歩きスマホ

「--最近どうよ? 仕事の方は」

『ん〜……ぶっちゃけ微妙。取引先の景気が悪いからなぁ、うちも完全に煽りを受けてるわ』


 休日に学生時代からの友人に近況を伺おうと電話した。大手の自動車系企業で若くして管理職をしている彼は一つのことをとことん突き詰める性格で集中すると周りが見えなくなる代わりに昔から作業が得意だった。勉強もスポーツもできる皆の憧れの存在だった。


『お前はどうなんだよ、今も小説書いてんの?』

 友人は外出中のようで人の声や車の音が背後に、遠くから電車の音も聞こえる。

「うん書いてるよ。全然売れない作家だけどね」


 優れた友人に対して俺は卒業してからずっと小説を書いている。数年で本を出せるようになって嬉しいが、まぁ収入は彼に遠く及ばない。食費を切り詰める月もあるし家賃も5万位のとこに住んでいる。


『でもそうやって夢を叶えただけでもすげぇよ。俺とか他のやつはとっくに諦めて仕方なく仕事やってるからさ』

 歩きながら話す彼。背後の音も移り変わっていく。

「……まあな。何とか生活もできてるし不満はないけど――」

 やっぱり当時の友人たちの話を聞くと、もっと安定した道が良かったに決まっていると今でもたまに思う。経済的自由か精神的自由どちらをとったか、という話だ。


 ともかく今もこうしてお互いに元気にやっていることが何よりだ。


『そうだ、近いうちまた飲みにでも行こうぜ。俺は……次の、次の週末なら空いてる』

「こっちはいつでも大丈夫。そっちに合わせるわ」

『サンキュー。じゃあ店はまたかッ、ン、ぁ……!!!』

「!?おい、おいどうした!? 大丈夫か!!?」


 スマホの小さなスピーカーからショベルカーが鉄くずを押しつぶしたような音が耳をつんざいた。

 友人に何かあったのか、俺の心臓が跳ね上がった。


 しばらく無音が続いたが、友人の声がノイズ混じりで聞こえてきた。


『……ザザ……いっ、てぇ…ザ…わり……っと…ザザじこに……あった、ザザ……』


 聞き取りにくいが、友人とは会話ができる。

「おいまじで大丈夫か?! 怪我は!?」

『ちょ……ザ…あ…ま、がザザ……うでも…ザザー』


 本人以上にスマホの方がダメージを受けていそうだ。電波の問題以上に本体そのものが損傷しているのだろう。

 やがて一切音声が聞こえなくなった。



 大丈夫だろうか、今すぐ彼の元に行きたいが場所も分からないし、後で再び連絡が取れるようになったら入院先でも訪ねよう。






 俺の視界の中で周りの人達が救急車を呼ぼうとしたり叫んでいたりでまさに阿鼻叫喚になっていた。


「……いってぇ。悪ぃちょっと事故にあったわ」

『お…ザ…ザじで…じょぶ……ザザ…けが、わ……』

 親友は、多分心配する言葉をかけてくれているがノイズが酷くて聞き取るのが難しい。


「ちょっと、頭を打ったっぽい。あと腕も、ていうか全身痛い」

『……ザザー』

 途中から向こうの音声がかき消されてしまった。スマホの画面を見るとカバーも画面も半壊していた。


 あーあー、まだ買って1年も経ってないのに、また新しいやつ買わなきゃ。



 それよりも、だんだん視野が狭まって、黒くなって、ねむく、なって……






――救急車が到着したのは事故から約10分後。

 その時には現場はざわめく野次馬で溢れかえっていて、盛んにスマホがその中心に向けられていた。


 救急隊員が半ば強引に人混みをかき分け、轢かれた人に辿り着いた。




 被害者の男性は踏切のある線路で走行中の電車に轢かれていた。その時の衝撃で身体は大きく吹き飛ばされ、胴体は事故現場から50m以上離れていた。頭と右手首は車輪で轢断され、線路脇に転がっていた。右手には衝突で破損したスマホが握られたままだった。



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