17.先輩と文化祭の準備2
休み明け。学校全体で文化祭の準備が始まった。
授業が終わると全生徒が文化祭準備モードになり、そこかしこから賑やかな作業音が聞こえてくる。
それは俺達、郷土史研究部も例外では無い。
「納谷君。資料類は入り口でいいのね。あら、昔の市の地図なんてここにあったのね」
「ええ、これはそっちの壁に貼ります。あとはこの前の写真を印刷してありますから。それをパネルに貼りましょう」
通い慣れた部室の様相は、俺と二上先輩の手によって大きく変えられていた。
壁一面の収納はカーテンで隠され。前に机が並べられる。
そこに部の所有する書籍や写真、地図などを展示していく。
放課後の時間いっぱいを使って、部活伝統の展示は完成した。
「こんなもんですかね」
自分でやっておいて何だが、かなり寂しい。
目を引くのは壁に貼られた地図くらいで、後は地味な古文書や建物の写真だけだ。それも机の上に並べただけ。
もっとこうやりようはあるのだと思う。とはいえ、予算もセンスも俺にはない。
「納谷君。率直に言って、地味すぎると思うわ」
室内を一通り眺めた上で、先輩は正直な感想を口にした。
「ここ何年かはこんな感じです。人も部費も経験もないですから」
俺も先輩も今年入部。何をどうすればいいというアイデアもない。
「納谷君さえ良ければ、私がレイアウトを考えたいんだけど。さっき見たら、資料とかまだ結構あるみたいで勿体ないじゃ無い」
「え、先輩そういうの得意なんですか?」
「得意じゃないけど。東京にいる時はよく美術館とか博物館に通ってたから。真似事くらいはできると思う」
それは頼もしい。先輩の芸術的センスは未知数だけど、俺よりは信頼できそうだ。
「本番まで時間もありますし。いいと思いますけど、問題が……。お金がないので資材もありません」
凝った展示をするならそれなりの物品が必要になるだろう。
しかし、我が部には金が無い。
「んー。それは何とかなると思うわよ。ほら、今は文化祭だから」
「はい?」
意味のわからない言葉に俺が怪訝な顔をすると、先輩は自信たっぷりに答えた。
「資材も人も学校から調達すればいいのよ。できる限りね」
○○○
それからの一週間。郷土史研究部は普段の活動が嘘のように働いた。
というか、二上先輩は俺の想像以上に凄い人だった。
「納谷くーん。美術部から使わない有孔ボードもらってきたわよー。これも使っちゃいましょう」
「わ、先輩自分で持って来たんですか。手伝うから言ってくださいよ」
前が見えなくなるくらい大きなボードを持って現れた先輩を見て、作業をやめて慌てて受け取りに行く。
二上先輩は顔が広く、交渉上手だった。元々校内では有名だし、人間関係は広く浅く。
それを活かして知り合いのところに顔を出しては使えそうな資材をちょっとずつ貰ってくれた。
更に、展示物を作るセンスも良かった。
角材の切れ端や布の切れ端といった俺から見たらゴミ一歩手前のものでも、先輩の指示通りに組み立てたり敷いたりすると、ちょっとしたものになる。
しかも、場合によっては誰かに頼んで工作までしてあったりもした。
壁全部にカーテンを下ろし、机を並べただけだった寂しい展示の部室は様変わりしていた。 カーテンは一部取り払われ。棚を整理して大きめの資料置き場に。
室内は机の上に展示された写真や資料が年代順に並んでいる。机上には貰った資材で色ごとに分けるなど、上手い具合にディスプレイをしていて、それなりの見た目だ。
部室には入り口と出口の順路が出来て、出入りするだけで街の歴史を軽く見渡せるようになっている。
「うん。こんなものかしら。どう、部長さん。悪くないでしょ?」
文化祭の前日。一通り完成した展示を見渡すと、先輩が楽しそうに笑いかけてきた。
「こんなちゃんとしたものになるとは思いませんでした。先輩、見直しましたよ」
「……それって、前まで私のことを見くびってたってことよね」
いや、これがなければ部室で読書したりゲームしてるだけの人でしたし。
「資料を調べたり色々大変でしたけど、満足感は高いです」
「ええ、私もよ。楽しかった……」
この一週間の準備は楽しかった。それは俺と先輩の共通の認識だ。
作業の傍ら、部室の中からよく知らない物が出てくれば調べ、場合によっては地元の施設に電話したりもした。この前の取材とは違い、二人でちゃんとやった。
「なんだか準備で終わった気になっちゃいそうだけど。本番は明日からだからね。お客様にちゃんと説明もできないと」
「ああ、そうだ。展示物が増えたから大変ですよね」
「そう大変よ。だから、練習しましょう」
そう言って、先輩は俺の手に折り曲げられた用紙を一枚渡してきた。
「練習ですか?」
珍しいものじゃない。来客者用にと作ったパンフレットだ。内容は俺が考え、先輩がレイアウトをしてパソコンで作成した。
「部長さん。最初のお客様として私に説明してね」
毎日の作業で少し乱れた髪の先輩はニコニコしながらそう言った。
「じゃあ、次は先輩の番ですよ。二人ともちゃんと説明できないと」
外はすっかり暗くなっているが、校内はまだまだ準備で騒がしい。
遠くから聞こえる学園祭の音を背景に俺達は最後の仕事にとりかかるのだった。
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