祭のない町

 私の住んでいた楠風町には祭りがない。


 夏祭りや盆踊りはもちろん、正月の地域行事や屋台が出るような催し物は全くない。そもそも一般的に祭りを開催する立場の寺社仏閣や自治体が存在しないのはもっとおかしいと子供ながらに思っていた。


 だから幼い頃から「なんでお祭りないの?」と親に何度も聞いていたが、言葉を濁すだけで教えてくれなかった。

 理由は知らないまま、けれど祭りの様な楽しいイベントへの興味が下がって気づけば他県の大学生になっていた。



 ある時学内の友達と夏祭りの話をしていたら、ふいに昔の記憶が蘇って地元の謎について調べたくなった。

祭りがないのは、やはりこの歳になって考えてもおかしい。そんな話は他に聞いたことがない。


 私はまず大学の図書館で、私の故郷・楠風町について書かれた史料がないか探した。しかし、他県であるためかデータベースで検索しても結果は0件だった。

 試しに大学の歴史学や民俗学に詳しい教授何人かに尋ねてみたが、知らない分からないと門前払いを食らった。


 埒が明かないと、私は夏休みに楠風町まで2年振りに帰ることにした。




 電車を乗り継ぎ、地元の最寄り駅に着いた。ここからバスに乗れば1時間足らずで町に着く。


 私はかつて何度も利用したバス停まで歩いた。




 そこに広がっていたのは、錆びたポールと破れた時刻表、ひび割れから雑草が生い茂るバスの停留所だった。



 てっきり場所を間違えたと思った。久しぶりの帰郷だから、記憶があやふやなんだろうと。

 スマホの地図アプリで場所を入力すると、指し示すピンは私の現在地と完全に一致した。


 眉間に皺がより頬が引き攣る。心臓の位置がズレたと錯覚するくらい脈動が顔に近く感じた。



 気持ちが急いて、町まで走った。



 長らく動かしていなかった体に真夏の長距離走は地獄の拷問と同等だったか、既に脳裏は不安の液体で満ちていた。今は走るしか無かった。





――何度も休憩を挟んで3時間。視界も汗で滲んで口の中は血の味がする。たどり着いたのは見知った住宅街と質素な造りの実家……ではなく、どこまでも果てなく続く深い草原だった。



 実家のあった辺りには一本の巨木が生えていた。



 それは立派な楠で半球状に枝葉を伸ばして、何百年とこの地を守ってきた存在だった。

 その根元には幾重にも朽ちゆく水子の亡骸が積もっていた。




 私は、私達はずっと夢を見ていた。



 果てない夢。

 人に産まれて生きたかったという、叶わぬ夢。



 楠の力で泡沫の生を貰い受け、神も仏も祀られない虚構の世界でずっと暮らしていた。皆の思いを1つにして代表者としてこの20年を生きてきた。


 それも、もう終わる。




 骨の一欠片を拾い上げ、私達は眠りから目覚めようとしていた。


 目覚めた時には全てを忘れ、再び輪廻の輪に組み込まれてしまうのだろう。


 スマホの使い方や昨日食べたパスタの味、創りものの家族や友人の顔も名前も、風に攫われるようにかなたに消えてしまった。




 次こそは、天寿を全うしたい。


 その思いを最後、心に感じて私は全ての感覚を失った。


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