ダンジョンカード

喜右衛門

突然の迷子

第1話 学校帰りの寄り道


 俺は今、逃げていた。

 洞窟の中を走り、転げながらに大穴から狭い穴へ、這いつくばって、転がりながらに潜り込み全身泥だらけな状態で、ひたすらに逃げていた。


 追って来るのは魔物。

 

 幾つ目かの狭い穴を潜り抜けて、鍾乳洞の様な場所に出る。

 そこは少し広めのホールの様な場所。


 だが、ソコにはもう逃げ道は無い。

 完全に袋小路だ。

 

 どうする? と、入って来た穴を振り返る。


 魔物が顔を覗かせていた。


 



 

 事の起こりは、数時間程前。

 

 学校帰りの帰り道、進路相談のプリントを手に憂鬱に成りなりながらにトボトボと歩いて居た。


 志望校……そこは可能性が低いと言われた。

 別段、高望みをしたわけではないつもりだった。

 皆が行くで有ろう近所の公立の高校。

 なのに……先生はハッキリと落ちる……そう言い切った。

 高校なんて……誰でも行けるものだってズット思っていたのに……。


 溜め息が出る。

 

 これから始まる最後の夏休みが憂鬱だ。

 楽しい筈なのに。

 楽しみにしていたのに。


 ただ暑いだけのイヤな夏に成りそうだ。

 俺は、額の汗を拭った。

 今年は梅雨明けが遅いらしい。

 湿度が高過ぎて……この拭ったものが汗なのか湿気なのかもわからない。

 だが、暑いのは確かだ。


 ポケットの中を探る。

 小銭が有った。

 財布も有る。


 何時もの駄菓子屋に寄っていこう。

 アイスを買って食べたい。

 

 通学路を逸れて路地を行く。


 この辺りは、古臭い家が多い所。

 木造の平屋の家が並ぶ。

 その門前で、知らないお婆さんが裸に成り……タライで行水をしている。

 

 見たく無いモノを見てしまった。

 ソッと目を伏せた。

 その瞬間、グラッと地面が揺れた。

 地震か?

 辺りを見渡す。

 ……。

 何事も無い。


 暑さで俺の方がおかしく為っているのかも知れない。

 手でひさしを作って太陽を見る。

 ギラギラと照り付けていた。

 まるで、喧嘩を売られて居るようにも感じる。

 この太陽は……梅雨は明けたんじゃ無いのか?

 テレビの天気予報も、気象庁も誰も俺にはホントの事を教えてくれないんじゃないのか?

 俺の事を皆してバカにしているのか?


 ジリジリと日射しが肌を焼く。

 睨み着けようと空を見上げたが……太陽を見る前に眩しさに負けた。

 

 項垂れながらに。

 そんな筈もないか……。

 首を振りつつ路地を曲がる。

 その先に、駄菓子屋が在った。


 店の軒先に有る、木製の座れる椅子みたいなテーブルの様なモノに一人の女の子が座っていた。

 その先客がアイスキャンディーを口に咥えてこちらを見る。


 その娘を俺は知っていた。

 もちろんその娘も俺を知っている筈だ。

 同じクラスの委員長なのだから。


 俺もアイスキャンディーを買って、その台に委員長を背に斜に座った。

 

 蝉の音がうるさい。


 「ねえ……知ってる?」と、委員長が座っている台を叩いて言った。

 「これ……床几台って言うのよ」


 何を突然……。

 チラリと委員長を見る。


 「何か言いなさいよ」

 手に持ったアイスが溶けて肘にまで伝う。

 その肘を舐める委員長。


 「へえ」

 俺もアイスを咥えながらに、無理矢理の返答を返す。

 他に返事のしようも無い。

 興味無いのだから。

 委員長にでは無くて……この座っている台に。


 「御茶会とかで、これに赤色の毛氈を掛けて置いてあるヤツよ」


 「もうせん?」


 「習字の時に敷く、毛布の様なヤツの大きい版よ」


 「そう……」

 ますます興味無い。

 

 「あんた……面白く無いわね」


 少し肩を竦めて。

 「そんな事を言われても……」と、口ごもる。

 このくそ暑い中で、たまたま出会ったクラスの女の子の前で、何を面白い話が出来る?

 無茶振りもいいところだ!


 その時。

 「面白くない?」

 突然に駄菓子屋の奥からダミ声が響く。


 俺も委員長もビックリしてそちらを向いた。


 店の奥の障子が引き明けられてパンと音が響く。

 ソコに炬燵に乗った男が一人。

 この暑いのに炬燵が謎だが、それ以上に男が異様な格好をしていた。

 青いラメのジャケットを羽織、首には大きな赤色の蝶ネクタイ、口許は尖ったダリ髭に爆発した頭。


 その男が言う。

 「面白くない?」

 炬燵の上で仁王立ちの男が俺達を指差している。

 「面白くない?」

 その指が俺の前で止まった。


 俺は恐れおののいて「オバチャン」と、店の中に居る筈のオバチャンに助けを求めようと探したのだが。

 だが……見付けられない。

 今さっき、そのオバチャンからアイスを買ったのに。


 「何あれ? 変態?」

 委員長が小声で俺に訴える。


 「面白くないならこれを進呈しよう」

 そう叫び踊り始める。

 その手には古臭い感じのよれた箱。

 ざらついた段ボール紙の様なそれには、右から左にカタカナでダンジョンカードと書かれている。

 

 「カードゲーム?」


 「読みづらいわね……逆じゃない、一体何時の時代のモノよ」


 昔は、右から文字を書いていたのは知っている。

 つまりは、これは大昔のモノか?

 そんな昔にカードゲームって有ったのか?

 

 「今なら、せんはっぴゃくよんじゅうろくえん」

 踊りは激しく成り、炬燵から落ちそうに為っている。


 「おっととと……」

 委員長が思わず声を出す。


 「いよいよいよい」

 俺は、顔の前で手を振り、それを断った。

 慌ててしまったのか、少しどもる。


 「おっととと……」

 「いよいよいよい」

 変な掛け声になってしまっている。


 クスリと笑った委員長。

 「買って見たら?」


 「嫌だよ……」

 そう答えて、財布を覗く。

 俺の全財産とピッタリ一致する金額だ。

 「そんなの買ったら、小遣いが一銭も残らない」

 

 「ムム」

 その話を聞いて居たのか、炬燵男が唸り出す。

 悶絶踊り?

 「よし……わかった」

 今一度俺を指差し。

 「せんはっぴゃくよんじゅうごえん」

 どうだ! と、そんな顔をする。


 「あら、一銭どころか一円も残るじゃない」

 声を出して笑う委員長。


 「一円……って」

 何を言っているんだ! 委員長。

 君はドッチの味方だ!

 

 「私も、少しだけ出して挙げるわよ」


 「はい! 売れた!」

 炬燵の男が踊りながらに近付いて。

 俺の手に箱を押し付けてくる。

 「売れた!」

 

 それを勢いに押されて、迂闊にも受け取ってしまった俺。


 それを両手で持ち呆然としているその箱の上に、委員長が百円を置いた。


 「売れた」

 そう叫びながらに踊り回り、そのまま奥へと消えようとする男。


 「待って!」

 突き返すタイミングがわからない、取り敢えず呼び止めようと声を出す。

 

 だが炬燵男は聞いてはくれない。

 「箱を開いてカードを取り出して」

 身振りを交えて歌い出す。

 「額に当てれば、あら不思議」

 自分の腹を捲ってパンと音を出す。


 「額に?」

 なんだそれは、そんな事はどうでもよい。

 これは要らない!

 そう言いたいのだが。

 

 委員長に邪魔された。

 「額に当てるとどうなるの?」


 そんなのどうにも為るわけがない!

 委員長は黙ってて。


 だが男はそれに返事を返す様に。

 「二人で、額に当てると二人がポンとね」

 変な拍子と腹鼓で歌い踊る。

 そしてそのまま障子の中に戻り、炬燵に昇った。


 あ、っと追いかけたのだが、寸前で障子がピシャリ。

 慌てて、その障子を開けたのだが……。

 ソコには、炬燵も男も居なくなっていた。

 ほんの一瞬なのに……消えてしまった。

 

 「あれ?」

 覗き込んで中を探る。


 「あ、これね」

 後ろで、委員長の声。

 

 イヤな予感に振り向けば、やはり箱を開けていた。

 そして、その手には一枚のカード。

 チラリと見える箱の中は空だった。

 たった一枚のカードに、今月の小遣いの残り、そのまま全財産。

 しかも、そのカード……洞窟の様な絵が書いてあるだけ。

 

 「詐欺だ……」

 騙されたんだ。

 こんなくだらないモノに……。


 と、目が点に為っている俺の額に委員長が顔を近付けて。

 「こうかしら」

 間にカードを挟んで頭突きした。



 目玉から星が飛び散るのが見えた……気がする程に強烈に痛かった。

 「なに……するんだよ」

 目を瞑り泪を堪える様にして、額を押さえながらにその場に踞る。

 

 「ゴメン……勢い余っちゃた」

 イタタタと、呻きながらに。


 「あまり過ぎだよ……」

 と、踞りしゃがんだ姿勢で地面に手を着いた。


 ……。 

 あれ?

 おかしい、その手の感触は土だ。

 ここは、コンクリートかアスファルトの筈なのに。

 と、ソッと目を開けた。

 

 ソコは、見覚えの無い場所。

 洞窟の様な……違う、そのもの洞窟だ。

 何でだ!


 目の前でやはりしゃがんでいる委員長の肩を叩いた。

 「ここは……何処?」

 理由がわからない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る