第30話 街
俺は焦っていた。
暫く街を探索してみたのだけど、出口が見当たらない。
何処を見ても平和そのものの街中。
スタート地点の噴水前から、目の前の賑わう商店街を抜けて。
今は住宅街。
人はまばらに為ったのだが、人っこ一人居ないとそうはならない。
出会う人は減ったがそれでも常に見掛けられる。
笑顔の人々。
それも少し違和感が在るのだが。
皆が一様に柔らかい表情なのだ。
険しい、苦虫、苦しい、悲しい……それどころか真顔のそんな表情の人と一度も出会わない。
それはやはりおかしな事の筈だ。
そう考えるのは、俺が話し掛ける誰かを、タイミングを選んで躊躇しているからだけでは無い筈だ……たぶん。
「随分と歩きましたけど……」
鎧君がチラチラと此方を覗く。
その目線は微妙にはずして。
「委員長の事を知ってそうな人が中々居ないね」
「そんなの見て、わかるワケ無いだろう」
猫の突っ込み。
……ごもっとも。
「そうじゃ無くて……それもそうですが」
辺りを見渡し。
「街から出れる所……有るんですかね?」
そっちか!
でも、確かにそうだ。
この街は随分と大きいようだ。
でも、俺の住んでいる京都の街もその真ん中から町外れ、山に囲まれた所なのだからその山の梺? までは相当に歩かなければたどり着かない。
東京の街ならもっとだろうし。
「そもそもが……こっちで合っているのか?」
猫が俺を睨む。
「もう誰でもいいから聞いてくれよ」
語気は強いが、他力本願だ。
自分からはそれをする気は更々無いと断言している。
まあ、確かに二本足の猫に聞かれても、マトモには答えてくれないだろうけど。
それは、鎧君も同じか……。
二人とも、ここでは浮きすぎている。
大きく溜め息を一つ。
意を決して身近に居た人に後ろから話し掛けた。
「あのぉ……」
買い物返りのお姉さん。
振り返ればとても美人だ。
そして、お姉ちゃんにも似ている。
俺に取って一番に話しやすい筈だ! そう自分に言い聞かせての頑張りだった。
「すみません……」
一呼吸を飲み込んで。
「街から出たいのですが……こっちで合っていますか?」
ニコリと微笑むお姉さん。
優しそうな感じだ。
うん、大丈夫……怖くない。
「街からは出られないわね」
だが、不思議な事を言う。
「え!……何故?」
驚いて居る俺に小首を傾げて続けた。
「何処まで行っても街よ……ずっと続いて居るから」
何を今更そんな事を聞くのかと、そんな感じだ。
「それじゃ、ボスは?」
猫が割って入った。
その喋る猫に少しだけ驚いたのか一瞬、目が開かれる。
だけども、それもそんなに大騒ぎするほどでも無いようだ。
ただ、物珍しい……そんな感じだ。
「ボスって……」
考えて。
「市長様の事かしら?」
そう言って、指を今来た方角に差す。
振り返れば、ひときわ背の高い建物が見えた。
最初の噴水前の裏手のようだ。
「あれは?」
鎧君が聞いた。
「市長様が居る場所よ、市役所ね」
鎧君にはそんなに驚いてはいない。
ただ小さい子に話す様にと、もう少しの優しさを足しているようにも見える。
子供の扮装かナニかと理解しているのだろう。
そう言う遊びなのだと。
「魔物は? モンスター」
鎧君がもう一度。
「そうね、そんな役をしてくれそうな人は……商店街か、噴水公園に居る暇そうなお兄さん達かしら」
笑っている。
完全にゴッコ遊びだと決めつけていた。
「私は、今日は無理だわ」
忙しいとも用事が有るとも言わない。
つまりは遊びには付き合えないと言うことか。
やんわりとした……お断り。
「いえ、そんな積もりは……」
もう行っても良いでしょう? そんな含みも見える。
「最後にもう一つだけ……俺くらいの女の子を見ませんでしたか?」
委員長の事だが、説明が難しい。
「それも、噴水公園じゃ無いかしら?」
誰かを特定の人を指している事だとは思ってもくれないようだ。
不特定多数の女の子が居るであろう場所を指したのだろう。
これは、駄目だ。
もっと分かりやすい説明の仕方を考えねば。
「有り難うございます」
出来る精一杯のお辞儀をして、その場を離れた。
お姉さんも優しく手を振ってくれる。
そして、すぐ側の道端で途方に暮れる事となる。
「困りましたね」
唸る鎧君。
「どうすんだよ、おわんねぇじゃねぇかコレ」
ふてる猫。
「八方塞がりってヤツですよね?」
俺のパーカーのフードに隠れて居たランプちゃんも出て来て。
「ホウ……」
その同じ場所で寝ていたフクロウ。
「なんだ? 居たのか」
猫の冷たい発言。
「お前は役に立たないのだからそのまま寝てろ」
「うわぁ、可哀想ですよ今のは」
口元に手を当てて猫を見るランプちゃん。
「そうですよ」
同調する鎧君。
「なんだよ、言い方が悪かったのは認めるけど……本当の事だろ?」
少し気圧されている?
「役に立たないなんて事は無いです」
ランプちゃんが言いきった。
「現にほら」
俺の頭の上に乗ったフクロウを指差して。
「ちゃんと仕事をしてます」
ん?
と、難しい角度の頭の上を覗こうとしてみた。
「本当ですね」
普通に見れる鎧君も頷いた。
ヤッパリ見えないので、フクロウを手に取り目の前に。
「ホウ」
鳴きながら片方の羽を差す。
「委員長がこの世界に居るんですよ」
ランプちゃんが捕捉説明。
「ちゃんと役に立っているでしょう」
「ふん」
鼻だけ鳴らして横を向く猫。
そして、フクロウの差す方角は、先程のお姉さんが指した市役所だった。
「前回の事もあるし、委員長そのものじゃ無くても何か在るかもしれないね?」
残したもの、もしくはヒント。
「行ってみよう」
今来た道をそのまま戻って、商店街。
いろんな店が並び人も多く、とてもにぎわっていた。
ただ、今の俺達には関係が無い。
肉屋、八百屋、魚屋、酒屋……どれも家が在る人の為のもの。
俺にも家は在るけどこの世界じゃない、それに買い物はお母さんかお姉ちゃんだ。
俺達の買えるようなモノは、百歩譲って果物屋くらいか?
他には駄菓子屋もオモチャ屋も見当たらない。
洋服屋なんて論外だし。
服に興味が無いわけじゃ無くて、この世界の古臭い感じの服は趣味じゃないそれだけだ。
変わった所で……パイプ屋さん? 小物屋? 今で言うなら煙草屋なのかな?
それも興味無い。
後は見慣れたもので見当たらないのは……本屋か?
だけど、こんな感じの時代なら、本は貴重品だろうから仕方無いだろう。
それは紙が無いと言うわけでは無い。
これだけ普通に服を着た人が居て紙が無いなんて事はあり得ない。
もちろん裸の人を見掛けたわけじゃないよ。
それよりも印刷技術が無いのだろう。
手書きじゃ本も貴重になる。
まあ、有った所で別段興味も無いが、漫画は置いてないだろうし。
他のフクロウ以外の三人は興味津々にキョロキョロとしているが。
だからと言って、何も買わない。
ってか、買えない。
そんな小遣いの余裕は無い。
時折、袖を引っ張る三人は無視して歩き続けた。
そして噴水公園を通り越して、市役所の前。
確かに噴水公園には暇そうな人が座り込んでいた。
お姉さんが言う若い男のお兄さん。
同い年位の女の子と男の子。
何故かおじさんも居るそれも結構な人数で。
あれ? 仕事は? なんて聞いてはいけない人達なのだろう事は、想像がつく。
市役所の裏手の方に列を作って並んでいたその人達、もしかすると仕事を紹介する所でも在るのだろうか?
異世界版ハローワーク?
古い言い方では職業安定所?
時代的にはそっちかな。
詰まりはこの世界での負け組の人達だ。
それが、何故かリアルに身に染みる。
そう、来年の受験に失敗すれば……俺も中卒で社会人に無理矢理に分類される事に為るだろう。
そして、その確率は決して低くない。
嫌だ……。
俺はこの列に並びたくない。
受験に負ければ強制的そう為るのだろうが、ヤッパリそれは嫌だ。
でも、勉強も……嫌だし。
試験なんてもっと嫌だ。
嫌だ……。
「ぶつぶつ言って無いで早く入ろうぜ」
猫が俺の袖を取って。
市役所の正面入り口を指差していた。
その建物はとても綺麗で立派だった。
回りは平屋建ての建物ばかりなのに、市役所は複数階の建物。
天井が高い作りで在るのだけど、窓の数を数えれば五階は在りそうだ。
もちろん、全てが石と木で出来ている。
その大きく開いた入り口を潜るにも、ヤッパリ勇気が必要のようだ。
ごくりと唾を飲み込んだ。
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