第103話 変異 其の一

「おーい! こっちに怪我人がいる!」

「ザック、ザック! 起きてくれ!」

「諦めろ! もう死んでる!」

「ちくしょう…… 何でなんだよ……」


 城塞都市ラーデは混乱に包まれている。

 撃退はしたが、先程魔物が襲来したのだ。


「酷い……」


 アリアはその光景を見て絶句している。

 たしかに多くの獣人が魔物の手にかかり死んでいる。食い殺されたと言ったほうがいいか。

 半分骨になっている者、下半身が無くなっている者、とにかく目を背けたくなる死体が多い。


 歩きながら考える。

 この世界に魔物はいない。これは間違いないことだ。

 サキュバス、ハーピーなどの魔物は今は姿を変え、魔族として生きている。

 魔物というのは魔素を吸って凶暴化した、または巨大化した獣、虫のことを言う。

 だから一見人畜無害な巨大蚕テラビクスも魔物とカテゴライズされる。


 だが何故急にこの世界に存在しない魔物が現れた? そして何故俺達を襲った? 

 分からないことだらけだ。


(パパー。フゥが来たのー。パパのこと待ってるのー)


 そうか、もう着いたのか。俺達ももうすぐ着く。

 

(分かったのー)


 フゥとアリアが待つ集会所兼会議室に到着。中に入るとフゥとルネが椅子に座って待っていた。


「タケ! 無事か!?」

「あぁ。フゥは傷だらけじゃないか。回復する。そのままでいてくれ」


 大きな戦闘があったのだろう。フゥは血まみれであり、自慢の虎耳は半分切れかかっている。

 俺はオドを練ってからフゥに回復の気を流す。


「おぉ…… 痛みが引いていく。助かったよ」

「そうか。では報告を頼む」


 フゥは淡々と被害について話していく。確認出来るだけで死者は三千人。

 だがラーデの全てを見たわけではないので、もっと増えるだろうとのこと。

 現在敵の襲撃に備えて、城壁の上から監視を続けている。


「とまぁこんな感じだ。だが意外だったよ。私達に襲いかかってきたのが人族ではなく魔物だったとは。だがあの魔物はなんだ? 神話かおとぎ話でしか聞いたことがない魔物だったぞ」

「フゥもそう思うよな。アリア、何か知ってるか?」


 アリアは魔族。彼女の祖先は魔物であり、魔族はその恩恵からか、魔物の特性や体の一部を引き継いでいる。

 だが種族としての性格は温厚で、魔族の国コアニヴァニアで平和に暮らしていた。

 つまり人となんら変わりないということなのだ。


「分かりません…… 私だって魔物を見るのは初めてなんです。あ、あれ? 何か変です…… 気持ち悪い……」

 

 どうした? 少し顔色が悪いな。


「大丈夫か?」

「はい…… ごめんなさい。少し横になってきますね。気持ち悪くて……」


 アリアは席を立とうとする。心配だな。俺はアリアに肩を貸す。


「フゥ、俺はアリアを寝かせてくる。すぐに戻る」

「あぁ。アリア、ゆっくり休んでくれ」


 俺達は用意された寝室に向かう。おかしいな。さっき回復したはずなのに。

 精神的なものだろうか? そうだろうな。今回ははっきり言ってしてやられた。

 負けはしてないが、完全に虚を突かれた。今まで勝ち続けてきた俺達にとって、久しぶりのピンチだったんだ。

 

 精神的ショックはあって当然だ。


 部屋に入り、アリアをベッドに寝かせる。

 やはり心配だったのでもう一度気功を発動して癒しの気を流しておいた。


「んふふ、ありがとうございます。少し気分がよくなりました」

「ゆっくり休むんだぞ」


 俺は部屋を出ようとした時……


 ギュッ


 アリアが俺の腕を掴む。どうした?


「ふふ、おやすみのキスを忘れてませんか?」

「しょうがないな……」


 アリアのおでこにキスをする。


「口じゃないんですか?」

「よくなったらしてあげるよ。それじゃお休みな」


 バタンッ


 俺は部屋を出る。そしてフゥが待つ一階の会議室へ。

 戻るとフゥは心配そうにしていた。


「アリアは大丈夫なのか?」

「精神的なものだろ。正直俺もショックでな…… 今回は完全にしてやられたよ」


 フゥと話す中で思い出したことがある。これは恐らくリァンの策だ。

 兵法三十六計、勝戦計の一つ。東声撃西。いわゆる陽動作戦だ。

 俺達の注意を前に向けさせておき、隙を見てラーデに襲撃をかけた。

 

 それに攻撃のタイミングも計っていた可能性もある。

 俺は魔銃レールガンを三十分おきに撃ち続けていた。

 俺の力はある程度魔女王軍に知られているだろう。

 事実レールガンはヴィジマでの戦いで使用した。

 連発出来ないことを今回の戦いで知られ、それを逆手に取って襲撃をかけた可能性もある。


 考え過ぎかもしれない。だが背後にリァンがいることを加味すると……


「なるほどな…… ではタケの力はもう使えないか」

「あぁ。レールガンは魔力の消費が激しい。最低でもまともに動けるようになるまで十分はかかる。空を飛ぶ魔物の機動力を考えると、その十分は命取りだ。

 それにしてもまさか空からの襲撃は考えてなかった。くそ、まんまとしてやられた……」


 だが落ち込んでばかりはいられない。これからどうするか考えねば。

 勝つためには準備がいる。それに俺達は魔物のことは何も知らないのだ。

 俺はかつて訪れた世界でハーピーやサキュバスなどの魔物を相手にしたことはある。

 いやむしろどこの世界にもいたな。人型で知性を持った魔物は珍しい存在ではなかった。

 それがいかにしてこの世界に現れたのかを知る必要がある。


「明日は攻めず、守りに徹する。魔物の襲来に備えておいてくれ」

「分かった。タケはどうするのだ?」


「魔物について調べる。何か分かることがあるかもしれないからな」

「そうか。皆には私が指示を出しておく。それともう一つ。街道の仲間から連絡があった。ラーデと同様に魔物の出没が確認された。だが被害は軽微であり、魔物はすぐに撤退したそうだ。マルカの中央からノルまでは常に風が吹く。魔物といえど、あの強風の中飛び続けるのは無理だったのだろう」


 そうだったな。たしかに俺達もマルカに侵攻した時、飛竜の偵察部隊はノルの町の付近までしか飛べなかったんだ。

 少し安心出来た。守りさえ固めておけば街道、そしてノルの町は守れる。

 注意すべきはここ、ラーデだけだ。


「分かった。報告感謝する。それじゃ今日はここまでだ。俺は休ませてもらうよ。もし夜襲があったら遠慮無く起こしてくれ」

「あぁ。タケも疲れただろう。ゆっくり休んでくれ」


「お前も寝ておけよ。フゥの代わりはいないんだ。ラーデを任せられるのはお前しかいないんだからな」

「ははは、その言葉そっくり返そう。タケはこの国で最も大切な人物ではないか。お前を失っては我らに未来は無い。タケ、これからも共に戦ってくれ」


「途中で投げ出すつもりは無いよ。それじゃお休みな。ルネ、おいで」

「キュー」


 ルネを抱いて二階に寝室に戻る。今日は疲れたな…… もうぶっ倒れそうだよ。

 部屋に着くなりルネが話しかけてくる。


(アリアが心配なのー。一緒に寝ないの?)


 うん、具合が悪い時は一人で寝てた方がいいんだ。すぐに良くなるはずだよ。

 そうだ、ルネにお願いがあるんだ。


(お願い?)


 そう、お願いだ。明日ルネの力を借りたい。ルネのギフトでサイコメトリーってあるだろ。その力を使って魔物を調べてみよう。何か分かるかもしれないからね。


(ちょっと怖いのー)


 大丈夫だよ。俺が一緒にいるから。


(頑張るのー)


 ありがとな。それじゃ寝ようか。


「キュー」


 ルネと一緒にベッドに入る。するとすぐにルネは寝息を立て始めた。

 この子も疲れてたんだな。

 俺はいつも通りルネを抱いて眠る。幼児特有の体温が心地よく、俺もあっという間に眠りに落ちていった。











 ペチペチ


 ん? 俺の頬を叩く者がいる。


(パパ! 起きてなの! 大変なの!)


 ルネ? おしっこか?


(違うの! アリアが苦しんでるの! 感じるの!)


 アリアが? アリアが!? どうしたんだ!


(分からないの! でも助けてって言ってるの!)


 俺はルネを抱え部屋を飛び出す! 何があったんだ!? ルネは泣いている。その様子からも大変なことが起こっていることが伝わってくる。


 バンッ


 ノックもせずアリアの部屋に飛び込む!

 そこには……


「うぅ…… あぁぁぁぁ……」

 

 アリアがベッドの上でうなされている。


 様子がおかしい。


 金色の髪は色が落ちて銀色に変わっていた。


 頭に生えている角が伸びている。


 背中から蝙蝠の羽が生えていた。


 そしてあるはずがない蛇の尻尾が生えている。


「はぁはぁ…… タケオさん助けて……」


 アリアの身に一体何が……?

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