あてなき小船
私が10歳、小学4年生だった時。
お盆休みに両親と一緒に、母の実家へ訪れた。
そこは海沿いの穏やかな町で、漁業を中心とした水産業が盛んだった。
祖父も元々は漁師をしていて、カツオを採っていたらしい。家は庭付きの大きな平屋建てだ。
家は道を挟んで目の前が浜辺と海原。漁港は少し離れた場所にある。
毎年のようにここに家族で行くのは、子供にとっては少し退屈でもあった。
何せ町には遊べる場所が全然ないからだ。
当然祖父母の家にもおもちゃ屋ゲームは無い。強いていえばお小遣いがもらえることくらいが楽しみだ。
そりゃ本当は海に遊びに行きたかった。
でもそれを言うと必ず
「危ないから行っちゃダメ!」
と両親、特に祖父母から注意されていた。
小4の私にはそれがひどく理不尽な縛りに思えて、大きくなったのに未だに子供扱いされているのが不満で仕方なかった。
3日目の朝、両親は買い物に行った。
私は一人でも大丈夫だと言い張って、家に残った。
祖父母も在宅していたが2人とも居間でテレビを見ていた。
その隙に、私は1人で家を抜け出した。
――1人で来た海は、両親と言った時よりも広く綺麗で素晴らしかった。
波打ち際の砂浜を歩いて貝殻を探した。
下ばかり向いていた私。
完全に意識が貝殻に持っていかれていた。
気づいた時には背よりも高い波がしゃがんだ私の上まで来ていた。
「たす………」
口を開いた拍子に海水を飲み込み止まらない嗚咽に塩が染みる目、左右が分からなくなって流れに身を任せるしか無かった。
「ぁ……あれ……ここは……?」
私が目覚めたのは船の上。
それも小さな木造の船だった。
寝転んだ私の前には何人か見知らぬ人があぐらをかいて座っていた。
「あの……助けてくれたんですか? ありがとうございます」
ボロ布を頭から被った人々は黙ったままだ。こっちを振り向くことすらない。
キョロキョロ辺りを見ても、岸はおろか水平線も見えない。水上から濃い霧に覆われているからだ。
私は怖くなった。
何が何だか分からないが、うっすらと船に同乗している人はもう死んでるんだと思った。
ということは私も、もう――
小船は私達を乗せてゆらゆら水流に任せて動いていく。
ここにいると時間の感覚が無くなっていく。
もう何日も過ぎた気がするし、まだ1時間くらいな気もする。
船の上はやることがないから暇だ。
その代わりいくつかわかったこともあった。
船には私含めて7人乗っている。
お腹も減らないし眠くならない。
水面を覗いても私の顔は映らない。
私以外の人達は一言も喋らない、というより喋れないようだ。
他にも似たような船が宛もなく漂っている。
それと1番重要なこと。
しばらく隣に並んでいた船を見ていたら、その先頭に立っていた人が突然海へと歩いていった。そしてそのまま海中に沈んでしまった。
急にどうしてと思っていたら、船の最後尾に新たな人が湧いて出てきたのだ。
誰か消えると誰か増える。
前ほど古参で最後尾は新参者。
新参者は死んだばかりの人間。
その法則がこの船の乗組員を縛っている。
私はまだ最後尾だ。
まだ前に6人もいる。
「誰か、早く死なないかなぁ」
いつしかそんな考えが頭を支配していた。
それからどれくらい経ったのか。
私が波に飲まれてから相当な時間を船の上で過ごしたと思う。
霧の向こうから突如轟音がした。
長く響く大きな音が止むと、私の前にいた6人が次々と海に飛び込み始めた。
たった数秒で私は先頭になった。
と思いきや、私の脚が動いた。
私は全く動かしてない。なのに勝手に立ち上がり前へ前へ歩く。
後ろを振り向けば、もう新しい人が6……7人と出現していた。
この黒い海に入る勇気がない私は、波が目の前まで襲ってきた時を思い出し、唇が震えた。
でも自分の意思では止められなかった。
長らく過ごしたこの船からついに離れる時が来た。
靴に染み込む海水が凍るほど冷たくて、急激に意識が遠のいた。
「――――はぁッ!」
目が覚めた。
両親と祖父母が仰向けに寝る私のそばにいた。
「もう! 死んじゃったかと思ったァ」
母が泣きながら私を抱きしめた。
死んだと思っていた私。
家からいなくなったことに祖父母は両親が帰宅してから気づいた。
大慌てで付近を探したが見つからず、その日の夕方には警察に行ったらしい。
しかし夜の捜索は出来ずに翌日に持ち越しに。
早朝、数キロ圏内の浜辺を捜索していたところ、私が入江にある岩場に引っかかっているのを発見された。
意識不明だったが、奇跡的に外傷もなく健康に問題なかった。
あの時乗った小船やこの目で見た人達の姿は生死の境の幻だったのかもしれない。
だけど後日、私が見つかった日に沖合で7人乗りの漁船が沈没して全員が行方不明になったと聞いた。
小船の7人と沈んだ漁船の7人
事実私は助かっている。
それは単なる偶然だろうか。
誰にも分からないだろう。
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