第219話 氷聖

「ちょっと言いすぎたかしら...」


 私はカリンに言いすぎたと思っている。

 でも、あれくらい言わないとまた妹に魔法を教えてくれとせがむと思えたから釘を刺したのだ。

 それがどれだけ妹を苦しめているか知りもせず、無邪気な笑顔で「教えてお母さん」と言うのだろう。

 普通ならいい親子関係のはずなのに、そこに“賢聖としての責務”が入ってくると一気に話がややこしくなってしまう現実...。


「...、エルカ...、あなたやっぱり聖人に向いてないわよ...」


 姉だから分かる。

 エルカという女は聖人としての義務よりも母親としての愛を取る人物であると断言できるのだ。

 これは彼女との長い時を費やして得た絆のようなものだろう。

 だからこそ私が聖人としての選ばれれば良かったのにと今でも思わずにはいられない。

 はあっとため息をこぼした瞬間だった。


「プラム、久しぶりだな...」


 聞き覚えのある声を聞いてとっさに振り向く私。


「ジスカ...!」


 私の言葉を聞いた彼は苦笑する。


「おいおい、妹よその言い方はないんじゃないか?、仮にも聖人となった兄に向かってな...」


 彼の名前はジスカ。

 私の兄で“氷聖”の名を冠する聖人だ。

 プラム同じく、白い髪に青い瞳、服装は賢者のローブを身に纏っていた。

 私はいけ好かない兄の態度を見て機嫌を悪くする。


「あなたのその態度、聖人とは程遠いと思うのだけど、ああ違ったのかしら?」


「減らず口は相変わらずだな、それよりも魔女の封印をしたエルカ様はどちらに?」


「今あの子はぐ〜ぐ〜眠ってるわよ、魔女の封印にはかなり魔力を消耗するの」


「それはそれは...、お会いするのはまた今度にした方が良さそうだな」


 奇妙な雰囲気に私は息苦しくなる。

 こいつは生まれた時から自分の事を特別な何かなのだと勘違いしているサイコ野郎だ。

 一応同じ師の元でエルカと一緒に修行していた身である。

 一応言っておくと、私とエルカは実の姉妹ではない。

 師匠が同じだった為、彼女は私のことを姉弟子だと敬い「姉さん」と敬称で呼んでくれているのである。

 目の前の彼は私にとって血の繋がりのある実の兄だと言い張る奇妙な男に他ならない。

 確かに見た目の特徴こそ似ているものの、肝心の証拠がないのだ。

 それなのに直感と言う理由だけで私の事を妹だと言い張る変態である。

 彼と話していると本当に疲れてくるので紅茶のポットを魔法で取り出し楽しもうとすると...。


「兄にも一杯くれないか?」


「...自分で出せば?」


 私がそう言うと、彼はフッと笑いこう呟く。


「いや、妹が普段飲んでいる紅茶の質がどれほどの物か知りたくなってね、それとも兄に飲ませるのには値しない質の悪い紅茶なのかな?」


 ふふんと笑う彼を見ているとちょっとした怒りを覚えてしまう私。


「あ〜はい!はい!、入れればいいんでしょ、入れれば!」


 私は乱暴に彼の前に紅茶を差し出しました。


「ご苦労」


 スッと手を伸ばし優雅に紅茶を飲む兄。

 その姿を見ていると思わず舌打ちをせずには入られません。


(なんでこんな奴が女神クティルに聖人として選ばれたのかしら?、私の方がこんな奴よりもよっぽど聖人として向いていると思うのだけど...)


 これだけは私の中で納得の行かない出来事です。

 なぜこんな変態を聖人として女神様が選んだのか理由も意図も全く不明なのでした。


「うん、美味い!、さすが氷の女王プラム、我が妹が嗜むに相応しい味の紅茶だ」


「それ、インスタントの紅茶よ」


「えっ...」


 突如カップを皿の上に置き苦虫を潰した様な顔をする兄。

 さっきまで自信満々に「美味い!」とほざいていたのが今更恥ずかしくなったのか突然立ち上がり赤面しながらこう言いました。


「失礼する!」


(はっ!、バカ兄が!、絶対に兄貴といってやるもんですか!!)


 そう、私が彼のことを兄ということは絶対にないのです。

 例え私の師匠の頼みでも、絶対にあんな奴の事を兄と呼ぶなんて御免ですね。


(女神様...、なんであんな馬鹿に聖人の血を与え、私には与えて下さらなかったのですか?)


 私はある意味で女神を呪っている。

 私を純血の選択者として選ばなかったどころか、エルカという最もそれに合わない少女を選んだことに対し、憤怒しか感じないのだ。

 彼女は人という生き物に対して優しすぎる。

 それ自体はとても素晴らしい事なのだが、いずれきたるであろう“選択の時”に彼女が最良の道を選ぶことができるとは到底思えないのだ。


(エルカ...、私はあなたの姉として切に願う)


「私はあなたの姉なのだから、もっと頼ってほしい...」


 確かに私は聖人ではないし、まして彼女の選択に口を出せるような立場にすらいない。

 言ってしまえば蚊帳の外なのだ。

 でもあの子は、私の力をもう一度必要としてくれる...、はずだった...。

 あの時の私に何か隠している表情がいまだに忘れられそうにありません...。


「なんであなたは...、いつもお姉ちゃんを真の意味で頼ってくれないの?、私ってそんなに頼りない?」


 少女はただ独り言の様に呟く。

 自分以外に誰もいない無数の本がある世界で、ただ1人感傷に浸る姿のみが残った...。

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