第66話 絶望を前に

「右手が使えない以上、もう《螺旋槍らせんそう》は打てないんだよ。《螺旋槍らせんそう》がなければユウトに仕留められる攻撃はない――勝てる可能性は、今のユウトにはもう無いんだよ」


 冷静にさとすような声色のクロに、


「《螺旋槍らせんそう》がなくても! 右手がダメなら左手で! 左手も駄目なら足で、頭突きで、噛みついてでも! 今ここで! 俺が《蒼混じりの焔ブルーブレンド》を討滅するんだ――!」


 俺は激情に駆られるまま言葉を投げつけて言い捨てると、怨念おんねんのような殺意とともに血まみれの足で踏み出した――ものの、


「フン――ッ」


 軽く間合いを詰めてきた《蒼混じりの焔ブルーブレンド》はアイアンクローの要領で俺の頭を掴むと、そのまま軽々と持ち上げて放り投げた。


 大きな放物線を描いた俺の身体は再び地面に激突し、そのまま地面を転がってゆく。


「かはっ――こんにゃろ……滅茶苦茶やりやがって……なんつー腕力だよ」


 もう一度身体を起こすものの、くっ、立ち上がることにすら疲労を感じはじめている……!


「ふむ、事ここに至ってもなお、《想念》を使いこなせないのか――正直失望したよ」


「このクソが……っ」


「そんな極上の《想念》を持ちながら、そして強固な戦う意志を持ち合わせながら、なぜだ? 何のために君は鍛錬を重ねてきたのだ。その全てを今ここで披露せずに、いったいいつ見せるというのだ?」


「てめぇは俺が、討滅する! 俺が今、ここで……っ!」


「はぁ、もういいよ、もういい」


 《蒼混じりの焔ブルーブレンド》はため息をつくと、同時に雑な中距離牽制攻撃を振るった。

 ヤツが初めて見せた飛び道具。

 だがあまりにも雑すぎる攻撃のそれは、手負いの身体でもかわすことはたやすかった。


 本当に俺という存在そのものに興味がなくなったかのような、無造作極まりない攻撃だったからだ。


「んなもんに、当たるかよ……っ」


 続けてもう一発、同じような攻撃が飛んでくる。


 しかしまたもや無造作に放たれたそれには、先読みも意図も何も存在せず、避けるのは余りに簡単で――簡単すぎて――つられるように俺も無造作に避けた――避けようとしてしまい――。


 かわそうとした、その刹那だった。


「マナカ――?」


 ――すっと俺の視界の片隅にマナカの姿が映りこんだのは。


 あの高い木の上からどうやってか降りてきたマナカは、運悪く《蒼混じりの焔ブルーブレンド》の遠距離攻撃の射線上に入り込んでいたのだ――!


「あの馬鹿――っ!」


 全てを理解したその時にはもう既に。

 考えるよりも先に俺は全力をもって身を投げ出していた。


 すでに回避を終えかけていた身体を無理やりもう一度、射線上へと飛び込ませる――!


 完全なノータイム。

 義務感ではなく、強迫観念でもない。


 それは純然たる己の意思。

 心のままに行った本当に自然な行動で。


 マナカを庇うように射線から動かなかった俺を、《蒼混じりの焔ブルーブレンド》の攻撃が直撃した。


「くは――っ、ごふ――っ」


 右肩口から左脇腹に抜けるように、袈裟掛けに鋭い衝撃が駆け抜ける。

 遅れて鮮血が盛大に吹き上がった。


 あまりに綺麗なそれを見て、まるで赤い噴水のようだと、他人事のように思ってしまった。


 ザックリと斬られた俺はたたらを踏みながら、しかしこらえきれず。

 俺はゴフッと、大きな血の塊を吐きだした。


 そのまま腰くだけになって、しりもちをつきながら仰向けに地面へと崩れ落ちる。


 天地が入れ替わった視界に、慌てて駆け寄ってくるマナカが見えて。

 俺はそのまま上半身を抱き起こされていた。


 ったくこいつは――

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