第41話 リアルな頭痛

自宅。


 ディミトリは頭痛に悩まされていた。自分を取り巻いている環境もそうだが、今はリアルな頭痛の方が問題だ。

 大川病院には鏑木医師が、目の前で殺されてからは行っていない。他にもグルになっている医者がいるかも知れないからだ。

 それに腹に銃痕とひと目で分かる傷がある。これは見つかるとかなり難しい事態になるのは分かりきっている。

 なので医者にかかる事が出来ない。


(処方されていた薬の効きが良かったんだがな……)


 薬ノートに記載されていた薬名を手がかりに、処方箋が作れないかアオイに頼んでみようかと思っていた。

 或いは市販の薬で代替が利くものでも良かった。

 ディミトリは腹の傷を見せに毎日アオイのアパートに通っているのだ。その時に頭痛薬の事も頼んでみるつもりだった。


(名前が分かっているからどうにかなるだろ)


 そんな事をぼんやりと考えながら短髪男に持たせたスマートフォンの位置情報を眺めていた。

 彼らは遺体を車に積み込んで移動していった。アカリが後を付けるのかと聞いてきたが辞めにした。素人の追跡ではバレてしまうし、彼女を人質に取られたら面倒になるからだ。


(そんな危険な役は田口の兄貴で十分。 いざとなったら見捨てれば良いし……)


 そこでスマートフォンの位置情報を、後で地図と照らし合わせるだけに留めた。

 スマートフォンは一旦山奥に移動した後に繁華街に移動して切れた。切れたのは箱か何かにしまわれたのだろう。


(要するに人目につかない場所って事だな……)


 山奥に移動したのは死体の処分のため。繁華街は彼らの根城だろうと推測した。

 腹の傷からの出血が止まったら、田口兄を脅して偵察に行ってみるつもりだった。


(日本にチャイカが居るのは偶然では無いだろうな……)


 チャイカ。本名はユーリイ・チャイコーフスキイと言っていた。ディミトリはGRUの工作要員であろうと睨んでいる。


(まあ、仕事で工場爆破をやったんだろうが、仲間を巻き込んだのは許せねぇな……)


 日本に居るのなら昔話でもしに行かなければならない。それも念入りに下準備をしてからだ。

 そして自分を付け狙う理由もだ。


(あの中華の連中もチャイカの仲間なのか?)


 頭痛もそうだが、中華系のグループが何も仕掛けて来ないのも頭の痛い問題だ。

 医者を抱き込める程の組織力があるのなら、廃工場の時にディミトリの身柄を確保に動くだろう。

 あの時には自分を監視している不審車が傍に居なかったのだ。彼らは家にディミトリが居ると思いこんでたはずだ。


 それが無かったので違うグループなのかとディミトリは思い始めていたのだ。

 チャイカが中華系の連中と別口なら、ロシア系のグループということになる。


・鏑木医師を始末した中華系グループ

・自分を罠に嵌めたロシア系グループ

・自分を監視している不審車グループ


「んーーーーー、三つも有るんか……」


 自分の人気ぶりに呆れてしまった。

 もっとも、彼らが連携していないっぽいのはありがたかった。



 翌日、学校に行くと田口が出てきていた。一週間ぶりになるのだろう。

 何故かオドオドしながら教室に入ってきた。


「よお」

「!」


 ディミトリが声を掛けると、田口はビクリとして下を向いてしまった。


「大串はどうして出てこないんだ?」

「知らないです……」

「そう……」

「ハイ」

「じゃあさ、お前の兄貴に伝言頼まれてよ」

「ハイ」

「車の助手席の後ろにポケットが付いてるじゃない?」

「ハイ」

「そこにスマートフォンを入れてたのを忘れていたんだわ」

「ハイ?」

「俺に渡してくれる?」

「ハイ……」


 田口は再び俯いてしまった。額に汗を大量に浮かべ始めていた。

 彼にとってディミトリはストレスの元になるのだろう。本当は車内の会話を聞いていたのも教えたかったが止めにしておいた。

 田口くんと楽しい会話をしていると、ミリタリーオタクの田島がサプレッサーの試作品が出来たと言ってきた。


「どうよ。 カッコ良く出来ただろ?」


 新品のベレッタに装着してカメラの前でポーズを取った画像を見せてくれた。その出来栄えに彼は満足したようだ。

 何故、写真を撮る時にサングラスを掛けていたのかは聞かないであげた。似合っていなかったのだ。


「実際に撃ってみた?」

「いや、弾出るわけでも無いし、意味が無いからモデルガンではやってないよ?」

「ふーん……」

「でも、試す方法ならある!」

「どうやるの?」


 モデルガンに装着してもサプレッサーの効果は分からない。何しろガンバレルを鉛で潰してあるので発射炎が出てこないのだ。

 そこで鉄パイプに爆竹を詰めて、サプレッサーの試し打ちをやってみようと言い出した。帰宅後にテストして見るつもりだった。


(まずは減音の効果を確かめてから実銃の奴を自力で作るか……)


 どうせ注文した3Dプリンターの到着は何日かある。

 実物は兵隊時代に使ったことはあるが構造については知らなかった。ネットで検索してみて、初めて理解したくらいだ。

 それを改造して実用化するには、試し打ちが必要だったのだ。幸い、実弾は百発以上ある。


 チャイカはディミトリの事に気が付いているに違いない。だから、罠に嵌めようとしたのだろう。

 近い内に必要になるのは目に見えている。急ぐ必要があった。




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