第61話 何も映さない瞳
モロモフ号。
ディミトリは銃を構えたまま、男たちと睨み合っていた。チャイカの他にAK-47を構えたのが二人居た。
AK-47とは旧ソ連で開発された自動小銃。どんなに悪辣な環境であろうと弾が出る傑作品だ。
世界中で模造品が製造されている。彼らが構えているの、その一つだろうとディミトリは思った。
「……」
一方、脅された当事者であるチャイカは平気な顔をして泰然としている。何か秘策が有るのであろう。
『船の底に隠した麻薬なんて無いよ』
そう言ってチャイカは笑った。どうやら麻薬取引は既に終了しているらしい。
『お前がシリアマフィアから掻っ攫った金を返しな』
「!」
瞬間。ディミトリの中で失われていた記憶が蘇る。ノートパソコンの画面が浮かんできたのだ。
そう。ディミトリは最後の瞬間まで金の転送作業をしていたのだ。金はもちろん麻薬取引の金だ。仰け反りそうな金額だったのを思い出した。
それから、自分の口座の金額がモリモリ増えていくの眺めている記憶も思い出した。
(それで狙われていたのか……)
中国人にしろロシア人にしろ、危険を侵してまで自分を追いかけ回す理由が分かった。
麻薬取引であれば結構な金額に成る筈だからだ。
『あれは俺の物なんだよ』
そう言えば、事前に金に関する事を言ってきたのはチャイカだった。ノートパソコンへのアクセスの仕方と振込先の口座も彼が教えてくれた。
だが、ディミトリが振込先を勝手に変更したので計画が狂ったようだった。
『折角、お膳立てしたのに、お前さんが全部パアにしやがった……』
(やはり、あの爆発はお前が仕掛けた物だったのか……)
ディミトリが覚えているのは、爆炎が迫ってくる光景の中で逃げようとする仲間たちだ。
自分を吹き飛ばした爆風が収まった時に、自分を見ろしている人物が居たのは覚えている。
それがチャイカだったのであろう。
「なんだ…… 拷問でもするのか? 知らないものは答えようがないだろう?」
ディミトリがふてぶてしく答えた。
通訳が翻訳し終えると、チャイカは笑い声をだした。想定済みだったのであろう。
『ははは、お前が拷問に慣れているのは知っている』
実際は、ちょっと痛い思いをすると気絶してしまうが、彼は知らないようだった。
最近はイメージトレーニングで凌げるようになったとは言え万能では無い。今の状況では拷問は耐えられないだろうとも考えていた。
『お前が子供にトラウマを抱えているのは良く知っているよ?』
チャイカの後ろから、一人の男が子供の首を捕まえながら現れた。きっと、アオイが言っていた人身売買用の子供だろう。
彼女は人形の様に連れてこられた。
『だが、子供が拷問されても平気で居られるかな?』
(クズが……)
チャイカの右隣に来た男は、子供の顔を見せようと髪を引っ張った。
全てを諦めているのか何も映さない瞳をディミトリに向けていた。
その目にディミトリの心が動かされる。
『さっさと銃を捨てな』
(俺には関係ない…… 俺には関係ない……)
ディミトリは自分に言い聞かせた。ここで、同情しても助けることが出来ない。
恨むのなら自分が信じている神を恨めば良い。『もし』居るのなら助けてくれるだろう。
彼は目を瞑ってしまった。
(声を出さないのは、出すと殴られるからだろうな……)
子供の頃は近所の商店から食料品を盗まされていた。
時々、店主に見つかってボコボコに殴られるが、自分の母親は見ているだけで助けてくれなかった。
最初は上手に盗め無かったので、怒っているんだろうと考えていた。
だが、他の子供と遊ぶようになって、盗みなんかやらないと聞かされて衝撃を受けたのを覚えている。
多分だが、鬱憤を晴らす為にやらされてたんだろうと今なら考えられる。
(実際、禄でも無い親だったよな……)
子供の絶望が自分の幼い頃とダブって見えるようだ。生きるのも死ぬのも絶望にしか繋がらない。
チャイカと子供を捕まえている男はニヤニヤと笑っている。ディミトリの焦る姿をあざ笑っているのだ。
(クソがっ!)
ディミトリは左手でコインを弾き飛ばした。コインは高い金属音を鳴らしながら空中に上がっていく。
部屋に居た全員がコインを注視した。
その時。
「!」
部屋中が閃光で満たされた。カメラのストロボを焚かれたような感じというと分かり易いかもしれない。
ディミトリが弾き飛ばしたのは、アルミニウム粉末と過塩素酸カリウムで作ったお手製のスタングレネードだ。
本物の様に何秒間も光らないが、今のような状況下では相手の気を反らせるのに使える。事実、部屋に居た全員が目を瞑っていた。薄暗い部屋でいきなり光らせたのだから当然の反応だ。
ディミトリは最初に子供を掴んでいる男を撃った。肩に被弾した男は子供を手放してしまった。
次の弾は自動小銃を持っている男だ。腹に銃弾を受けた男は床に転がってしまった。
三番目にチャイカを狙った。しかし、閃光弾に気付いたチャイカは隣に居た男を盾にした。弾は盾に当たったがチャイカは踵を返して逃走を始めてしまった。流石、ディミトリの戦友だ。中々のクズっぷりを発揮していた。
ディミトリは直ぐには追わずに、部屋に残っている男たちを次々と銃撃していた。生かしておいても後ろから撃たれるからだ。
『ここ 待つ 良いな?』
ディミトリは辿々しい中国語で子供に言うと、彼女は最初ビックリしていたが何度も頷いた。
突然だったが自分に意地悪する奴をやっつけたので味方と認識したようだ。それに言葉が通じる相手だとも思ったのだろう。
(てめぇは生かしておかない……)
ディミトリは倒れた男から自動小銃を手に取り、チャイカの追撃に走り出したのだった。
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