第72話 狐狩り
住宅街。
ディミトリは後ろを振り返って追跡している車を確認した。まるで他の車を蹴散らすかのように突進する二台が見える。
『灰色の車と黒のSUVが付いてきている!』
『分かっている。 しっかり掴まっていてくれ……』
運転手はバックミラーをちらりと見てアクセルを踏んだ。座席に押し付けられる具合で、加速されたのをディミトリは感じとった。
ディミトリは弾倉を交換した。そして、何気なくサプレッサーを見るとひび割れているのが見えた。
(チッ、コレが原因か……)
弾道が安定しないのは整備不良だと思っていたが勘違いのようだった。ひび割れから発射ガスが漏れて銃弾がぶれてしまったのだろう。ディミトリはサッサとサプレッサーを外してしまった。
その間にもディミトリたちが乗る車は住宅街を駆け抜けていく。追跡車は引き離されまいと加速してきた。
そんな、無茶な運転をする三台の前に、運送業者のトラックが横合いから出てきた。
『ヤバイっ!』
咄嗟にハンドルを切り、トラックをギリギリで躱していく。その後を二台の車が同じ様に走っていった。
自分のトラックの鼻先をすり抜けていくので運転手が驚愕の表情を浮かべていた。
だが、安心したのも束の間。今度は交通量の多そうな新道が前方に見えている。
『交差点で曲がるから掴まっていてくれっ!』
運転手は怒鳴るとサイドブレーキを引いて、車を横滑りさせ始めた。そして、新道の交差点内に侵入すると同時にアクセルを踏み込んだ。車は交差点を強引に曲がっていった。
後続した追跡者も同じ様に曲がろうとしたが、ハンドルを切り過ぎたのか車が違う方向に鼻先を向けてしまっている。
いきなり乱入してきた乱暴者たちに、普通に走っていた車からクラクションが鳴らされていた。
『くそっ! 前からも来やがったっ!』
運転手が怒鳴った。進行方向に見える正面の交差点を強引に曲がってくる車が見えた。
敵の新手であろう。反対車線を猛烈な勢いで逆走してくる。
(……)
逃げ込めそうな小道は無い。あるのは駐車場ビルしか無い様だ。
ディミトリたちの乗った車は、パチンコ屋に付属しているらしい駐車ビルに逃げ込んだ。追跡車も続いて飛び込んでいく。
その駐車場ビルは三階建てで、各階に六十台位は駐車できる中規模のものだ。パチンコ屋とは二階部分に通路が繋がっている。
『拙いな……』
ディミトリが呟いた。
『ああ、この状況は拙い……』
運転手も同意した。
駐車場ビルといのは、普通の構造していれば出入り口は一箇所だけだ。出口を抑えられたら、袋小路に追い込まれたのと一緒なのだ。
その事に気がついたディミトリは焦ってしまった。敵もその事は承知であろう。
(追い込まれてしまったのか……)
灰色狼たちはドローンを使って、状況をコントロールをしているのだ。送られてくる画像を見ながら追跡車両を適切に配置しているのだろう。そして、それは成功しつつある。
(拙いな。 どんどん敵の罠に嵌りまくっている……)
一階から二階。二階から三階と三台の車は走り抜けた。後ろの車は前に出ようと前の車はその進路を妨害する。
(くそ…… 狐狩りの狐の気分だぜ……)
そんな事を考えていると屋上に出てしまった。屋上にはまばらに車が停車されていた。
『一旦、停めてください……』
『了解!』
運転手はディミトリの意図に気が付き車を入り口に向かって停車させた。ここで迎え撃つ為だ。
(殲滅は不可能でも時間稼ぎは出来る…… かも?)
ディミトリと運転手は入り口に向かって銃を構えた。それと同時に白い車と黒いSUVは飛び出てきた。
二人は二台に向かって銃を撃ちまくった。
『今だ!』
ディミトリの乗った車は屋上から三階に降りていった。後ろからはまだ追跡車はやって来ない。立て直しに時間が架かっているのだろう。
『これで入り口の一台を潰せば何とかなる……』
僅かな活路が見えてきた気がした。ディミトリも運転者も安堵した。だが、気の緩みは禁物なのだ。
軽トラックに何かの荷物を積もうとしている、小型のフォークリフトが目の前に現れた。
『危ないっ!』
車は慌ててハンドルを切り替えしたが間に合わない。そのままフォークリフトに突っ込んでしまった。
ディミトリは咄嗟にシートベルトに腕を絡めて身構えた。こうしないと衝突のショックで車外に投げ出されてしまうからだ。
運転手は自分のシートベルトをしていなかったようだ。彼はフロントガラスに頭から突っ込んで窓枠ごと外に投げ出されていった。
(畜生…… ツイてないぜ……)
ディミトリは車の中からヨロヨロと抜け出した。追手の車が盛んにタイヤの音を響かせながら近づいて来ているからだ。
投げ出された運転手は跳ね飛ばしたフォークリフトの傍に倒れている。運転手の肩を揺さぶってみたが、彼は何も言わなくなっていた。
最初に現れたのは白い方の車だった。ディミトリは柱に隠れて立ち銃を構えた。
白い車の運転手は速度を緩めずに迫ってきた。そして運転席の窓から銃を突き出している。
(それは無理だ)
ディミトリは運転席に向かって引き金を引いた。三発程撃つと運転席が血で染まり、車は停車していた車を巻き込んで停車した。
その脇を黒いSUVはすり抜けてディミトリに迫ってきた。
(邪魔っ!)
ディミトリは車に向かって銃を撃つと同時に停車した車に向かって走り出した。二発は当たったようだが何事もなく走っている。
黒いSUVは壁際まで走って反転しようとしていた。
ディミトリが車の中を覗き込むと、運転手は絶命しているらしかった。助手席にもうひとり男が居た。怪我をしているらしく呻いていた。時間が無いので銃撃して永久に黙らせてやった。
(お前も邪魔っ!)
運転席から運転手の死体を外に放り出すと乗り込んで走らせた。バックミラーを見ると直ぐ傍まで黒いSUVはやって来ている。
車を運転しながら逃走経路を色々と考えたが名案が浮かばない。その間にも黒いSUVから銃弾が飛んできている。
駐車場ビルの同じ階を二台の車は競り合うように走り続けた。
もちろん、ディミトリも銃で反撃している。車のタイヤの軋む音と銃の発射音がビル内に鳴り響いていた。
(くそっ、サプレッサーを外したのに全然当たらないっ!)
追跡している車を銃撃しているが肩越しなので当たらない。そこでサイドブレーキを引いて車をサイドターンさせた。
そして、ドアを開けたままバックで下がり、停めてあった車でドアを弾き飛ばした。
(よっしゃ、これで銃で闘える!)
彼はバックで車を走行させ、運転席から銃弾を放ち続けた。追跡者も負けじと銃を撃ってくる。
何発かが車に当たり火花を散らした。お互いに速度を緩める気配は無かった。
駐車場ビルの壁が迫ってきていた。
(運任せだが……)
ここは立体駐車場の三階だ。それは隣接するパチンコ店の屋上の高さでもある。距離は或るが上手くすれば着地出来て窮地を脱することが可能なはずだと考えたのだ。
(さあ、付いて来やがれっ!)
車をバックのままで思いっきりアクセルを踏み込んだ。車の床と一体化しそうな位に力強くだ。
ディミトリは車が縁石を乗り越えようとした瞬間に、助手席に倒れ込みシートベルトを腕に巻きつけた。
これならかなりの衝撃を耐えられるはずだ。
ガンッ!
車は腰の高さほどの壁を破壊して、空中に飛び出していく。そして、その先にはパチンコ屋の壁が見えていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます