第20話「銀髪の王子様」
20話「銀髪の王子様」
依央と斎から逃げてしまった次の日。
自分の斎への気持ちに気づいた日、夕映は全く仕事に集中力出来なくなってきた。
考えてしまうのは彼の事ばかり。数ページやっと訳し終えたと思って読み直すと、誤字が目立ち、理解不能の文章が出来上がっており、今日は仕事が出来る日ではないと夕映は諦めた。
こうやって自分のペースで仕事が出来るフリーの仕事でよかったと思い、夕映はコーヒーを入れてリビングのソファに座った。
はぁーとため息をついたあと、一口コーヒーの飲む。普段はミルクを入れるが今日はブラックコーヒーにした。酸味と苦味が体を巡り、スッキリするのを感じた。
頭がすっきりした所で、夕映は自分の気持ちを整理することにした。
考えたのは、過去の斎との出来事や感情。
どんな事をして、どんな風に彼を思っていたのか、思い出すことにしたのだ。
そうすれば自分の気持ちも、斎の考えも少しはわかるのではないかと思ったのだ。
「きっと昨日の夢のように、初恋は彼だったのよね。………小学生の頃はパーティーでよく会うようになったのよね。」
そう思い出しながら、目を瞑った。
斎との甘くて幸せで、そして苦く切ない過去を夕映は思い出す事にした。
☆☆☆
小学生の頃はパーティーのたびに二人で抜け出しては、朗読会や英語の勉強会、そして好きな本を教えたあった。
けれど、中学生以上になるとそれは難しくなった。斎の周りにはいつも年頃の女の子たちが集まっていたのだ。斎は不機嫌そうにしながらも、仕事や九条家の役割として、そこから離れることも出来なく、パーティーで会っても挨拶程度の関係になった。九条家は誰もが知っている大企業で、夕映のうちとは比べ物にならないのだ。
学校も違う二人の接点ないと思われた。
けれど、彼と会うことが出来る機会が年に数回あった。
それは部活のテニスの試合だった。
パーティーでどこかの御令嬢が「九条斎様はテニスをやられているそうよ。」という話を耳にしており、夕映も真似をしてテニス部に入部したのだ。
予想通り斎もテニス部に入っていた。しかも、1年からレギュラーに選ばれて試合でも活躍していたのだ。
その試合を見るのが、中学の頃の唯一の楽しみだった。
夕映は女子校に入っていたため男子の試合の日は休み。そのため、こっそり斎の試合を見に行ってたのだ。
3年間は斎とはほとんど話せず、夕映が一方的に応援しているだけだった。けれど、1度だけ斎と話した機会があったのだ。
それは斎が県大会で個人戦優勝を果たした後だった。夕映は、試合の余韻に浸っているうちに、会場からは人がほとんどいなくなってしまう時間までボーッとコートを見つめていた。
彼のテニスプレイは激しいながらも繊細で、とても綺麗だった。周りの女生徒たちもうっとりとした眼差しで見つめているのがわかった。そんな姿を見れて、夕映は「かっこいいな。」と改めて憧れの人だと思っていた。
夕暮れで赤く染まった試合会場の出口付近を一人で歩いていた時だった。
「おいっ!夕映!………夕映なんだろ?」
「え………。」
自分を呼ぶ懐かしい声が聞こえた。
それは、ずっと聞きたくて、話がしたかった人の声だった。
声がした後方へ振り返ると、そこに白のジャージ姿の斎が駆け寄ってくる所だった。
先程まで試合をしていたというのに全く疲れた様子もなく、颯爽とこちらに向かって走ってきていた。
「斎………。」
「やっぱり夕映だったな。久しぶりだな。」
「うん………。小学生のパーティー以来だね。」
久しぶりという事もあり、お互いに少しだけぎくしゃくした挨拶を交わした。
夕映はずっと話したくて仕方がなかった彼が目の前にいるのに、なかなか顔も見ることが出来なかった。
「おまえ、変わってないな。」
「そう、かな。これでも身長は高い方だよ?」
「それは俺を見てから言え。」
「え…………。」
そう言われて、気恥ずかしさもありながらもゆっくりと彼に視線を向ける。
彼はとても大人っぽい顔つきになって、そして男らしさが増していた。切れ長の目はとても色っぽく、そして、すこし長くなった髪がとてもよく似合っていた。銀色の髪は、夕日の赤色に染まりながら赤く光っていた。
惚れ惚れとしながら、彼を見ているうちに自分が彼を見上げていることに気づいた。
数年前までは、あまり身長は変わらなかったはずだ。
「すごい………大きくなったね。」
「気づくの遅すぎだ。」
「だって、まさか斎と話せると思ってなかったか、驚いちゃって。私がテニスやってるの話してなかったし……。」
「何回か会場で見たぞ。それにおまえだって入賞してるだろ。」
「え…………。」
斎が自分を見てくれていた事に夕映は驚いた。中学からテニスを始めたばかりの夕映だったが、合っていたのか試合に出ると入賞することが多く、今回の試合では個人戦で3位にまで上がることが出来たのだ。
それを彼が見ていてくれた。それだけでも、夕映は幸せだった。
「斎は優勝だもね。おめでとう。」
「県大会で優勝は当たり前だ。」
「そうだね。試合、いつも見てたけど、本当にどんどん強くなっていくね。」
「見てたなら声掛ければよかっただろ。」
「え……?」
「気づいてたなら声ぐらいかけろ。」
少し怒ったようにそう言う彼は、子どもの頃を思い出すような表情だった。それが懐かしくて、夕映は思わず微笑んでしまった。
「斎はいつも女の子に囲まれてるから、話し掛けられないよ。」
「なんだよ、それ。あ、車来たな。」
「あ……。」
斎の視線の先には黒塗りの高級車が止まっていた。
そして、運転席からスーツを来た小柄の中年男性が出て来て、斎が来るのを待っていた。
その車を見つめながら、夕映は「もう夢の時間はおしまいなのだ。」と、ガッカリしてしまった。やっと数年ぶりに斎と話すことが、出来たのに。まだ、好きな本の話しもしてないのに。
彼はもう帰ってしまうのだ。
そう思うと、寂しさがこみ上げてきた。
夕映の寂しさが表情に出てしまっていたのかもしれない。斎は、苦笑しながら夕映の頭をポンポンと撫でのだ。
「そんな顔すんな。……家まで送る。」
「えっ。」
「まだ話してないだろ。本の事とか、翻訳の事とか。聞かせてくれないのか?」
「………聞いてほしい!話したい!」
「じゃあ、決まりな。」
そういうと、斎は車に乗るように促した。使用人には「水無月家の夕映さんだ。」と伝えてくれた。
夕映は思ってもいない展開に驚きながらも、嬉しさから顔がニヤけてしまいそうだった。
まだ斎と話が出来る。
そして、2人で過ごす時間がまだある。
それだけで幸せだった。
彼とこんなにも近くで会えるのは数年ぶりなのだ。初恋でもあり、今でも憧れている目の前の彼は、夕映にとって王子様のようだった。
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