第14話 勇者の撃退
「はい、いきんでください」
「ん、んん~~~~~~~っ!!」
フルーダの声が宿に響く。
産気づいてからもう5時間。
あたりはすっかり夕方だ。
宿屋の周りは広場のお祭り騒ぎと同様に、フルーダの出産を待ちわびる人が集まっている。
出産に立ち会えるのが女性だけということで、あつしくんには外に出てもらって、途中で合流したチヒロも外で待機してもらっている。
なにやら話したいことがあるらしいが、それはこの出産が終わってからだ。
「はーい、おちついてください。呼吸を整えましょう。ひっひっふー」
「ひっひっふー……んぅううんっ!」
仮分娩室にいるのは、フルーダ、フリーム、みっちゃん、イグニラ、そして産婆さんだ。
フルーダは手を傷つけないように布を力いっぱい握りしめる。
最初はフリームがずっと手を握っていようとしていたみたいだけど、出産のときに入れる力はとてつもない。
だからわたしが心配そうにずっと手を握っていようとしていたフリームを引きはがした。
産婆は出産の立ち合いには慣れているようだけど、持っている知識はほとんどわたしたちと大差はなかった。
わたしたちは呼吸法などを知っているだけで、赤ちゃんの取り上げ方もわかんないけど、産婆さんと互いに知識を合わせながら、フルーダの出産に立ち会っている。
これはフリームの将来のためでもあるし、知っておくべき、見ておくべき事柄だからね。
………。
呼吸法を用いても、痛みのあまり途中で力を入れている方が楽になるのか、ぐっと力を籠めるフルーダ。
「あ、あたま出ましたよー。もう少しです、フルーダさん頑張ってください!」
みっちゃんがフルーダを励ましながら赤ちゃんの様子を伝える。
5時間かけてようやく頭が出たのね。長い人は30時間も戦わないといけないみたいだし、思ったよりも早かったってことかしら。
「チカ………」
「………ん?」
イグニラがフルーダの額に浮かぶ汗をぬぐってからわたしの隣に来ると、小声で話しかけてきた
「人が産まれるときって、こんなに辛そうで、苦しそうで………命がけなのね………」
「………そうね」
何を思っているのか、イグニラは己の額に浮かぶ汗を、長い袖で軽く拭ってから、緊張した様子でフルーダを眺める
気が付いた時には、いつでも取り出された赤ちゃんが産湯に浸かれるように水を人肌に温めなおすのを忘れない。
人間とは敵対関係にある魔族の幹部。
ヒトの出産を見て何を思うのか。
「………イグニラのお母さんも、命がけでイグニラを産んだはずよ」
わたしがそういうと、イグニラはひどく寂しそうな表情でほほ笑んだ。
「私に母親はいないわ。だから、母に対する感謝も、その母の慈愛も、わたしには未知のものなのよ」
「………。」
沈黙。
地雷を踏んでしまったのかしら。
そんなわたしたちの沈黙を破ったのは、「ぁぁぁぁ!! ぅぁぁぁぁぁ!!」という小さな泣き声だった。
「おめでとうございますフルーダさん! 男の子ですよ!」
みっちゃんが取り上げた赤ちゃんを産湯に浸け、へその緒を取り除き、体が冷えないように布で包んでフルーダに抱かせていた。
「母の愛も知らないし、お父様は封印されているから見たこともないけれど………」
イグニラの視線は出産により体力を失い、疲れ切っているにもかかわらず、慈愛に満ちた表情で赤ん坊を抱くフルーダに向けられていた。
「家族って………いいわね」
お産が終わったことにようやくイグニラは肩の力を抜いてほっと息を吐きながら、ぽつりと呟いた
「………そうね」
親の顔を知らないのは、イグニラもわたしも同じだ。
うらやましそうで、自分では決して手が届かなくて
☆
宿屋の外では、暇を持て余していたのか、あつしくんがへその緒を入れる箱を作って待っていた。
日付が書かれた小さな箱の中には綿が詰められ、そこにへその緒を入れて保管するようにとみっちゃんにその箱を渡していた。
フルーダはまだ疲れているから動けないもんね
へその緒を保管する習慣がないのか、周囲の人たちは訳が分からない顔をしていた。
デリカシーのない人はみっちゃんへのプレゼントかと噂している人も居たが、正直、なんだっていい。
「………あつしくん、もう入っていいよ」
「ああ。勇者(笑)も居るけど、大丈夫か?」
「勇者(笑)じゃない。きちんと勇者だ」
親指で隣をくいと指さすあつしくん。
聖剣を抜いたというのに、どこにも聖剣らしきものを持っていないわね。
わたしはチヒロを見上げると
「………客(笑)ならいいけど、そうじゃないならデストロイ」
「客とそれ以外の格差社会!! 理不尽すぎる!!」
ああ、いいわね。
適切なツッコミは心の清涼剤だ。
「………ん、合格。入ってよし」
「昨日もそうだけど、その判断基準はいったいなんなんだ………」
ボケツッコミの適性検査よ。
「………フルーダと赤ちゃんが奥で寝てるから、なるだけ静かに」
「わかった」
いつ生まれても大丈夫なように、ベビーベッドは準備してあった。
赤ん坊はその中で指をくわえて寝ているよ。
とはいえ、ここからは休息などない。2,3時間おきに赤ん坊は目を覚まし、飯をよこせ、おしめが汚い、痒い、寝にくいと泣き叫ぶのだ。
しばらくはフルーダもベッドから動けないから、ここからの切り盛りはフリームの手腕にかかっている。現在は、フリームとイグニラが店番をしている。
今日の食堂はフルーダのお産につき臨時休業だ。
わたしが手伝うとはいえ、帳簿、ベッドメイク、受付、料理と動けない日々が続くだろう。
「とりあえず、私たちの部屋でお話ししようか。千尋くんもそれでいい?」
「ああ、それでいいよ」
というわけで、チヒロを連れてわたしたちの部屋へとご案内。
3階の隅っこである。
「おじゃまします………って、思ったよりも狭いな………」
おそるおそる部屋に入ると、チヒロは思ったよりも狭い部屋に目を丸くした。
あたりまえよ。基本的に机とベッドがあるだけなのだから。
旅館とでも思っているのだろうか。
というか、あなた昨日泊まったでしょ。
「そりゃあ、一人用の部屋を3人で使ってるからねー。いっつも寝るときは私とチーちゃんがあっちのベッドをつかって、敦史がそこのソファで寝てるの」
「3人とも一緒の部屋!? それって、大丈夫なのか? 男と一緒の部屋で………」
まぁ、普通なら同じ部屋というのはまずかろう。
「んー? チーちゃん、なにか問題ある?」
「………ナッシン」
「だよねー」
でも、もともとわたしたちはルームメイトだ。
施設の機長である風間一番も、すべて知った上でわたしたちを男女混合でルームメイトにしていた。
別に何か間違いが起こったことはないが、何かあったとしても、それをデータとして採るくらいのことはするはずだ。
『超能力者同士による性交渉の結果』うんぬんだとか。ストレスに悩まされてルームメイトで恋仲になっていた部屋もあったらしいもんね。
とはいえ、超能力者になったら性欲は薄くなる。体中を弄られてホルモンバランスが崩れるのだから、仕方ない。
というか、育ちの遅いわたしでは、未だに初潮も来ていないというのが、最大の悩みどころなのだけどね。
「………わたしたちは、施設にいるときに互いの裸なんか見慣れてる。間違いがあったとしても、気にしないし、問題ない。」
「そうそう。いまさら欲情なんてしない間柄なんだよね。あ、千尋くんはそっちの椅子をつかってね」
みっちゃんがうなずきながらベッドに腰かけ、この部屋用に用意した机と椅子を指し、その椅子に座るように促す。
「………正直、あつしくんのソファは寝にくいだろうから、3人で同じベッドでもいいとさえわたしはおもっているのだけど………」
「俺は一緒のベッドに入ってもいいけど、3人はさすがに狭いし、チィは寝相がな………」
「………ガッデム」
苦笑しながらあつしくんがソファに座る。
わたしはみっちゃんの膝の上かあつしくんの膝の上かを悩んだ末………
ど・ち・ら・に・す・る・べ・か・ら・ず
よし。
指があつしくんを指したからみっちゃんの膝の上に座った。
そんなわたしのおなかに手を回して、頭の上に顎を乗っけるみっちゃん。
背中がふっくらと暖かくて柔らかい感触に包まれた
「本当に仲がいいんだね………」
少々うらやましそうにわたしたちを見回す千尋。
「………当然」
「私たちは3人で一つ。三位一体。一心同体。運命共同体の家族だからね」
そうそう。仲良くないとできないよ。
さて、全員が座ったことで、話を聞く体制に入る。
「それで、千尋くん。まず、聖剣を抜いたんだよね、おめでとう」
「ああ、ありがとう」
見ていないうちにチヒロが聖剣を抜いていたらしいが、聖剣を本当に抜いたようだ。
手をかざすと、どこからともなく刀が出現し、チヒロはその柄を握って前に出す。
「………これが聖剣」
「ああ、魔刀・
「わかったから、もう仕舞え」
覚えていないけど、わたしはこの刀を見て気を失ったのよね。
あつしくんがわたしに気を使ってすぐに刀を収納させた。
イグニラが言うには、魔剣を抜く、もしくは魔剣に選ばれると、魔剣は抜いた者と一心同体。つまり一体化するそうだ。
己の意思で出し入れすることができるとかなんとか。
身体能力も上がるし、物理攻撃が効かなくなったりする特典付きらしいよ。
なにそれチート乙。
物理特化のわたしは聖剣持ちと出会ったら即逃げでいいみたいね。
あれ、でもわたしはイグニラを睡眠中にボコったような気がする。物理が通用するなんらかの判定があるのかしら。
「それで、それを見せびらかしに来たわけじゃないんでしょう?」
ふふっとほほ笑みながら、みっちゃんが要件を早く言ってちょうだいと促した。
「ああ、実は頼みがあって来たんだ」
チヒロはそう言うと姿勢を正す。
「勇者様からの頼みたぁな。言ってみろ。頼みを聞くかどうかは別として」
やや高圧的な敦史君の物言いだが、頼んでいる立場なのはチヒロであり、こちらとしては相手が何を言い出すのか、うすうすだが判っているため、『話を
やや言葉遣いが荒くなるのも仕方ないことと言えた。
「俺は、魔王を討伐するためにこの世界に呼ばれたんだ。俺はまだまだヒヨッコだけど、キミたちは冒険者として登録してすぐに実力を示してランクを上げて行った。普通では考えられないくらいの速度で」
じっとみっちゃんとあつしくんを見つめるチヒロ。
「だから?」
「だから、その実力を見込んで、魔王の討伐に協力してくれないか? 同じ日本人が居ると気負わずにいられるし、精神的にも助かるんだ」
深々と頭を下げるチヒロ。
それは、わたしの時と同じ、魔王討伐の勧誘だった。
「っ………!!」
「………ッ」
「………。」
静寂。
ブルブルとみっちゃんの身体が震えているのが、わたしにも伝わる。
苦いものを噛み潰すような表情のあつしくんの『ギリッ………』という怒気にまみれた歯ぎしりまでも聞こえてきた。
わたしがみっちゃんの膝の上から飛び降りると、あつしくんとみっちゃんも同時に立ち上がった。
「………ッ、つまりっ! お前は、俺たちの平穏を奪おうっていうんだな」
「ちょ、ちょっと待ってくれ! なんでそんな飛躍してそんな方向に吹っ飛ぶんだ!」
下げた頭を上げてあつしくんを宥めようとするチヒロ。
悪いわね、あつしくんのこれはボケでもツッコミでもない、本心なのよ。
ツッコミは不要だ。
ふぅーっと息を吐いたあつしくんが、心を落ち着かせながら口を開く。
「俺はな、初めから冒険者なんかしたくはねえんだよ。金の入りがいいのと身分証のためだけだ。何が悲しくてそんな危険を冒してモンスターと戦わないといけない。命の危険を0にして、工場で働くなり農場で畑でも耕して暮らした方がいいくらいだ。なのに魔王の討伐だーあ? ふざけんなよ。お前にはわからんかもしれないがな、俺と美羽ねえには、守るべきものがある。命に代えてでも守りたい命がある。成せばならない約束があるんだよ。」
そういって、チラリとわたしを見るあつしくん。
「それを放り出して魔王退治? それはいつ終わる。もしもその旅に俺たちが同行して、もしチィが怪我でもしたらどうしてくれる?」
「そ、それはっ! その間だけ彼女はこの街に居れば安全のはず―――」
―――ドン!!
あつしくんがソファの手置きに拳をたたきつける
話を中断されたチヒロはビクリと肩を震わせ、そんなチヒロをあつしくんは青く輝く瞳でにらみつけた。
「前提が間違っている。ちゃんと俺たちの話を聞いていたか? 俺たちは三位一体。3人で一つの運命共同体だ。チィを置いてそこから離れるわけねえだろ。よしんば離れて行動したとしても、チィの生活を誰が保証してくれる? 俺たちはそこにいないのに、チィの安全と衣食住をお前は揃えてくれるのか? 魔王退治に出かけているのに? チィはまだ13歳。成人もしていないから働き口もないんだぞ。身体を売れってんなら、お前を今ここでぶっ殺しているところだ。」
「そんなことは言っていない! 彼女一人くらいなら、く―――」
「国の力に頼るなよ。勇者の一存なんかで名も知らない、たかが一般人の一人を優遇なんてできるわけがねえ。」
なぜ話を理解してくれないのか、わけがわからない。そんな表情でチヒロはあつしくんを見上げた
「出直して来い。お前は異世界に飛ばされ、困っている人を助けたくて、自分ならできると思い込んで舞い上がり、暴走しているだけだ。“命を預ける”ってのは、そう簡単にできることじゃねえんだよ。そんな今のお前みたいに頭のおめでたい奴にはとくに背中は任せられない。お前は、勇者の器じゃない」
あつしくんは親指を下に向けてチヒロを挑発。
その言葉にカチンと来たのか、立ち上がってあつしくんに詰め寄るチヒロ
「お前は、困っている人を助けたいとは思わないのか! 魔王が復活すると、人々が大変な目に合うんだぞ!」
「思わないね。俺が守れるのはこの両手が届く範囲だけだ。それでも不十分だから、3人で力を合わせて、この両手の範囲を守るんだ。ほかのことにまで構ってやれる余裕はない。」
チヒロの反論をバッサリとぶった切るあつしくん。
「どうしてそんな非情になれるんだ」
「おいおい、お前さんが俺に怒るのはお門違いだ。他人が困るのに、なぜ自分の“命”をベットしないといけないんだ。それこそ理解できない。この世界の命は軽いけどな。自分自身の命の価値は何よりも重い。自分の命を尊重しないで、理想論だけぶら下げて守るもクソもねえだろ」
研究所で、何人もの“死”を間近で見てきた。己の死もタイムリミットまで告げられてきた。
何においても、己の命を大事にしなくては、“次”は無いのだ。
そしてなにより、わたしたち3人は。わたしたち3人の命を最優先に考え、それ以外の優先順位は低い。
あつしくんじゃ話にならないと思ったのか、みっちゃんに視線をよこすチヒロ
「ごめんね千尋くん。私も敦史と同意見なの。私は自分の命が大事。チーちゃんの命も大事。敦史の命も大事。それ以外は、どうでもいいのよ。もちろん、私たちだってバカじゃないよ。私たちを引き裂かない限り、協力してあげることはできる。むしろしてあげてもいいくらい。」
わたしの肩を抱いて引き寄せるみっちゃん。それに逆らわずにすっぽりと胸に収まる。
「じゃあ」
「―――でもね、私たちは一つだけ譲れないものがあるの。あなたは何も知らずに土足でソレを踏み抜いた。私たちは3人一緒でなければ、
剣呑な瞳でチヒロにほほ笑む。
ぐっと息をのむチヒロ
「だったら『行けない』と一言断ればいいじゃないか。なんでそんな言い方するんだよ」
「はぁ………頭悪いなぁ………。」
拳を握り締めてボソリと呟くチヒロに、あつしくんは頭をガシガシと掻いてからため息を吐く。
「はあ!? なんで!」
「俺らが魔王退治に行けないと言って、お前が引き下がったとして、
「………は?」
「いいか? お前は国に召喚された勇者だ。そして俺らは若くして高ランク冒険者。国がスカウトに来ないわけがない。そしてお前も俺に目を付けた。つまり―――」
そういってあつしくんはわたしを見つめる。
なるほど、了解。
「………あちゃー、国に目をつけられたー。こりゃあか弱いわたしは人質に取られてあつしくんを無理やり国に従属させられてしまうー。どうしよー」
自分の額をペチコンと叩く。
まあ、わたしは人質にされるようなことがあったら、全力で地面を殴って地盤沈下させてから逃げ出すけどね。
「飛躍しすぎだしチーの棒読み加減にあきれるしかないが、まあ、おおよそそういうことだ。俺たちが拒否しようがしまいが、国が『協力しろ』なんて命令を出したら従うしかないし、その実力者のところにいる、いかにも人質にしやすそうな女の子がいるんだ。簡単に言うことをきかせられるなら、俺ならそのチャンスを見逃さねえ。捕らえて、従えさせて、人質は邪魔にならないように、処分する。そして、すで処分された人質のために俺は必死こいて国の傀儡になるってところだな。そうなる可能性があるから、国からの使者であるお前は信用ができない。」
「………。」
「ここで俺らが逃げたとしても、不敬罪やら命令無視やらなんらかの罪でもでっち上げられて最悪詰みだ。」
「これは国の命令じゃないし、俺からのただのお願いだ! そんなこともわかんないのか?」
今度はあつしくんに対し、チヒロはバカを見るような目でにらみつける。
はぁ、この人、立場わかってるのかしら?
「この部屋の外でお前のお仲間が聞き耳を立てているのにか?」
あつしくんの言葉にぎょっとして扉の方に視線を向けるチヒロ。
その瞬間、ドアの外で足音がした。
どうやら、こちらが察知していることに気付いてどこかに逃げたようだ。
「おい、まさか気づいていないのか? 自分が隠密に
目を丸くしてドアを見つめていた。その様子を見て、本当に知らなかったのだとわかる
もちろんわたしたちは、ドアの外に人が居るのを知っていた。
だから、チヒロをドアから最も遠い机の椅子に座らせたのだ。
「………危機感無さすぎだろ。でもコレでわかっただろ。勇者の意思は国の意思になりえるし、勇者だなんだ、聖剣だなんだと浮かれているようなアホに背中を任せる気はない。そもそも俺たちはチィと離れる気はないし、15歳を超えていないチィを冒険に連れていくこともできない。」
言外にわたしが足手まといだと言っているが、まぁ、実際そうなので黙っておこう。
体力ないし。
「ぐぅ………」
人望はありそうだけど、実力者の仲間と心を許せるものが居ないのだろう。
あつしくんの言っていることも、口は悪いが間違っていることではない。
それも理解して拳を握って唸るチヒロ。
そもそも、雄弁に語っているけど、あつしくんが言っているのは殆ど憶測に過ぎない。
こんなふにゃけた人が勇者として召喚されたのだ。国だって慎重になって隠密をつける。
わたしが同じ状況に陥ったら隠密を警戒するし、そもそも、国を信用しない。
そんな私利私欲で勇者として一般人を召喚するような国を、どうして信用できるだろうか。
「………チヒロ」
「………?」
わたしがチヒロに呼びかけると、顔を上げてわたしを見た
「………わたしは、昨日あなたに言ったはずよ。『わたしの居場所を奪わないで』と」
「え、そんなこと―――」
「………言ったわ。些細なタイミングだったから忘れたのかしら。でも確かに言っているのよ。わたしにとって、一番大事な約束を。」
押し黙るチヒロ。約束をした自覚がなくとも、自分が地雷を踏んでこうなっているのを理解してこちらに耳を傾けている
「………そして、チヒロはその約束をためらいなく破った。意識すらしなかった。わたしの一番大事なものを、踏みにじった。それはわかるわね」
「………」
「………今日のところは、出直しなさい」
「………。わかった」
顔を伏せてわたしたちの間を通り過ぎる
その顔が、まだ『なぜ自分が思った通りにならないんだ』と書いてある
なるわけない。世の中不公平なことばっかりよ。
そんな
人権を剥奪された地獄を経験したわたしたちは、身の安全を最優先しなくちゃいけない。
チヒロはただの学生。それが何の努力もなく筋力が付き、何の努力もなく能力が付いたら、増長してもおかしくない。
「………ぜったい俺の方が強いのに」
ドアを開けた去り際、ボソリと呟くチヒロに、あつしくんはやれやれと首を振った
パタンと閉じるドア。
「強さを求める時点でお前は弱いよ。必要なのは、どうやって生き足掻くか、だ。」
あつしくんは「さて」と腕を回してストレッチをすると、先ほどまでチヒロが居たことをなかったことにした。
終わったことは引きずらない。でかい釘を何本も突き刺したから、しばらくは勧誘もないでしょう。
「今日は仕事してないからな。チィ、筋トレするから夕食まで付き合ってくれ。美羽ねえは重力で負荷を頼む」
「………ん」
「おっけー。その後は私ね」
「おう」
服を脱いで腹筋を開始するあつしくん。
見事なシックスパック。いや、アレはむしろ芸術的なエロ筋肉だ。
そんなエロ筋持ちのあつしくんの足の甲におしりを下ろして足を抱きしめ、重し代わりになるわたし。
みっちゃんはそんなあつしくんの胸に手を添えて軽く押すことで負荷をつくる。
まあ、能力使わなくても、それで十分すごい負荷になるよね。
冒険者たるもの、日々の研鑽がものを言うのである。
さすがあつしくん。ポッと出の勇者とは格がちがう!
こうして、今日の聖剣・出産・勇者イベントは終了したのだった。
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