頼んでいない品

 その日、友人A、Bと私の3人は居酒屋で集まった。

 学生時代からの仲で、今でもバカ話で盛り上がれるいいヤツらだ。


 今日は、Aが変な女に引っかかった話やBに新しくて恋人が出来た話、高校時代の話がメインだった。尽きぬ話にお酒も進む。


 かくいう私は恋人もいないから、会う度にたくさんの恋愛話を持ってくる2人を羨ましくも思っていた。

 あわよくばどちらかと……なんて考えるほど浅ましくもないけれど、恋人がいない寂しさはある。


 だからこうして知った仲の男友達と飲んでいる。今は、まあこれでいいんだと自分に言い聞かせた。



 入店から3時間は経った頃だったと思う。



「こちら、レモンサワーになります」


 そう言って店員が持ってきた。

 私はありがとうございます〜と返した。話の途中だったので、気にせず適当にテーブルに放置した。


「あれ、これ誰のやつ?」

 友人Bが言ったのは、それから20分ほど経ってからだった。


 ジョッキに入った1杯のレモンサワー。

「私のじゃないけど、間違い?」


 注文してないのにお金を取られたら嫌なのでテーブルの電子パネルを確認したが、会計欄には入っていない。


 既にここに運ばれて随分時間が経過してしまった。今更本来の注文客に渡せないし、店員に渡せば捨てられてしまうだろう。


「そんなら俺が飲むよ」

 友人Aが手を伸ばしてジョッキを手元に寄せて言った。


「……んん? ちょっと待てこれ」

 そのAが飲む直前、ジョッキを眺めて気づいた。

「ここさ、口紅じゃね?」


 え?と私とBが確かめると、確かに飲み口に何ヶ所かピンク色の跡が付着ていた。


「やば、大丈夫それ? ちゃんと洗ってないんじゃない?」

 それ以外に理由があるだろうか。


「だいじょぶだって、しっかりしてるよこの店は」

 根拠もなくAは笑う。

 結局軽くフキンで拭いて全部飲み干してしまった。


 飲んでも平気そうだったが、気味が悪いと思っていたのは私だけだろうか。

 とはいえ話し始めたら、そんなことも忘れてしまった。




 2時間後、私たちは店を出た。

 盛り上がりすぎて長時間話し込んでしまい、正比例して酔いも回ってしまった。

 終電の時間もあるため、大人しく3人で駅に向かった。


 私が真っ直ぐ歩くことに集中していると、3人の真ん中を歩いていたAが立ち止まった。


「どうした、気持ち悪いか?」

 飲みすぎを心配するB。


「いや、何でも…………」

 Aはどこかを見つめている。両腕はだらんと力が抜けて口も情けなく開いていた。

 ちょっとただ事じゃない気配がした。


 私はAの視線を追った。

 しかし、映るのは私と同じような酔っ払いや新たな店を探す騒がしい奴らばかり。街も特に変わった様子はないが……。


「すまん。先帰っててくれ」

「え?」

 その言葉を残してAは突然走り出した。


 呆気に取られ、立ち尽くす私。

 3秒後、ようやく事態を飲み込んで振り返ると、既にAの姿はなかった。


「どうしよ、追いかけないと!」

 でもどこに行けばいいのか分からない。

 戸惑う私の横で、今度はBの様子がおかしい。


 彼の右耳を抑えている手には血管が浮きでていた。頬は痙攣していた。


「ちょ、ちょっとBも大丈夫?」

 Aに続いてBにも何かがあったのか。


「お前には見えないのか……?」

 口を開いたB。どう意味か分からなかった。

「なに、なんのこと?」


 聞き返すが返事はない。

 Aと同じくどこかを見ている。視線の先には誰もいない。


 このままだとBもどこかに行ってしまうかもしれない。

 私は不安に駆られて、Bの腕を両手で掴んだ。



 その時変な感じがした。

 自分の身体が自分じゃないような、そんな感覚。



 急速に意識が遠のいてゆく、と思いきや視界が変化しただけだった。



 他人からの視点で、自分がBの右腕にしがみついている姿が見えた。

 Bとはっきり目が合っている。彼が見ていたのはこの視点の主ということか。



 じゃあ、この視点の人物はいったい……。



「はっ!」

 一瞬で精神が覚醒した。元の視界に戻ってきて私はBの腕にめり込むほどの力で握りしめていた。

 Bはまだ呆然と一点を見つめている。


 私はもう一度、彼の視線を追いかけた。



 すると今度はちゃんと、そこに人がいた。



 そこにいたのは、自分と瓜二つの女性だった。



 言葉を無くす私。


 ゆっくりこちらに向かってくるもう1人の私。



 Bを離すまいと、さらに力んでいく両手。



 1mまでやってきた私。かなり近い。


 どこを見ても、体も服装も私と変わりない。



「ふふふっ」


 もう1人の私が妖しく歯を見せた。そして正面に、滑らかに手を伸ばした。

 艶かしい眼光がBを貫いた。



 彼は溢れんばかりの力で私の拘束を振りほどき、Bの手をとった。

 

 そのまま彼女に引かれて、とぼとぼと夜の街を歩いていった。




 私はどうすることも出来なかった。

 1人取り残され、駅に向かって眠りについた。



 次の日。連絡のつかないAとBの捜索願を提出した。

 




――――あれから1年経つが2人はまだ見つからない。


 あの時見たもう1人の私は、ドッペルゲンガーと言うやつなのか、単なるアルコールの幻なのか。


 居酒屋で出てきた口紅付きのレモンサワーも何だったのか、今でも分からない。




 ただ時折、あの私はもしかすると自分の生霊だったんじゃないかと、思うことがある。


 恋愛を楽しむ2人への嫉妬心が形になってでききたんじゃないか、とか……。



 自室で1人、寂しくお酒を飲むたびに、そんなことを考えてしまう。






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