第29話 指名の無い女②

俺は到着して、すぐに生ビールを頼む。


(なんか緊張する、変な感じ)


喉が異様に渇く。


(相原さんが決めてこいなんていうからだよなぁ・・・全く)


喉が渇いていたせいで、いつもよりビールがうまい。

肉も遠慮なく食べる。


「すごい食べっぷりね。そんなにお腹空いてたの?」


「ははは、まあね」


緊張からか会話も少なく、段々肉を食べるよりアルコールの量が多くなっていく。


俺は酔った勢いもあり、由美への疑問を次々と投げかける。

由美は、包み隠す事なく、全て答えてくれる。


「由美さんは、いくつですか?」


「いくつに見える?」


「うーん25」


「ぶっぶ~」


「25より下?上?」


「下よ」


「え~もしかして十代とか?」


「まさか~もう二十歳よ」


「マジ?二十歳にしては遊びなれてない?」


(なんだ、俺より下だったのかよ)


ちょっとホッとする。


「ふふふ」


「そうすると酒の強さは、一体いつから飲んでるんだ?」


「さあね~」


「どこに住んでるの?」


「今は、伊豆の方よ」


「伊豆?遠い!わざわざ伊豆から来てるんだ?」


俺は、歳下と聞いていつの間にかタメ口に変わっていた。


「そうよ」


「仕事は何やってるの?」


「内緒」


「え~教えてよ~」


(それは、教えないのか・・・)


「どうしょっかな~」


「もったいぶらないでよ」


「職業を聞くのはご法度なんじゃなかったっけ?」


「そんな事誰が言ってた?・・・それは店の中だけの話だよ」


「あ~ずるい」


「素敵な由美の全てが知りたくてさ」


「あら、おだてかた上手くなったんじゃない?」


「そういう事言うなって」


「あははは。かわいいね、遼は」


「年下には言われたくないね」


「そうね、じゃあ教えてあげる。伊豆では、芸者やってるの」


「ふ~ん、そうなんだ。・・・ん?伊豆ではって?」


「でもこっちではソープ嬢」


由美は、さらりと答える。


「そうなんだ」


(相原さんの予想通りだ)


俺は平静を装ったが心の中では動揺している。

いつも会話をしていて、仕事が風俗とは想像もできなかった。


「ソープの仕事ってかなりハードなのよね~」


「そうなんだ」


「だから身体を壊して、今は伊豆のほうで芸者をやっているの」


「そっか」


「今回は、夏休みでこっちに遊びに帰ってきたの」


「じゃあ、今は実家とかかな?」


「実家じゃなくて西新宿の高層ホテルに泊まってるの」


「ふ~ん、もったいないね」


「実家は都内だけど、色々あって家には帰りたくないの」


「そうなんだ~」


(色々って何だろう?)


由美は、自分の家庭の話を話し出す。


「私、親が離婚して母親と一緒住んでいたの」


「うん」


「16歳の頃、母親に男ができて一緒に住むようになったんだ」


「男は母よりずいぶん年下で私と年が近かったの」


「そうか」


「私、高校を中退してね。仕事もなくお金もないし毎日家にいたの」


「うん」


「男は仕事行ったり行かなかったりで、家にいるかパチンコに行く毎日」


「あんまりよくない男だね」


「夜になると狭いアパートなのに、私が居ても母は男と激しく愛し合うの」


「マジ?」


(最悪だなあ)


「だから隣の部屋から聞きたくもない男と女の激しい声や息遣いが聞こえてくるの」


「母親の・・聞きたくないなあ」


「だから布団にもぐり耳をふさいで寝る毎日」


「辛いね」


「ある日、お風呂に入っていたら背中流してやるって男が裸で入ってきたの」


「裸で?マジかよ」


「物を投げ、やっとの思いで追い出すと急いで着替えて家を飛び出たわ」


「うん」


「たまたま、玄関の外で帰ってきた母に会い、その話をしたの」


「そしたら?」


「自分の子供の背中を流そうと思ってしたのでしょって、取り合ってくれなかったわ」


「う~ん」


「そんなある日、母が仕事に出かけ、私はいつものように昼過ぎまで寝ていたの」


「うん」


「なんとなく布団が重く人の気配を感じて、目を開けたら男が覆いかぶさっていたの」


「マジ?」


「男の力にはかなうわけもなく、ショックで声もでなかった」


「それで?」


「実は私、その頃まだ処女だったの」


「うん」


「そして、その男が初めての男に・・・」


「・・・」


(ひどい話)


「母が帰ってきた時、私の様子を見てすぐに察したらしく、隣で激しく男と言い争っていたわ」


「当然だよな」


「そしたら、急に静かになったの」


「まさか、始まった?」


「そう、息遣いだけ聞こえるから、仲直りエッチでも始まったのかと思ったの」


「あちゃー最悪じゃん」


「でも、いつもの男女の息遣いが全くしなくて・・・」


「え?」


「何となく様子がおかしいから、そっと隣の部屋をのぞいたの」


「そしたら?」


「部屋の中が血だらけ」


「え~」


「母は包丁で切りつけたらしく、男は大量に出血していたの」


「やばいね」


「母は興奮状態だったけど、私に救急車を呼ぶように叫んだわ」


「でも私は、こんな男は死ねばいいと思って母の言葉を無視したの」


「うんうん」


「しばらくして、母が自分で救急車を呼んだらしく一緒に病院へ行ってしまったの」


「そっか」


「母が警察に捕まってしまうのかという心配したけど・・・」


「そうだよな~」


「そのまま荷物をまとめて家を出たの」


「あら~お母さんはどうなった?」


「男は出血のわりには軽症だったらしく母も痴話喧嘩ということで捕まらなかったんだって」


「そうか」


「でね、家を出た後、二人で相変わらずいっしょに住んでいるのよ~」


「母もやはり女・・・悲しい性って事か~」


「そうだね」


「それから若い女が生きていくには年をごまかして体を売っていくしかなかったの」


俺は、そんな話を聞いているうちに、悲しくなって肉が喉を通らなくなる。


「なんか暗い話になっちゃったね」


「うん・・・・」


「どうしたの?お肉まだ残ってるよ。食べて」


「うん」


ホストとして、こんな事じゃいけないのだろうが由美を愛しく思ってしまう。


「もうお腹いっぱいだよ」


「もういいの?」


「うん、もういいや」


「じゃトイレ行ってくるね」


「オッケー」


俺は、待ってる間に思いが浮かぶ。


(このまま由美と離れたくない)


「さあて、行こっか!」


「会計は?」


「もう、済ました」


「お金・・・」


「何を言ってるのよ。そんなにお金持ってないでしょ?」


「ははは・・・面目ない」


「最初から出してもらうつもりなかったわよ」


「すまないね」


「細かい事は、気にしないの」


「ねえ・・・由美のホテルに行っていい?」

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