第225話 親父...

 突然誰もいない練兵場に呼び出された俺。


「親父なんだよ話って...」


 俺の問いにはさっきから一切話してくれない親父。

 ただただ練兵場の鍵を開けて俺に木剣を渡してきました。


「ローシュ、何も言わずにかかってこい...」


 その言葉を聞いてなんとなくわかりました。


(はは〜ん...、ようやく俺に剣を教える気になったんだな...)


 そう思うと嬉しくなって剣を取ります。


「親父...行くぜ!」


「来い...!」


 木剣の打ち合う音が練兵場に響き渡る...。

 懐かしい...、よく親父にこうやって鍛錬してもらったっけな...。

 親父も本気を出していないのか、まだまだ俺の体力は余裕です。


「そろそろ本気で行くぜぇ!!」


 体が温まってきたので本番が始まり、俺と親父は全力で打ち合いました。

 さすが俺に剣を教えてくれた師匠だけの事はあるのですが、どう言う事でしょうか?。


「おい...親父...!、本気で打ってくれよ!!」


 なぜか本気で打って来てくれない彼を見て怒りが募る俺。

 こんなんじゃ鍛錬にならない...、俺が親父の木剣を弾いたことにより勝負がついてしまいました。

 この結果に満足できない俺は問い詰めます。


「おい...、本気でやってくれよ...」


 思わず親を睨んでしまう俺でしたが、彼は涼しい顔で俺を見てきました。


「ローシュ...、今のが私の全力だ」


「はぁ?、あんたがその程度な訳ないだろうが!、冗談はよしてくれ」


「冗談ではない、お前はもう剣の腕前では私をも超えているのだ」


「...何言ってんだ親父...」


 意味がわからない。

 剣の腕前が俺の方が上?、冗談もほどほどにしてくれ...。


「あんたが俺より下手な訳ないだろうが!、さあ!もう一本だ!」


「よかろう...、私は全力で行くが、お前は認めないだろうな...」


 何度も打ち合う...。

 勝ち、勝ち、勝ち、勝ち、勝ち、勝ち、勝ち、勝ち、勝ち、勝ち、勝ち、勝ち、勝ち、勝ち、勝ち。

 何度も...、何度やっても...!。

 勝ち、勝ち、勝ち、勝ち、勝ち、勝ち、勝ち、勝ち、勝ち、勝ち、勝ち、勝ち、勝ち、勝ち、勝ち...。


「嘘だろ...」


 憧れの男に何度やっても勝ててしまう現実...。

 圧倒的だった...、強かった...、憧れていた...。

 そんな男に勝ててしまう自分がそこにはいたのです。


「ふうっ...、ようやく落ち着いたか?」


「親父...これはいったい...」


「これは全て事実だ、お前はもう等の昔に私の実力など超えてしまっているのだ」


「でも親父は聖人で...」


「そう聖人だ...、だがなローシュ、聖人と言えど剣の腕前までは上がらないのだよ、あくまで聖人とは女神クティルの祝福を受けた者の事を指すだけなのだ...」


 父さんは聖人の事を話してくれた。


「女神クティルの祝福を受けたものは人知を超えた魔力量を保有する事ができるが、この際に肉体そのものは強化されないのだ、肉体そのものは人間の時のままということになる、と言う事は剣の技量などは据え置きのままで魔力量だけ膨大になってしまうのだよ」


 それを聞いた時に俺が憧れを抱いていたのは“聖人ローシュ”であり、“剣士ローシュ”ではなかったと言うことに気がついてしまった...。

 残念そうな表情の俺を見て彼はこうも呟いた。


「すまないローシュ...、私にはお前をこれ以上育ててやる事が出来ない...、力のない父を許してくれ」


 なぜ父さんが俺に剣を教える事をやめたのか...、これではっきりした。

 教えなかったのではない...、これ以上教えてあげる事がなくなったのだと...。

 真実を彼の口から告げるのには相当な勇気がいっただろう...。

 息子に自分の力の無さを打ち解けると言うのは相当な覚悟がいる行動であると俺にも分かる。

 でも、それを打ち明けてくれた事により、胸の中にあったモヤモヤは無くなっていた。


「親父...、ありがとう」


「ローシュ?」


「いや、なんていうかさ...、親父が本当の事言ってくれたおかげで、胸の中にあるモヤがなくなったような気がするんだ、そっか...、親父から教わる事はもうないのか...、だったら次は自分なりに強くなる方法を考えて見るよ!」


 後ろを向いていても前には進めないし、自分が聖人に選ばれなかった事を今更嘆いても仕方ない...。

 ならば、俺には俺のやり方を模索して聖人を超えるだけだ!。


「ローシュ...!」


 その時の彼の表情は今まで感じた事がない程に、俺の心を晴れ晴れとした気分にさせてくれた。


「大丈夫さ...、俺は聖人じゃないけど、負けん気だけなら誰にも負けないからな!」


 俺のその言葉を聞いた彼は少しだけ笑うと、練兵場を後にするのだった...。

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