34.男の正体

「以上が、この部屋の中で行われた会話です」

 男は、色把とカナエの会話の経緯いきさつを話し終えた。



「……」

 哭士はその場から動く事はできなかった。

「彼女は、貴方の生命を救う為に、黒古志家の巫女になる事を選びました。ですが、黒古志 カナエ、……あの方が言っていることは全くの出鱈目なのです」

 男はゆるゆると頭を横に振る。

「……何だと?」

 男は、振り返り、再度色把がいるという堂を指した。



「黒古志カナエが彼女に話したことは、彼女を早池峰家に戻らせぬように仕向け、本家に留まらせるためのものに過ぎません。彼女は、巫女ではなく、【神】に献上する生贄なのです。貴方の制約を解除するというのも、嘘です。 ……ですが、彼女はそれを信じて、今あの社の中で、閉じ込められています。夜明けと共に、【神】の元に運ばれ、彼女は命を落とす……。放ってなど、おけないでしょう。彼女が必要としているのは、貴方なのです」

 月明かりに男の顔が照らされた。その顔は悲壮に溢れていた。金色の右目に視線が向く。男の目が、色把を救えと訴えている。

「一体……お前は何者だ」

 目の前の見覚えの無い人物。何故自分に突破口を与えるのだろう。





「黙っていて、申し訳ありませんでした。私の名は、早池峰……。早池峰 友禅」

 哭士は目を見開く。この男が、自分の――兄。

「お話をするのは、ここまでです。後は貴方の意志にお任せします」

「待て!」

 呼び止めたが遅かった。友禅は一瞬にして哭士の目の前から消えていた。

 哭士の視力ですら、友禅の動きを捉えることは出来なかった。

「……」

 呆然と立ち尽くす哭士に、友禅の声が耳に届く。




「……安らぎを求める事は、決して悪い事ではありません……勿論、貴方にとっても」




 彼の言葉は、哭士の胸に大きく突き刺さった。自分でもまだ分からない、だが突きあがってくる本能的な衝動に、今は身を預ける事にした。

 奥歯を強く噛みしめると、哭士は屋根の上から大きく飛び上がった。



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