第13話 決闘
見た瞬間、思わず声が出そうだった。ヘルメットを取った瞬間、現れたのはユリウスだった。今にも表に回ろうとしている。彼の額から大量の汗が出ているのは暑さのせいか、それとも恐怖のせいだろうか。
和葉が隣を見ると、既に筒音はいなかった。彼女はユリウスのもとに駆け寄り、胸倉を掴んで押し倒した。彼の顔には混乱と焦りの表情が浮かんでいる。
「何やってんだよ、馬鹿! やっぱりクスリ運んでたのユリウスだったのかよ!」
「お前、なんでここに……」
「幼馴染のためにクスリを運ぶ人の話を聞いて、もしかしたらユリウスさんのことかもしれないと思って来たんです。これって危ないことなんですよね? 早く帰りましょうよ」
和葉は倒れているユリウスの手首を引っ張って、立ち上がらせようとした。筒音も彼から離れ、逆の手首を引っ張った。彼はすぐに立ち上がったが、和葉たちから逃げようとする。しかし自分より年下とはいえ、二人を振りほどくことは容易ではない。
「早く! 帰りましょうよ! ここ危ないですって!」
「それはこっちのセリフだ! お前らだけさっさと帰れ! 頼むから!」
互いに一歩も譲らず、膠着状態が続いた。このままでは埒が明かない。しかしここで引き下がってしまっては、ここに来た意味がない。どうしたものかと考えていると、ユリウスの背後から人の影が近づいてきた。
(まさか、このビルの奴?)
何度も絶体絶命のピンチを乗り越えてきたが、今回こそは駄目ではないかと和葉は思った。しかし彼女の予想に反して、その人物はユリウスを軽く叩いた。周だった。
「あ、周まで? なんで……」
「お前がこそこそしてっから、何やってんのか調べてたんだよ。ここの不良どもが何やってんのか証拠を集めて警察に捜査を依頼しようかと思ってたんだ。まあ、結局証拠が集まる前にお前がこのビルに着いちまったがな」
周がいつも以上に早口でまくし立てた。ユリウスの胸元を片手で掴んで揺らしながら話し続けた。
「ったく、馬鹿な事しやがって。さっさとその違法薬物をそこらへんに置いて逃げるぞ。今ならまだ間に合う。この街から遠く離れたところに行けば、きっと復讐もされない」
「でも、そしたら金はどうなんだよ! せっかくこの組の人間と繋がって、クスリ運べる所まで辿り着いたのに。今更そんなことできるわけないだろ? 三雲が死ぬ前に、手術を受けさせてやりたいんだ。この金が手に入れば、あいつの手術料は支払える。たとえ俺が死んでも、あいつには幸せになってほしいんだ」
ユリウスは両手を握りしめてうつむいた。眉間には青筋が浮かんでいる。
「だからってこんなことしたら、三雲が悲しむだろうが! お前が死んだら、手術受けて元に戻ったって本末転倒だろ!」
「そうだよ! ますますお姉ちゃん落ち込んで、部屋から出てこなくなっちゃうよ」
「とにかく、早く帰りましょう。三雲さんもきっと待ってますよ」
3人でまくし立て、説得を試みた。ユリウスの表情にも少し変化が出始め、あともう一息、と思った瞬間、複数の男たちが金属バットや鉄パイプを持って現れた。
「よお、仲間も一緒だったのか。ご苦労さん。さすが死を覚悟した奴の仕事っぷりはいいな。だが、逃げようとしたのはいただけねえな。悪いが、てめえには死んでもらう」
男たちのリーダー格のような男が、腕を後ろに組みながら近づいてくる。4人はすっかり男たちに囲まれてしまった。
「ま、待て! こいつらは仲間じゃない! 運んだのは俺だけだ。だから、殺すのは俺だけにしてくれないか」
「相変わらずお優しいねえ。その優しさに免じて、殺すのは勘弁してやるよ。ただ、この場所と俺たちのやってることがバレた以上、そのまま帰すわけにはいかねえな。安心しろ、いいところに売ってやるからよ」
どうやら、和葉と周、筒音のことを売ろうと言っているらしかった。どこに売られるのか分からない不安と、そんな物のような扱いを受けるなんてという屈辱から和葉の目尻に涙が浮かんだ。それを目ざとく見つけたのは、先ほど井戸で和葉に拳銃を向けた男だった。
「あいつ、泣きそうですよ! 涙が出やすい体質なんじゃ……」
「ああ、その女には痛い目見せて涙を採取しよう。そこの綺麗な兄ちゃんやガキと違って、こいつはそんなに高く売れそうにもないからな」
(失礼だなこいつ)
和葉はそう思いながらも、不良を非難する余裕はなかった。このままだと皆離れ離れになり、もう会えなくなるかもしれない。そして何より、ユリウスがこのまま殺されるかもしれない。
必死に男たちから逃げる方法を考えるが、4人全員が逃げ切るなんて不可能だと思った。何より、男たちと違って丸腰だ。和葉たちをかばうように立つ周も、男たちの隙を見つけようとしているが、焦りからか額には汗が滲んでいる。
「もう諦めな。大丈夫、痛い目見んのはそこのお下げ髪の女だけだからよ。でも大人しくしてねえと、てめえらにも痛い目見せるからな」
「待ってくれ! この子どもは何も分かってないんだ。この女も、絶対あんたらのことを言いふらしたりしない! だいたい、警察がこんな子どもの言うことを聞くわけがねえだろ!」
「そうだ! この男も絶対に約束を守る。誰にも言わない。だから、今回は見逃してくれないか」
周とユリウスが必死に訴えるが、男たちは下品な笑みを浮かべるだけで、全く聞く耳を持たない。
リーダー格の男が「連れていけ」と命じ、囲んでいた男たちは一斉に和葉たちの腕を掴んで引きずった。和葉と筒音は抵抗したが、全く相手にならない。周とユリウスは何人かの男を殴って倒していたが、10人以上の屈強な男たちと互角に戦うことはできなかった。
4人とも出せる限りの大きい声を出した。しかし周りに全く人がいない。どうせ人がいたところで、さっきのように見てるだけで誰も助けてくれないだろうが。
それでも希望を捨てられず、辺りを見渡した。
「誰か! 来てください! 助けて!」
そう言っても誰も来ない。それどころか男たちがさらに20人以上現れた。
(もう駄目か……死ぬなら日本が良かったな……)
和葉は震えながら深いため息をついた。
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