第40話 あえての結果

「レイゼロール様、どうか私めに許可を頂きたく存じます」

 世界のどこか。辺りが暗闇に包まれた場所。フェリートは石の玉座に座る主人に向かって平伏の姿勢を取っていた。

「・・・・・・・・・・スプリガンへのリベンジか」

 自分にひれ伏すフェリートにレイゼロールは無表情にそう答えた。

「はい。このままでは終われないという私のくだらない感情もないとは言い切れません。何百年経とうとまだ若輩の身です。しかし、それ以上に許せないのは、彼の者がレイゼロール様に傷を負わせたことです」

 声に怒りの感情を乗せて、フェリートは顔を上げた。スプリガンから受けた傷を修復するために弱体化していた力も、もう完全に戻った。なれば、自分の為すべき行動は1つだ。

「・・・・・・・・・・・いいだろう、と言ってやりたいがダメだ。許可は与えられん」

 だが、レイゼロールの裁定はフェリートの意志とは相容れなかった。

「っ・・・・・・・・・・なぜですか、主よ」

「シェルディアが奴を個人的興味から追っている。今はそれで十分だ。それに、スプリガンはあまりに未知数に過ぎる」

 レイゼロールは無意識に右手を腹部に当てた。その部位はレイゼロールがスプリガンからダメージを受けた箇所であった。

「あの時の奴の力が何なのかはわからんが、結果だけを見るなら奴は我を撤退させた。・・・・・・・・まだ時ではないのだ、フェリート。今は怒りを鎮めろ」

「・・・・・・・・・・・わかり、ました。それがレイゼロール様の意向なら私はそれに従います」

 フェリートはポーカーフェイスでそう言って頭を下げた。そして、立ち上がり暗闇へと消えていく。

「フェリート、お前の忠心は我に届いている。だから、早まるなよ」

「もちろんでございます。では・・・・・・・失礼いたします」

 振り返りニコリと完璧な笑顔を浮かべると、レイゼロールの執事である青年の姿をした闇人は、暗闇へと完全に姿を消した。

「・・・・・・・・・・・・・厄介なことになるかもしれんな」

 フェリートのあまりに完璧な笑顔を見たレイゼロールはポツリとそう呟いた。

(シェルディアがスプリガンと相対し、気まぐれから奴を生かせば、我も対応を考えねばならないか)

それ以外にも、レイゼロールがいずれ目障りな存在になると考えている新人の光導姫2人は結局まだ消せていない。レイゼロールの計画は今のところ、スプリガンに邪魔され続けている。

(いずれを召集せねばならんか・・・・・・・・・)

 フェリートとシェルディアを抜いた8の最高戦力のことを考えながら、レイゼロールは静かに石の玉座でこれからのことを思考した。









『影人。いま提督を闇奴の元へと送りました。あなたの提案した方法で提督の真意を確かめます。急ですみませんが、支度をしてください』

 その時は影人がソレイユと話し合った日から3日ほどしてやって来た。つまり影人がスプリガンとして『提督』の前に現れるという時だ。

「・・・・・・・・・了解だ」

 自分の部屋で静かに本を読んでいた影人は、本に栞を挟むと鞄の中に入れてあったペンデュラムを取り出し、私服のポケットへと突っ込んだ。

「いいぜ、送ってくれ」

『分かりました。・・・・・・影人、一応言わせていただきます。ご武運を』

「おうよ」

 自分の部屋に鍵を掛けたことを確認し、影人の体は次第に光に包まれていった。







「どこだここ・・・・・・・・・・? 東京か?」

 まず影人の視界に映ったのは、辺り一面の田園だった。夜のため、月の光が水の張り始めた田んぼに優しく降り注いでいる。

「まあ、どうでもいいな・・・・・・」

 場所はどうでもいい。今日の自分の目的に場所は関係ないのだから。それよりもと、影人はこの静かな世界に響く物騒な音の方に意識を向けた。

 バン、バンとおそらく何かの発射音らしきものが聞こえてくる。自分からそんなに遠くない場所が、その音の音源だ。

 見ずともその音が聞こえてくる場所に、目的の光導姫がいることはすぐにわかった。

(物騒な音出しやがる・・・・・・・・)

「――変身チェンジ

 自身もを出したから、光導姫『提督』の得物がなんなのかを悟った影人は、そんなことを思いながらその言葉を口にした。

 ペンデュラムの黒い宝石が、真っ黒な輝きを放つ。そして影人の服装が変わると、そこにはスプリガンと呼ばれる人物がいた。

「・・・・・・・・・・行くか」

 スプリガンは闇奴と光導姫『提督』が戦っているであろう場所へと向かった。





「――終わりだカニェッツ

 提督の浄化の力を宿した銃弾が、虎のような闇奴の体を貫く。闇奴は悲鳴を上げると、地に伏せた。そして光が闇奴を包むと、闇奴の姿は年若い少女へと姿を変えた。

 提督が少女を介抱しようと歩み寄る。だが、突如として自分の後ろに何者かの気配が生じたことを提督は察知した。

「っ・・・・・・・!」

 光導姫ランキング3位『提督』からしてみれば、それは不覚以外のなにものでもなかった。命の危険がある光導姫からすれば、そのような油断が命を失うことに繋がる。提督――アイティレ・フィルガラルガはそのことをよく知っていた。

 そしてアイティレのその第六感と呼べる感覚は正常なものだった。

 振り返ると、一本道の――自分からおよそ15メートルほどの距離だろうか――ど真ん中に闇と同化するような黒い外套を纏った人物がいた。

 その人物は猫のように闇に映える金色の瞳を自分に向けていた。

「貴様は・・・・・・・・・」

 特徴的な金色の瞳に、黒い外套。鍔の長い帽子を目深に被る、その怪しげな人物はアイティレがソレイユから受け取った手紙に書かれていた、と符号が一致する。

「・・・・・・・・・・・・お前が『提督』か」

「・・・・・・・・ほう、我が名を知っているか。――そういう貴様はスプリガン・・・・・だな?」

 アイティレが自分の後ろで倒れている少女を庇うように、スプリガンと対峙する。できれば闇奴化していたこの少女をどこか安全な場所に運んでやりたいが、それは無理であった。

 アイティレが闇奴と戦っていたこの場所は、周囲が田園しかない場所だ。アスファルトで舗装された道はスプリガンと自分の立つこの一本道のみ。左右はもう田園だ。ゆえにアイティレに出来るのは、少女の前に立ち塞がることだけだった。

「・・・・・・・・ああ、そうだ」

「・・・・・・・・・・・そうか、では1つ問おう。何の目的があって私の前に現れた?」

 アイティレが警戒するように両の手の拳銃を構える。赤い目を黒衣の怪人に向けながら、提督はスプリガンの言葉を待つ。

「・・・・・・・・・お前に語る理由はない。ただ、そうだな・・・・・・・真意を確かめるためとだけ言っておこう」

「真意だと・・・・・・・・・?」

 スプリガンの言っている言葉は意味不明であった。それもそうだ、そもそも主語が抜けているので、いったい何の真意を確かめに来たのかアイティレには分からない。

 アイティレが鋭い目でスプリガンを見つめる中、スプリガンは突如としてアイティレに背を向けた。

「な・・・・・・・!?」

 アイティレはスプリガンの行動に驚いた。スプリガンはなぜ自分の前に現れたのか、結局わからないまま、そのまま姿を消そうとしている。

(っ・・・・・・逃がしてなるものか!)

 アイティレが日本にやって来た真の目的は、スプリガンと接触し、その身柄を拘束もしくはスプリガンという存在を抹消するためだ。まさか日本に来て、こんなに早くスプリガンと出会うことが出来ると思っていなかったが、このチャンスを逃してはならない。

「・・・・・・・・・・・」

 アイティレは無言で右手の拳銃をスプリガンの背に向けた。そして何のためらいもなくその引き金を引いた。

 バンと音がした時には、銃弾はスプリガンの無防備な背へと向かっていた。

「――ふっ!」

 だが、スプリガンは超速的な反応で提督の放った銃弾を

「っ!?」

 アイティレが目を見開いている間に、銃弾はぽちゃんと音をたてて田んぼへと落ちていった。

「・・・・・・・・・存外卑怯な奴だな」

「卑怯? 悪を滅するのに卑怯などといったものはない」

 アイティレは驚きから立ち直ると、スプリガンにそんな風に言葉を返した。確かに銃弾を蹴るなどといった、離れ業には驚かせられたがそれだけだ。

 自分が悪を前に撤退する理由などにはかけらもならない。

「――スプリガン、闇の力を扱う者。『提督』の名を以て、貴様を拘束、または滅する」

 そして『提督』の宣誓により、今まさに熾烈な闘いが幕を開けようとしていた。








(ちっ、ソレイユの懸念の方が当たってたか・・・・・・・・・!)

 提督の不敵な宣誓を聞いた影人は、自分の認識の甘かったことを痛感した。

 先ほどの背を向けた行為は、提督の行動を確認するためのものだったので、咄嗟に反応できたが、あれは銃弾が単発だったから出来たことだ。次はできないだろう。

(まあ、いい。切り替えるさ。そっちがその気なら乗ってやるよ)

 影人は内心ニヤリと笑みを浮かべる。そうだ。これでいい。自分が正体不明、目的不明の怪人を貫くなら、光導姫とも適度に戦った方が自分の正体は気づかれない。ソレイユはあまりいい顔はしないだろうが、自分としてはそれくらいしたほうが性に合っていた。

(得物はやっぱり拳銃か。しかも双銃・・・・・・・・ならこっちもそれで行くか)

 影人は脳内にある映画のシーンを思い浮かべると、言葉を紡いだ。

「闇よ、双銃と化せ」

 イメージを具現化する言葉により、影人の両手に闇で拵えられた拳銃が姿を現す。スプリガンはそれを『提督』と同じポーズで構えた。

 そしてそれはスプリガンからの挑発であった。

「・・・・・・・・・貴様」

「どうした提督。せっかくお前に。さっさとかかってこい」

「いいだろう・・・・・・・・・後悔させてやるッ!」

 提督は少し感情的な声でそう言うと、両手の銃から弾丸を発射した。そして光導姫の身体能力ですぐさま距離を詰めてくる。

「やってみろよ・・・・・・・・」

 影人は煽るように、提督の放った銃弾を自分の拳銃の弾丸で弾いた。人間からしてみれば信じられない神業だが、スプリガンの動体視力と身体能力があればこの程度のことなら容易い。

 提督は至近距離まで近づいてくると、右手の銃をスプリガンの顔に向け引き金を引いた。

 影人はそれを首を動かして最小限の動きで避けると、左の水平に構えた銃で提督の足に向けて発砲した。

 提督はそれを最低限のステップで回避。そして素早い回し蹴りを影人の左側面へ叩き込もうとしてきた。

 おそらく影人の拳銃をたたき落とそうとしての事だろうが、影人は左の腕に力を込めてそれを受け止めた。

 だが、当然『提督』の行動はそれでは終わらない。提督は蹴りを受け止められたまま、左の拳銃を突き出すようにそのまま発砲した。

(っ・・・・・・・容赦のない)

 なんとか提督の行動に反応した体で、発砲と同時に右手で提督の左手を弾く。そのため、提督の放った銃弾は影人の髪を掠めて、空へと向かった。

「今のをいなすか」

 涼しい顔で余裕を見せつけるかのように言葉を発した提督に、影人はソレイユが、「戦闘能力だけなら光導姫最強クラス」といっていた意味の片鱗を感じていた。

(確かにこいつはやるな。・・・・・・・そもそもの戦闘技術っていうのか? とにかく戦いがうまい)

 そんなことを思っている間も、影人は提督の蹴りや銃撃を受け止め、いなし、あるいは躱していた。

(・・・・・・・・仕方ない、手加減はなしだ)

 スゥと目を細め、意識を少し冷たくさせる。ここからは、自分も積極的に攻撃しよう。なに、光導姫の肉体ならば死にはしないだろう。

 影人は提督の右の肘打ちを避けると、意趣返しとばかりに右腕による肘打ちを行った。

「ふん・・・・・・・・」

 提督はそれを腕を交差して受け止めた。そして、攻撃に移ろうとした時にはもう遅かった。

 影人は左の拳銃を提督が攻撃を受け止めている隙に、提督の左の腿へとあてがっていた。

「!?」

 油断はしていなかった。もちろん左の攻撃も警戒していた。だが、それよりもスプリガンの行動が物理的に

(悪く思うなよ)

 影人は心の中でそう詫びると、引き金を引いた。

 ズドンッ! という音と共に、提督のズボン越しから闇色の銃弾が放たれた。

「ぐっ・・・・・・・・・!?」

 激痛が走る。提督が一瞬の痛みで隙を見せた瞬間に、影人は前蹴りを提督の腹部へと打ち込んでいた。

「がっ・・・・・・」

 提督はそのまま吹き飛ばされ、地面へと伏せた。

 わざわざ田んぼへと蹴り込まなかったのは、提督の白い軍服のような服装が汚れるだろうからという、せめてもの情けだ。

「・・・・・・・・・」

 影人は冷徹に地に伏せる提督を見下した。光導姫にとって銃で撃ち抜かれることがどれほどのダメージかは分からないが、今の反応はかなりダメージとなったはずだ。

「やってくれる・・・・・・・・!」

 提督は素早く立ち上がると、その赤い瞳で影人のことを睨み付けてくる。

 そして影人は気がついた。いま自分が打ち抜いたはずの箇所から、提督がことに。

(っ・・・・・どういうことだ?)

 提督のズボンは白色だ。血が出ているならすぐにわかる。まさか、光導姫は今の銃撃でダメージを受けないとでもいうのか。

(いや・・・・・・・・違う。あれは氷か?)

 よくよく見てみると、影人が撃った箇所に薄い氷が張っていた。そして、その中で血が凍っている。

(どういうカラクリだ? 奴は双銃を主体とした光導姫じゃないのか・・・・・・?)

 実際、提督と戦うことを想定していなかった影人は、ソレイユから事前に提督の情報を聞いていなかったことを少し後悔した。

「――どうやら、貴様には全力を出さねばならんようだ。光栄に思え、悪しき者よ」

 その時、影人は確かに見た。提督の周囲に水色のオーラが渦巻いているのを。

(なんだ? 寒い・・・・・・・・っ、何かまずい!)

 周囲の温度が劇的に下がってきている。そして提督の様子からただならぬものを感じた影人は、反射的に両手の拳銃を提督に向けた。

 スプリガンと提督の戦いが第2ラウンドに入ろうとしたその時、第三者はやって来た。


 提督とスプリガンの間の道に、闇色のナイフが1本突き刺さり、空から声が振ってきた。


「――随分と楽しそうですね。よければ、私も混ぜてはいただけませんか?」

「「!?」」

 易々とアスファルトの地面に突き刺さるナイフを放った主を確認するため、提督とスプリガンは声のする方向――上空を見上げた。

 月を背景に1人の青年が浮かんでいる。髪を綺麗に撫でつけた怜悧な顔に、特徴的な単眼鏡モノクル。燕尾服のような服に身を包んだその姿は、まさに執事のようだ。

「お前は・・・・・・」

「貴様は・・・・・!」

 そしてその青年を、いやその闇人をスプリガンと提督は知っていた。

「「何の用だ」」

 奇しくもスプリガンと提督の声が重なる。しかし、2人とも今はそんなことを気にしてはいなかった。

「「フェリート・・・・・・・・!」」

「ですから申したではありませんか。私も混ぜていただきたいとね」

 そういって笑みを浮かべたのは、最上位の闇人の1人、フェリートだった。

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