第24話 動く石像


 どうにかこうにか、鎧君も城の扉に潜り込めた。

 ほとんどゴリ押しだったけども。

 弾き飛ばして。

 引きずって。

 そんなカンジの力任せ。


 ただ、不思議な事に一歩扉をくぐればオオカミ男はこちらに興味を無くす様だ。

 いや結界の様なモノでそれ以上は入って来れないのか?

 そう考えれば、あの小屋に居たときも静かだったのも納得出来る。

 屋根の有る扉の中は安全ってことだろう。


 理由はどうあれ探索はしやすく為ったと、いざ中へと目を向ける。

 薄暗いが灯りは有るようだ。

 光源は見付けられない。

 なんとも不思議な光が上からそそがれていた。

 手を伸ばし影を作って見る。

 出来た影は腕を上下させても大きさが変わらない。

 揺れてちらつく事もない。

 太陽の光と同じ?

 いや、この強さは月の光か?

 外の満月よりもぜんぜん暗い。

 半月か? もう少し欠けたぐらいだろうか?

 まあ、それが何かは考えないでおく。

 元々、不思議な世界だ、灯りも含めて不思議なのだろう。

 最初のスライムの洞窟と同じだ。


 改めて、ここの確認。

 ぐるりと見渡した。

 目を細めて見える範囲は、すべてが白っぽい石でできている。

 天井も含めてだ。

 床を触って見たのだが大理石では無いようだ、少しざらついている。

 そして、何も無くただ広いだけのホール。

 飾り気一つ無い。

 奥に左に折れる廊下? が見えるだけ。

 多分、廊下なのだろう、大きすぎて良くわからん。

 こんな洋風の城に等に入った事も無いのだからわからなくても当然か?

 だが、進む道はソコにしか無い。


 俺達は前進を始めた。 


 ホールの中程まで来た時。

 不意に前方に人影が横切った。

 男だ。


 すわ、敵か? と身構える。

 だが、その人影が此方を気にする風も見せない。

 一度顔を此方に向けたのだが、目が合わない。

 まるで見えていないようだ。

 

 そして、その格好も少し変だ。

 派手な刺繍飾りの目立つジャケット。

 胸元と袖には白いヒラヒラのレースのようなものが膨らんでいる。

 頭にはわかりやすい程のかつら。

 横がクルクルと巻かれている、バッハか? ベートーベンか?

 音楽室の壁の絵のようだ。

 つまりは……途方もなく古臭い、そんな格好だ。

 だがそれよりも変なのは、その体自体が半透明なのだ。

 また幽霊?

 でも、今度は足が見える。


 どう思う? と猫に聞こうと顔を向ければ。

 弓を構えて狙い定めていた。

 そして、おもむろに矢を射る。

 ランプちゃんの唾つきだ。

 だが、その矢は半透明の体をすり抜けた。

 

 「幽霊でも無いのか?」

 猫も首を捻っている。

 それを確かめた様だ。

 

 「だが、襲って来る気配もないぞ」

 男は何事も無かった様に、奥の廊下に消えていった。

 それを目で追っていると、不意に背後から目の前に俺の体をすり抜けて女が現れた。

 大きく膨らんだスカートの女。

 やはり古臭い格好だ。

 

 その女はこちらを気にもとめずに歩き続ける。

 

 ソッと手を伸ばした。

 空を掴む。

 

 「幻?」

 まるで立体映像の様だ。


 女は先程の男が消えたその廊下に向かって行く。


 「害は無さそうだね」

 猫が鼻をヒクつかせている。

 匂いが無いのだろう、それが違和感に成っているのか?


 「取り敢えず……着いて行こうか?」

 女を指差し。

 「同じ方向のようだし」

 進む所はそこしかない。


 猫も小首を傾げて、そして頷いた。

 その一瞬の躊躇の意味はわからない。

 多分……考えようとして、諦めたのだろう。




 廊下に出る。

 長く広く、そして天井が高い。

 真ん中には大きな赤い絨毯、随分とくすんでくたびれているが豪華な造りだ。

 そして、両脇を台に乗ったよくわからない石像がこちらを見ながらに並んでいる。

 オオカミの体にコウモリの羽が生えている。

 それが等間隔にだ。


 少し……いや、相当に嫌な予感がする。

 

 警戒しながら一歩を踏み出した途端に、石像の目が赤く光りだし、そしてその体が煙に包まれ始めた。

 「やっぱり……」

 溜め息が出る。

 「鎧君! 前へ」


 頷いて、剣と盾を構えた。

 

 「来るぞ!」

 石像の魔物が続々と集まってくる。

 

 最初の一体が鎧君の構えた盾に爪を振るった。

 カン! と、甲高い音が響く。

 音を聞くに、中々に重そうな攻撃のようだ。

 鎧君、中身が空っぽなのによく吹き飛ばされ無いな!

 少し感心していると。


 「黙って見てないで攻撃をしてくれよ」

 猫に怒られた。


 慌てて癇癪玉を撃ち込んだ。

 囲まれない様にこちらに向かってこようとしていたヤツに。

 だが、全く効かない。

 石で出来ているそのままのようだ。

 それで何故動けるのかはわからないのだが。

 不思議な事に、間接部分が柔らかく動いている。

 それなのに、石は石だ。

 癇癪玉どころか、爆竹ですら効かないのは、亀の池で経験済みだ。


 「煙のヤツは?」

 猫が叫んだ。

 その猫の放つ矢も弾かれているようだった。

 逃げる事を考えているのだろう。


 それは俺も同意だ。

 頷いて、煙玉を投げた。

 

 辺り一面を煙が覆う。


 「今のうちだ!」

 猫と俺も声がハモる。

 だが、次の一言は違った。

 「逃げろ」


 「攻撃だ」

 もちろん後者は猫だ。


 「逃げるんじゃ無いのかよ!」


 「逃げてどうする、ってか何処に逃げるんだよ!」


 確かにそうだが……。

 でも、それなら何故に煙玉?


 「奴ら、鼻も耳も穴が塞がってた」


 確かにそうだが石像なのだからそうだろう。


 「なのに真っ直ぐコッチに来る、赤く光った目は見えているんだ、煙でそれを遮れば俺達が一方的に攻撃出来るだろう?」


 「イヤ、俺にも奴らが何処だかわからないのだが……」


 「音でわかるだろう!」


 猫だからか!

 「そんなのは人間には無理!」


 「自分にも耳は無いです」

 鎧君の叫び。


 「私には耳が有るけど、ヤッパリ無理ですう」

 これはもちろんランプちゃん。

 

 「それに、たとえわかったとしてもどうする? 爆竹も効かないぞ」


 「そんなの剣で叩けば……」

 ペイん……。

 情けない音がする。

 「……駄目だった」

 

 だろうね……。

 鎧君の剣ならまだしも、猫の柔らかい細い剣ではどうにも為らないだろう。


 「鎧君、叩き割れないか?」


 「煙で……当てられません」

 随分と情けない声。


 「適当になんとかならんか?」


 ブン。

 ビューん。

 闇雲に振り回しているようだ。


 ガイン!

 がっシャン。

 ガラガラ。

 「当たりました! 手応えも有ります」

 ブン。

 ビューん。

 「でも……次が……」


 鈍器の様なモノで割れるのか。

 石だものな……。

 ……。

 同じ硬さの石同士なら、どちらも割れるか?

 

 やってみよう。

 

 「皆、絨毯から外れて!」

 爆竹を探る。

 「ランプちゃんは何処だ! 火をくれ」


 「ここです……何処ですか?」


 「俺が、連れてく」

 猫か?

 

 「きゃ!」


 と、猫が目の前に走り込んできた気配。

 俺の手に、柔らかい生暖かいモノを握らせる。

 ランプちゃんか?


 「出来るだけ遠くで、端に寄れ……石像の魔物が乗っていた台の後ろに隠れるんだ!」

 そう叫んで、火の着いた爆竹を、めくった絨毯の下に投げ入れていく。

 順番に、リズム良く。

 適当な所で、俺も台座の裏に飛び込んだ。


 暫く後、鈍く爆音が響く。

 少し遅れて爆風も脇を掠めていった。

 考えていたよりも随分と激しく。


 そして、石と石が当たって割れる音。

 それが何回か続いた。


 「なに? 今のは」


 「まだ、端に居ろよ」

 多分、これでうまくいったはず。


 暫くして煙が薄らいで、辺りが確認出来る様になった。

 絨毯が捲れ上がってヨレヨレで、所々が焼け焦げている。

 その上に、石の魔物がバラバラに壊れて散乱していた。


 「ナニをしたんだ?」

 猫が驚きの声。


 「絨毯の下に爆竹を入れて、爆発で石像ごと持ち上げて天井にぶち当てたんだ」

 ここまでうまくいくとは思ってもみなかったが。


 「無茶苦茶だな……それって、一歩間違えたら俺達も爆発に巻き込まれるんじゃ無いのか?」

 ゴクリと唾を飲む音まで聞こえそうな声で。


 「大丈夫さ、ここの絨毯は頑丈そうだったし十分、爆風を押さえ込んでくれると思ってた」

 しゃがんで、それを触れてみる。

 やはりに部厚く、そして堅さも有った。


 「なんだよ! 今、確かめているんじゃ無いか」

 語気が強めだ。


 「実際……大丈夫だったろ?」

 爆発の威力の殆どは絨毯と、その上に乗っていた石像を持ち上げるのに使い切ってしまった筈だ。

 

 「昔見た戦争映画でやっていた、投げ込まれた手榴弾をヘルメットで覆いその上に立って押さえ込んで、爆風で空を飛んでいた」

 ……。

 思いっきり笑える映画だったけども……。


 「その応用だ」


 全員にジト目で見られた。

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