第67話 人気者
コンビニからの帰り道。
シンイェンはコンビニで買って貰ったお菓子が気になるようだ。袋の中を時々眺めてニコニコしている。
きっと、身内と連絡が取れて気が緩み始めたに違いない。スキップしながら歩いているのが証拠だ。
一方、ディミトリは録音しておいたシンイェン親子の会話を翻訳ソフトを通して聞き直していた。
シンイェンの父親が警察に届けているか気になっていたからだ。
だが、父親は届け出はしなかったようだ。話の内容からして父親は黒社会と深い繋がりがあるらしい。
彼からすれば警察に届けても、まともに聞いて貰えないと考えたのかも知れない。
(まあ、その辺はどうでも良い……)
娘の無事を喜んでいるようなので、直ぐに敵に廻るとは考え難かったのだ。
(チャイカの本名を父親は知っているのか……)
シンイェンの父親はチャイカを知っていた。ならばディミトリの事も知っているかもしれない。
その辺は彼に逢って話を聞き出そうと考えていた。ひょっとしたらクラックコアの詳しい話を聞ける可能性があるのだった。
(チャイカは裏社会とコネ付けるのが上手いからな)
きっと、同じ様な匂いに惹かれ合うんだろうと考え、ディミトリは鼻で笑ってしまった。
自分もそうだからだ。
(つまり俺は中国の黒社会でも人気者って事なんだな……)
そう考えると笑いがこみ上げて来てしまった。
世界中の犯罪組織を敵に回しているかも知れない状況に笑うしか無いと思っているのだ。
クスクス笑いながら歩いているとシンイェンが不思議そうな顔で見ていた。
アオイのマンションに到着すると、アオイとアカリの姉妹は先に帰っていた。そして、シンイェンを別室に連れ込み『カワイー』と言いながらシンイェンを着替えさせている。別室に運びきれ無かった着替えが部屋の大部分を占めていた。
ディミトリは所在なさげに居間で待たされた。その間も翻訳されたシンイェン親子の会話をチェックしていた。
着替えが済んで再び現れた彼女は愛らしい少女に変身していた。
『おまえ かわいい』
ディミトリのお世辞にシンイェンは顔を赤くして照れていた。
シンイェンと父親との電話の内容をアオイたちに伝えた。
「シンイェンのお父さんが明日には香港から来日するそうだ」
「そうなの?」
「ああ、その時に彼女を父親に渡してお終いだ」
「良かったね」
姉妹は口々にシンイェンに伝えていた。シンイェンも言葉が分からないまでも、姉妹が喜んでいるのが分かるらしい。
一緒に微笑んでいた。
「だから、それまで泊めて上げてくれ……」
「うん、良いよー」
次はアオイへの聞き取り調査だ。彼女が誘拐された経緯が知りたかったのだ。
「まず、アオイが拉致された経緯から聞かせてよ?」
「病院から帰ろうとしたら車に押し込まれたのよ……」
「それってロシア人だったの?」
「ううん、日本人だったよ?」
「ロシア人たちは船に乗ってたんだ」
「そう……」
病院を辞める手続きに行った帰りに拐われたと言っていた。
つまり、アオイが病院を辞職する事を、直ぐに知る事が出来る人物。それと、ロシア系の連中に連絡が取れる人物が居るのだ。
(行方不明が発覚する前に身柄を拐った訳か……)
普通は退職した人を追跡することは無い。なので、専門家で無ければ特定の人物を追いかけるのは困難だ。
(だが、鏑木医師は中華系の連中と組んでいたよな……)
大川病院関係者の中に、中華系とロシア系の二つのグループがあると考えればシックリ来る。
「引き留めとか無かったの?」
「うん、全然無かった。 分かりましたと言って事務書類を作成するだけで終わった」
「ふーん……」
大手の病院では深刻な医師不足だと聞く。それにも関わらずに退職をあっさりと認めた。
つまり、連中は病院と彼女の関係を消した上で、拐いたかったのだと推測が出来る。そうなれば行方不明になった彼女を探す人間が減ることになるからだ。
(ふむ…… 必要な事を聞きだしたら始末されるか売り払う所だったのか)
どうやら、絶妙なタイミングでアオイを救い出したのだと気が付いた。
ここで、ディミトリは有ることを思いつく。
(何故、アオイやアカリから俺に辿り着くと分かっていたんだ?)
一番の疑問はここだ。
ディミトリがアオイの所に出入りするのは、医療的な必要がある時だけだった。それもここ数週間の出来事だ。
日常的に出入りしていた訳では無かった。
大川病院に通院してた時には、アオイとは知り合いでも何でも無かったのだ。
(ロシア系の連中はアオイの事は知っていたという事か?)
アカリが自分と接点があると言う事は、廃工場で連中の手下を始末した時にバレたのであろう。
だが、アオイとは廃工場には行っていないのだ。
(俺の監視がまだ続いているのか?)
そう考えないと辻褄が合わなくなるのだ。
(要するに俺の記憶を取り戻させる為に泳がされていたのか?)
記憶がどの程度まで回復してるのかを確かめたかったのかも知れない。
そんな疑念がディミトリの中に湧き上がってきたのだった。
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