然だ!」

「フゥ様はもっと先にいます!」


 了解! 声援を受けながら先に進むと……


 いた! フゥが剣を振りかざしながら指示を出してる!


「行けー! 左翼に展開! 魔物を囲むのだ!」

「「「おーーー!!」」」


 フゥの指示を受け、獣人が突撃を開始する。

 だが……


『グワォッ!』


 ザクッ グシャッ


 魔物の一撃を喰らった獣人は食い殺され、潰され、真っ二つに斬られる。

 でかい…… 

 相手は十メートル近い体躯を誇るミノタウルスのような魔物だ。

 なるほど、これは苦戦するわけだ。


 しかもただのミノタウルスではない。

 八本の腕、蛇の尻尾、そして頭は三つ。

 しかもその左右の頭からはブレスを吐き、獣人を焼き払っている……

 なるほど、これは合成獣キメラだ。

 こんな魔物見たことが無い。


 まずいな。これでは被害が大きくなるばかりだ。


「フゥ! 一度皆を下げるんだ!」

「タケ! 来てくれたか! だが引けん! あいつだけは殺さねばならんのだ!」


 珍しくフゥが熱くなっている?

 おかしい、仲間想いのフゥがここまで取り乱すとは……


「見ろ! 中央の頭部の上に頭が見えるだろ! アイヒマンだ! あれはアイヒマンなのだ!」


 アイヒマン? あのミノタウルスもどきがか?

 俺はスナイパーライフルを発動し、スコープを覗く。

 合成獣の頭の上に……


 ニタァ


 目が合った。たしかに人の顔がある。

 あの顔は忘れられない。


 ラーデに獣人を集め、そして強制労働を強いた男。

 死んだ仲間の肉を獣人に食わせた男。

 そして魔人に変異薬を投与し、魔物に変えた男の顔があった。


 だがなぜだ? アイヒマンは人族であり、魔物に変異することなど……

 いやまさか……


 俺と目が合ったのに気付いたアイヒマンは動きを止める。

 そして俺達に向かって……


『来たか! 待っていたぞ! お前のせいで…… お前のせいでこうなってしまったんだ! すべてお前が悪いんだ! 返せ! 私の未来を返せ!』


 バォッ


 うわ! ブレスを吐いてきやがった!?

 やばい! このままじゃ直撃する!


 棍を取り出し、全力で振りかぶる!

 棍にありったけのオドを流し込む!


 目の前には火球が迫ってくる……

 

 フォンッ 


 全力で火球に棍を打ち込む!


 バシュッ


 オドを込めた一撃だ。大抵の魔法は相殺することが出来る。

 それにしてもなんて威力だ。

 恐らく大魔法に匹敵する一撃だったな。


「な、何が起きた……?」

「フゥ、下がっていろ。どうやら奴の狙いは俺のようだ」


 だがフゥは俺の言う事を聞かず、前に出ようとする。

 気持ちは分かる。

 アイヒマンは獣人にとって仇とも言える存在だ。

 

 殺したくて仕方のない相手。

 それが目の前にいるんだ。

 熱くなる気持ちは分かる。

 だが……


「頼む。聞いてくれ。これ以上被害は出すべきじゃない。それにこれはチャンスだ。幸い敵は砦に籠っている。相手はアイヒマンだけだ。

 フゥは指揮を取って砦を落としてくれ。その間あのバケモノの相手は俺がする」

「だが……! くそ! ちくしょう! 私は仲間の仇も取れんのか!?」


「フゥ! いい加減にしろ!」

「…………!?」


 一喝するとフゥは黙って俺を見つめる。

 いいから落ち着くんだ。

 戦いに私情は禁物。

 熱くなれば勝てるものも勝てなくなる。


「フゥ、頼む。勝ちたいのであれば指示に従ってくれ……」

「分かった…… タケ、ここは任せるぞ! 全軍、目標を魔物から砦に変更! 我らで砦を落とす! 門を破るのだ!」

「「「おおーーー!!」」」


 フゥの指示を受け、獣人は砦に向かっていく。

 それを狙ってアイヒマン…… いやバケモノがブレスを放つが……


 やらせるかよ。


 フォンッ

 バシュッ


 俺の棍の一振りでブレスは消し飛んだ。


「よう、バケモノ。お前の相手は俺だ。かかって来いよ。ミディアムレアに焼いてやるぜ。硬くて不味そうな肉だがな」

『お、おのれ……! お前さえいなければ私は王になれたのに! コロス! コロシテヤル!!』


 アイヒマンの八本の腕が俺に振り下ろされる。

 いいぜ、かかって来い!

 

 お前を殺してバクーを解放する!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る