本物の超能力者
『犯罪に手を染める』
と言うのは比喩的な慣用句だが、あながち嘘でもないらしい。
その言葉を体現する能力を持った人が現実にいると、親しい知人が教えてくれた。
オカルト系のフリーライターをする僕――森田の耳に、そんな面白い話が入ってきた。
超能力者のようなイメージを頭に浮かべる。これまで幾人もの“自称”超能力者達に会ってきたが、本物と断言できるだけの証拠をもつ人物は、残念ながら一人もいなかった。
ただ今回人物は過去の有象無象と違い、その能力を商売に使わず隠して生きているという。なるほど、いつもよりは期待できる。
加えてメディアの取材は決して受けないというその人に、「直接会うまで能力について何も聞かないこと」「取材記事以外で能力について他人に口外しないこと」「写真や録音等は一切禁止」など異例の条件を提示した上で粘り強く交渉を続け、氏名年齢性別出身等は一切非公表ということで、ようやく今日、念願叶って取材に漕ぎ着けた。
某日某所のカフェで待ち合わせする。
どうやらまだ着いていないようなので、僕は先に店内に入りアイスコーヒーを注文した。
7分後。コーヒーをちびちび飲んで待っていると、入口で不安そうに店内を覗く人物が。
あの人なのかな?
さらに3分後。ようやく、怯えるようにその人は店内に入ってきた。店員に声をかけられ何やら会話していると思ったら、その店員がその人を僕の席まで案内してきた。
どうやら検討はずれではなかったようだ。
初めまして森田です、と僕が自己紹介すると
「ぁ、こここんにちは。すみません、遅刻して……」
とうつむき加減で言いながら右手を差し出された。反射的にこちらが右手を差し出すと、小心な話し方からは想像できないほど流れるように、力を込めて握手された。
その時、ほんの一瞬だけこの人――以降、桜井(仮名)さんと呼称――の手が変に強張った。
何かに気付いたのか、はたまた何かを思い出したのかは分からない。
桜井さんは表情こそ変えなかったものの、握手を終えた時に高速で引っ込めた桜井さんの手は汗でぐっしょり濡れていた。
これでも僕は長年取材をしてきた経験から、人を見れば隠蔽する裏の感情を少しは読み取れる。桜井さんは明らかにこの場から帰りたそうになっていた。
この日のために多大な時間と労力を消費したんだ。まだ何の成果も得られてないのに、せっかくの機会を失うわけにはいかない。
――事前の約束は絶対守りますし、あなたの言いたくないことは聞きませんので……。
そう優しく言って、何とかなだめ落ち着かせて席に着かせる。
桜井さんの注文も終えてから、本題の話をゆっくり始めていった。
桜井さんの能力?についての事前情報はほとんどない。
――犯罪に"手を染める"という言葉がキーワードだと聞いたんですが……。
そう話を切り出すと、時間をかけて桜井さんは自身の話をし始めた。
「確かに、私にとってその慣用句は例え話ではないです」
どういうことだろうか。少し間をあけて言葉を続けた。
「…私は手を握った人の性格とか、人となりがわかってしまうんです」
っと、店員が桜井さんの頼んだホットココアもってきた。
ぐいっと飲んで長いため息をはく桜井さん。
徐々に出逢ったときの緊張感はほぐれてきたようで、詳しく話をしてくれた。
桜井さんは初対面の人に会うと必ず握手を求めるという。
するのは必ず相手の利き手と。
理由は、利き手が最も当人の人生で使われているから。どんな人も何をするのも基本利き手だから当然と言えば当然だ。
稀に両利きの人に出会うとちょっと困るらしい。その場合は可能であれば両手と、無理なら右手と握手しているという。
そうして握手をすると、瞬間的に相手の手が変化する。見た目にも触感にも大きな違いが表れるが、変化は桜井さんにしかわからない。
変化は十人十色で、硬さ・大きさ・重さ・長さ・色彩・状態……etcに違いが出るらしい。
――例えばどんな法則や性格との関連性があるんですか?
こんな私の質問にも丁寧に答えてくれた。
「えっ、そ、そうですね…例えばですけど、優しさとか心の広さが強い人だと、手の温度が高くなって鮮やかなオレンジ色になります。イメージとしては太陽のような感じ、ですね。反対に短気で思いやりのない人だと、手は冷たくなって藍色に近い暗い青色になります」
さらに桜井さんによれば、こうした感覚は世間で言われるような霊感とか超能力とかと言うより、数字や言葉や物に色や味や音を感じるという「共感覚」に近いものだと自覚しているという。
そういえば僕自身も先ほど、出会い頭に桜井さんと握手をしていた。
――僕の手はどんな感じがしましたか?
すると、
「あの……え、えっと………なんて言ったらいいのか…」
何やら言い淀んでいる様子。
言語化するのが難しい感覚もあるのだろうか?
難しそうなら大丈夫ですよ、僕がそう言おうとしたら、
「…いえ。ただ、その……。ちょっと言い難いこと、だったので……」
と桜井さんに言われた。
性格がとてつもなく悪いということなのか。そんなことなら僕は全然気にしないのに。
――何を言われても僕は大丈夫ですよ。
それでもまだ浮かない顔つきで渋る桜井さん。カチカチと歯が当たる音が聞こえる。あごが小刻みに振動していた。
どうやらただ事ではない様子。
しかし僕にとっても実体験がないと力のすごさをイメージしにくい。
何度もしつこく大丈夫だ、と言うと桜井さんもようやく折れてくれたのか、「……わかりました」と小さく口にした。
その時桜井さんは、シャツの襟元にまで流れるほど顔中から異常な量の汗をかいていた。
「あな、あなたの、手ではありませんが…」
とぎれ途切れに話を始めた。
「私が幼いころに仲のよかった人がいました。……その人はとても楽しい方で、子供の私にいつも優しく接してくれて……。そのころの私は、まだ、自分の感覚についてちゃんと理解していなくて、ふとした時にその人の右手を握ってしまいました」
桜井さんは息継ぎを繰り返しながら、自分の左手を潰れそうなほど握りしめていた。
この話が、僕の手と関係があるのだろうか?
「握ったすぐあと、その人の手は……ポツポツと、黒くなってとても熱くなりました」
桜井さんは続けた。
「こわくなって、私はとっさに握った手を離しました。それ以降、その人と会うことは無くなりました。………なぜなら、その人は、逮捕されたんです」
「…………殺人事件で」
まさか……。
僕は固唾を飲んで次の言葉を待った。
膝の上に置いた右拳に無意識に力が入る。
他の席とは画一的に重苦しい空気が二人の間を覆った。
約30秒の沈黙の後、桜井さんは、真紫の震える唇を開いた。
「あなたの右手は……全体が、真っ黒で…紅く、焼けてました」
そう言いながら前に出した桜井さんの左手は、皮膚が火傷で爛れてしまっていた。
「森田さん」
桜井は必死に言葉を紡いだ。
「あなた……いったい、何人殺しましたか?」
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