第11話 不良たち
あっという間にユリウスたちと出会ってから5日が過ぎた。相変わらず三雲は自分から話しかけることはないが、少しだけ笑うようになった。これは大きな進歩である。和葉は三雲の笑った顔が見てみたいと思った。しかし彼女はかたくなに顔を見せない。
声が綺麗だからって、顔も綺麗だとは限らない。彼女は顔に自信がないのではないかと思い始めた。
筒音と水を汲みに行くとき、和葉は三雲の顔を見たことがあるかと聞いた。
「……あるよ。でもそれは随分前だけど。あんたに話せることはない」
そう言うと筒音はバケツを竿に引っ掛けて、よたよたと家の方向に歩き出した。うつむいて歩く彼女の表情は見えない。
一方、周とは長く顔を合わせていなかった。朝早くに仕事に行き、夜遅くに帰ってくるらしい。仕事ばかりだった和葉の父親よりも長く働いている。
さすがに心配になった和葉は、夜の間こっそり起きていることにした。眠気と闘いながら周を待っていたら、彼はすっかり疲れ切った様子で帰ってきた。そして倒れるように2時間ほど寝たあと、すぐにまた出発した。
言い訳をするなら、ほんの少しの好奇心のせいである。和葉は彼の後をつけることにした。付いていきたいと言っても断られることは分かり切っていたため、こっそりと歩いた。
周は活気のある広場を足早に歩き、だんだんと静かな薄暗い小道に入って行った。人が多い広場で尾行するのは容易だったが、小道に入ると難しくなる。人が一人やっと通ることができるほどの狭さだ。
足音を立てないようにすることに気を取られていたら、すっかり周を見失ってしまった。焦って周りを見渡すと、見慣れない土地に着いてしまっていることに気づいた。顔面蒼白で立ちすくんでいると、後ろから声がかかった。
「相変わらず後先考えず行動するなあ、お前は。つけてきてることなんてもうとっくの前に分かってんだよ。家はまっすぐ行ったらほら、小道に入る前にプレハブがあっただろ。そこを左に曲がってパンの屋台を右。そのまま行ったら広場に出るから、そこまで行ったら分かるだろ? ほら、さっさと帰んな。俺急いでんだ」
「すみませんでした。でも、これだけ教えてください。周さんはどこに行くんですか? さすがに働きすぎなんじゃ……」
「余計なお世話だ。いいからさっさと帰れ。最近ここらは治安が悪いんだ。前にも言ったろ。警察に捕まってた不良たちが出所したって。薬物を流通させたり人を誘拐したり、とにかく危険だって言われてる。痛い目に遭いたくなかったら、さっさと帰れ」
周に凄まじい剣幕でそう言われ、和葉はしぶしぶ帰った。もうすっかり朝日は昇ってしまっている。言われた通りに帰っていると、途中にあるパンの屋台で筒音と会った。事の顛末を話すと、ケラケラと笑いつつ、少し不安げな顔をした。
「あんた、馬鹿だなあ。でも、確かにちょっと心配だよね。周ちゃん、何の仕事してるんだろ……休学する前は貴族の家庭教師してたみたいだけど、ここら辺だったらそんな仕事ないしなあ。鉄くず拾いの割には夜遅いし……ユリウスも最近帰ってこないし、どうしちゃったんだろ」
確かにユリウスは長い期間帰宅していなかった。最後に会ったときしばらく留守にするとは言っていたが、それにしても長い。さすがに筒音も痺れを切らしてきているようだ。
二人でどうしたものかと考えながら歩いていると、ガラの悪い男が3人、ゴテゴテと美しい彫刻が施された井戸の淵に腰かけているのが見えた。
「なんで冷蔵庫はあるのに水道はないの?」と筒音に聞いたことがあるが、「冷蔵庫は食べ物を保存できるから絶対必要でしょ? 安いし皆持ってるよ。『スイドー』が何なのかなんて噂にしか聞いたことないけど、そんなの『コーキュージュータクガイ』って場所にしかないって、ユリウスが言ってた。あたしにはこの井戸があるし、別に『スイドー』なんていらない」と答えた。
近隣に住む住人にとって、その井戸は生活必需品である。しかし今は人相の悪い男たちのせいで井戸に近寄ることができず、皆遠巻きに見ている。和葉は、さっき周が言っていた「最近出所した不良」が彼らのことではないかと疑った。
できるだけ近づかないようにしよう。今日の水は諦めよう。そう思っていたとき、筒音が井戸に近づき、男たちに詰め寄った。
「ちょっと、そこあたしたちが使うんだから。どいてくれる? そんなところに座られたら邪魔なんだけど」
和葉は血の気が引いた。3人の男は眉間に皺を寄せながら立ち上がり、筒音を見下ろした。和葉は3人に囲まれた筒音の腕を引っ張って、彼女を男たちから遠ざけた。そのまま一緒に逃げようとしたが、筒音は動かず男を睨みつけている。
「なんだよ嬢ちゃん、随分威勢がいいな。なに、俺らのお仲間になりたいのかな? でもちょっと子どもすぎるなあ」
男の一人がそういうと、他の二人はゲラゲラと笑った。下品な笑い声に和葉や筒音だけでなく、周囲で成り行きを見ている人々も顔をしかめている。
「あんたらの仲間なんてまっぴら御免だよ。意地汚いゴミムシが。そんなのになるくらいなら、死んだ方がマシだね」
筒音は薄笑いを浮かべながら彼らに言った。その瞬間、男の拳が筒音の頬に振り落とされた。仁王立ちしていた筒音は、一瞬にして地面に叩きつけられた。和葉は悲鳴を上げ、咄嗟に筒音に覆いかぶさった。
「こんな小さい子に、手を上げるなんて最低! 警察呼びますよ!」
和葉は勇気を振り絞って男たちに叫んだ。彼らは相変わらずにやにやと笑いながら和葉と筒音を見ている。
「何言ってんだ。警察がこんなとこに来るわけねえだろ。ここは無法地帯なんだからよお。俺たちがルールなわけ。そもそも、死んだ方がマシだって言ったの嬢ちゃんの方だぜ? 俺は願いを叶えてやっただけだ。さあ、姉ちゃんどきな。それとも、あんたも一緒に死ぬか? 俺は優しいから、楽に死なせてやるよ」
そう言うと、またゲラゲラと笑いだした。助けを求めるように辺りを見渡しても、誰とも目が合わない。
そうしている内に、黙って筒音を抱きしめている和葉に向かって拳銃が突き付けられた。「不良」とはいえ、拳銃を持っているとは思わなかった。男の指が僅かに動く。
万事休すか、和葉はもはや涙も出ずにガタガタと震えながら銃声を待った。しかし待っていた衝撃は来ない。
「おい、ここで騒ぎ起こしてどうすんだ。今日例のブツが来るから、慎重に行動しろって言われただろ」
男の一人が拳銃を掴んで止めた。拳銃を持っている男は不服そうに、それを下ろした。
「そうだったな。でも本当に来るのかあ? 最近は皆クスリ運びたがらないって言ってただろ。覆面警察官かもしれないから、念のため運んだ奴はその場で殺す。使い捨ての駒扱いだろ。そりゃ運びたがらねえはずだ」
「いいや、今回は本当に来るらしい。なんでも、どうしても早く金が欲しいんだってよ。馬鹿だよなあ。愛する幼馴染のためだってえ! 泣けるねえ」
男たちは泣きまねをしながら、その場から去って行った。和葉たちのことは最後にとどめで蹴り飛ばしたが、殺されなかったことに安堵した。それと同時に、彼らの命に対する軽薄さに怯えた。
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