第48話 魔女の力

「ふふっ。さあさあ、行きなさい。1の炎、2の水、3の雷」

 キベリアがニヤニヤとした笑みを浮かべ、言葉を口ずさむ。するとキベリアの言葉に反応したように、キベリアの周囲から炎で出来た蛇、水で出来た蛇、雷で出来た蛇が突如として出現し、3人に襲い掛かった。

「――第1式札から第3式札、我らを守る光の盾と化す」

 キベリアの攻撃に風音は3つの式札を使用して、光の盾を光司とアカツキ、そして自分の前に展開した。全身に攻撃性を持った大蛇たちは正面から光の盾へと激突した。

「あら残念。ならこれはどう? 1の炎、3の雷、合一し炎雷えんらいの雨へ変化する。2の水、5の毒、合一し毒水の悪魔へと変化する」

 キベリアの「力ある言葉」によって、その現象が臨界する。すなわち頭上から雷を纏った炎が降り注ぎ、紫色の水で姿を形作った悪魔のようなものが地面から湧き出した。

「これはまずいね・・・・・!」

「くっ・・・・・・!」

 アカツキと光司が、この攻撃にどう対応したらいいかほんの一瞬悩んでいる間にも、炎雷の雨は自分たちに降り注ごうとしていた。

「第1式札から第3式札移動。第4式札から第8式札、光の矢と化す。第9式札から第10式札、光の羽衣と化し、2人に加護を」

 風音が全ての式札を使用する。1から3番の式札はまだ光の盾へと姿を変えており、それがスライドして3人の頭上へと移動した。そして5つの式札から光線が放たれ、紫色の水の悪魔へと着水した。悪魔は光線の熱量で蒸発した。

「その羽衣は自身が受ける攻撃を1度だけ無効にしてくれます。後衛は私が務めるわ」

 アカツキと光司に柔らかな光の羽衣が纏われた。風音が2人に説明を行うと、2人は感謝の言葉を口にした。

「いや本当に何から何までありがとう、『巫女』。さっすが日本最強の光導姫!」

「ありがとう、近接は僕たちに任せてくれ!」

 アカツキと光司は宙に浮いているキベリアに向かって駆け出した。

 2人に追従する形で頭上の光の盾も移動する。そのため炎雷の雨は2人には当たらなかった。

「いくよ。――風の旅人りょにん

 アカツキの周囲に風が渦巻く。これを使うと明日には筋肉痛が確定するが甘いことは言ってられない。いま相手にしていのは最上位の闇人だ。

「しっ――!」

 アカツキのスピードが跳ね上がる。アカツキは一息でキベリアとの距離を詰め、ジャンプして正面から斬りかかった。

「怖いわね。――4の氷」

 だが、キベリアは全く慌てずにそう言葉を紡いだ。アカツキの壮麗な剣がキベリアの肉体に触れようとした時、突然剣とキベリアの肉体の間の空間が凍った。

 ガキィィン! とアカツキの剣は宙に出現した氷に受け止められた。

「ちっ・・・・・!」

「心臓に悪いわ。傷がついたらどうしてくるの?」

「余裕かよ・・・・・・・! ババアァ!」

 涼しげに嫌味な笑みを浮かべるキベリアに、暁理は苛立ったようにそう言った。フェリートとほど昔からではないが、キベリアもまた遥か昔からその存在が確認されている闇人だ。

 そのためいくら見た目が若くても、人間から見ればキベリアは相当な年齢ということになる(ただ闇人に年齢という概念はあまりない)。

「あ? あなた死刑ね」

「それは無理だね。僕はまだ死ねない!」

「――はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」

 暁理が地上に落ちると同時に、光司が裂帛のかけ声と共に剣を振り上げた。暁理と同じく、守護者の身体能力をフルに使ったジャンプで、キベリアのいる高度までやって来たのだ。

「うざったいわね・・・・・・・・!」

 キベリアが面倒くさそうに顔を歪め、箒を動かして光司の一撃を回避した。キベリアのように宙に留まる手段のない光司は、すぐさま重力に引かれ地上へと戻っていくが、射線が開けたことによって後ろに控えていた風音が式札から光線を発射した。

「第4式札から第8式札、光の矢と化す」

 5つの光線が式札から放たれ、それぞれの軌道を描きキベリアへと殺到する。その光線は1条1条が強力な浄化の力を宿したものだ。

「9の闇、光を飲み込む暗穴と変化する」

 それをくらってはいけないと分かっていたキベリアは、右手を前方に突きだした。するとキベリアの右手を基点として闇の穴が出現した。風音の放った5つの光線は全てその穴へと吸い込まれ、消えてしまった。

「・・・・・・・・はあ。あなたやっぱり面倒ね。というか、少し私の力と似てるし・・・・・・・・」

「褒め言葉として受け取っておきます。ですが、あなたと似ているというのは御免被りたいですね」

「全く、揃いも揃って生意気ね・・・・・!」

 苛立ったように風音を見つめたキベリアは、集中するように大きく息を吐いた。

「・・・・・・・・あなた達程度にあまり力は使いたくなかったけど、仕方ないわよね。だって殺したくなっちゃったし」

 キベリアが赤い髪を揺らし、凍えるような笑みを浮かべた。その笑みには隠すことのない残忍さが見て取れる。

「まずはあなたね」

「おいおい僕かよ。さっきのババア発言でヘイト集めちゃったかな? ねえ、オバさん?」

「正解よ。まだまだガキ如きの小娘には大人げないけど、さっさと死んでちょうだい」

 キベリアが表情筋だけで笑いながら、右手を突き出した。その向きは暁理に向けられている。

「我は魔なる法を行使せし者。魔女の名を以って第10の力を解放す」

 キベリアの詠唱と同時にキベリアの右手を中心に幾何学模様の魔法陣が展開していく。

「・・・・・・なんかヤバそうだなぁ。まあでも、どんな攻撃も当たらなきゃいいだけだしね。オバさん、僕の姿が捉えられるかい?」

 暁理は強気にそう言ってみせると、超速的な速度で以ってその場から姿を消した。

 周囲の木々に時折影が見えた。おそらく木々を蹴って超高速で移動しているのだろう。

「なるほど、たしかにその理論は正しいわね」

 キベリアは右手を前方に構えたまま、魔法陣を展開し続ける。何ぶんこの力は集中することを余儀なくされるため、今からこの力をキャンセルすることは出来ないのだ。

 だが、元々キベリアはこの力をキャンセルするつもりはなかった。なぜなら、もうあの光導姫の死は確定したようなものだからだ。

(いや、場合によっては全員勝手に死ぬかしらね)

 頭にある絵を描きながら、キベリアは内心くすりと笑う。

「まだだっ! まだ僕は――!」

 光司が再び跳躍しキベリアに剣を突き立てようとしてくる。光司が動いた事により、風音も周囲を高速で移動していた暁理もそれと同時に仕掛けた。

「第1式札から第3式札形態解除。よって第1式札から第8式札、光の矢を放つ!」

 風音が光の盾を解除して、8条の光線を放物線を描くように、キベリアへと放った。

 そして――

「風の旅人――剣技、風撃の一!」

 暁理はキベリアの背後から、奇襲をかけた。浄化の風が暁理の剣に渦巻く。暁理はキベリアの背中に斬りかかった。

 前方に光司の剣。後方から暁理の浄化技。そして周囲からは自分を囲うように迫る風音の8条の光線。もはやキベリアに逃げ場はなかった。

 だがこの絵こそ、キベリアが思い浮かべていたものだった。

「はい、私の勝ち。――10の空間、座標交換へと変化する」

 キベリアは視線を自分から遠く離れた風音に向ける。キベリアの言葉を受け、魔法陣が一際強く輝くと、1つの変化が訪れた。

「え――?」

 なんと、キベリアが今までいた場所に、風音が突如として移動していたのだ。

 なんの前触れもなく、キベリアの箒に座っていた風音。呆けたように、自分がいたであろう場所を見てみると、そこにはキベリアがただずんでいた。

(何が――? 入れ替わって――?)

 あまりの事態に風音の理解が追いつかない。自分とキベリアの位置が入れ替わってる。風音に分かったのはそれだけだった。

「なっ!?」

「えっ!?」

 光司と暁理も心底驚いたようにその目を見開く。2人とも一瞬攻撃をやめなければと考えたが、もう時は既に遅かった。光司の剣はあと数瞬間で風音へと突き刺さる。暁理の剣も風音に触れようとしている。

 そして極め付けは風音が放っていた8条の光線。それらが全て自分めがけて襲ってくる。

(式札を、だめ間に合わない・・・・・!)

「さあ、全員死になさい」

 地上からその光景を見ていたキベリアが、さも面白そうにそう呟いた。真ん中のあの巫女服の光導姫はまず間違いなく死ぬだろうし、上手くいけば残りの2人も光線に触れて死ぬかもしれない。キベリアの言葉にはそんな悪意が込められていた。

 だが、この場合3人が死ぬということはない。なぜなら、光司と暁理には光の羽衣があり、1度だけ自身の受ける攻撃をなかったことにできる。もし、死ぬとすれば風音1人だ。しかし、『巫女』の損失はソレイユたちに重大な損害をもたらす。

 ゆえに、どう転んでもこの戦いはキベリアの勝利ということになる。

 ただし、だが。

「・・・・・・・・・」

 漆黒の影が奔った。

 その影は今にも死に触れそうな風音を超速のスピードで右手に抱えると、左手を空中へと伸ばした。

「鎖よ、絡め取れ」

 影の短い文言により、その虚空から2条の闇色の鎖が出現した。鎖は風音がいなくなったことで、同士討ちになりかけていた光司と暁理に絡みつくと、2人を適当な方向へと投げ飛ばした。

「「っ!?」」

 2人は何が起こったのかは分からなかったが、投げ飛ばされた方向の木を蹴ると、地上へと着地した。

 そして影も風音を抱えたまま、地上へと着地する。上空では8条の光線が一箇所に集中し輝き、収束していった。

「あ・・・・・あなたは」

「ちっ・・・・・・・」

 風音はその人物を知っていた。自分を抱えるこの黒衣の男とは、前回会ったことがある。

 その人物――スプリガンは1つ舌打ちをすると、その金色の瞳を風音へと向けた。

「・・・・・・・存外、大したことないもんだな『巫女』ってやつも」










「・・・・・・・・・へぇ。あれが・・・・・・・」

 キベリアからしてみれば、謎の第3者の介入により、殺せたはずの光導姫を殺せなかったという面白くない事態が起きたが、当のキベリアはさして気分を害したような雰囲気ではなかった。

(黒衣に金色の瞳、それにさっきの力・・・・・・・・うん、間違いないわね。あいつが、レイゼロール様の仰っていた『スプリガン』)

 キベリアが好奇に満ちた目で、光導姫を抱えたスプリガンを観察する。スプリガンはその視線に気がついたのか、その金の瞳をキベリアへと向けてきた。

「ふふっ、初めましてスプリガン。あなたのことはレイゼロール様から兼ね兼ね聞いておりますわ。私はキベリア。どうぞお見知りおきを」

 芝居がかったような感じで、キベリアが優雅に一礼する。だが、スプリガンはその一礼を無視して、抱えている風音へと言葉を放った。

「・・・・・・・・さっさと降りてくれ。重いんだよ、お前」

「なっ・・・・・・・!?」

 スプリガンの言葉を受けた風音は、こんな時だというのにその顔を紅潮させる。

(な、私が重・・・・・・・・いやそんなはずないわ! 私は毎日健康的な食事をしているし! この人、なんてデリカシーのない人なの!?)

 恥ずかしさと怒りが込み上げてくる。風音は「あ、ありがとうございますっ! ですが私は重くありませんッ!」と言うと、スプリガンの腕から地上へと降りた。

「スプリガン・・・・・・!」

「・・・・・・君に逢うのは2度目だね。とりあえず、礼は言っとくよ。ありがと、あのままだとかなりまずいことになってた」

 光司が強い眼光をスプリガンに向ける。様々な感情が渦巻くその目は普段の光司とはどこか違った。どうやら、スプリガンに助けられた事がお気に召さなかったようだ。

 そんな光司とは反対にもう1人のフードの光導姫は素直に感謝の言葉を口にした。顔は変わらずフードで見えないが、エメラルドグリーンのフードで、この光導姫が何度か見たことのある人物だとわかる。

(ん? こいつの声、なんか聞いたことあるぞ・・・・・)

 そう言えば、この光導姫の声を聞いたのは初めての気がするが、初めて聞いた気がしない。

 影人がその声をどこで聞いたか思い出そうとしていると、キベリアが再び影人に話しかけて来た。

「無視は流石にひどくはありません? 私の目的はあなただというのに」

「「「!?」」」

「・・・・・・・いらない人気だな」

 キベリアの目的を聞いた3人は、驚いたような表情をしているが、影人からしてみれば大して驚く事でもなかった。

(目障りな俺を消すためだな。俺が目的ってことは、この戦い自体が俺を誘い出すためのものだったってことか・・・・・・・・)

 自分の噂がどのように広がっているのかは正確に把握していないが、自分が出現する状況は限られている。すなわち、戦いの場だ。

(運の良い奴だ・・・・・・・・)

 ソレイユから一応の保険として、戦いを観察することをお願いされた影人だが、あのままでは最悪の事態になるであろう事が予測できたので、この場に姿を現したというわけだ。普段の影人は、大体が陽華と明夜絡みの場にしか姿を現さないため、キベリアはラッキーだと言えるだろう。

「さてさて、目標の人物も釣れたことだし・・・・・・後は――」

 キベリアが両の手を広げる。そして厳かにある言葉を唱えた。

「9の闇、10の空間、合一し虚数空間へと変化する。対象は、我とスプリガンとする」

 キベリアの右手に闇が、左手に歪みが現れ、キベリアはその2つを合わせた。すると、キベリアの両手を中心に漆黒の闇が広がった。闇は際限なく広がり、やがては世界の全てを覆った。

 その世界の中、キベリアとスプリガンだけが向かい合って存在していた。

「っ!? これは・・・・・・」

「驚いてくれたかしら? ここは、私が作り出した。一応、私の魔道の1つの集大成なのだけれど、それはあなたには関係ないわよね。ああ後、この空間は私が承認した者以外は決して入ってこれないし、この空間がどこにあるかも知覚は出来ないようになってるの。どうすごいでしょ? ん? その顔は疑問を感じている顔ね。あ、もしかして矛盾してると思っている? 存在しないはずの空間が存在してるってことに。その疑問は正しいわ。私はこの虚数空間を世界の裏側と仮定して擬似的空間を作り上げたのだけれど――」

(長い・・・・・・・)

 影人が思わずそう感じてしまうほど、キベリアの話は長かった。今もペラペラと影人には理解できない話を続けている。これほど話の長い敵は初めてだ。

「・・・・・・・・別にどうでもいい。さっさと俺をここから出してくれ」

「ここからが面白いところなのに・・・・・・残念ながら、それは無理ね。私、レイゼロール様からあなたの首をもってくるように言われてるから」

「・・・・・・どいつもこいつも面倒だな」

 軽い殺人宣言にため息を吐く。最近殺人宣告には慣れて来たが(慣れてはダメな気がするが、人間は慣れる動物だ。仕方がない)この前、心臓を貫かれた影人からしてみれば、シャレにならない。

「・・・・・・さっさとお前をぶっ飛ばして帰らせてもらうぜ」

「強気ね。私もさっさと終わらせたいから早くその首ちょうだいね?」

 存在しないはずの空間で、魔女と怪人の戦いの幕が上がる。

 

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