第11話  抜けない聖剣の台座をぶち壊すことに憧れるよね

      ☆ イグニラSide ☆


 そう、あれはフルーダとフリームにこの宿の業務内容を確認していた時のこと


 私の知覚できる範囲に明確な悪意を持った輩がいたのよ。


 私の耳にはそいつらの声がはっきりと聞こえたわ。



『おい、本当に大丈夫なのか?』

『ああ、問題ない。今日はあの化け物みたいな二人の冒険者も、その身内とかいうちっこいのもいない』

『竜殺しとその一行が気に入らないとか言っていた銀色の翼ってBランクパーティが奴らに一泡吹かせようといつも宿屋で受付をやってるちっこいのを誘拐したら、銀色の連中は竜殺したちに引きずられながらオーガに殴られたかのような大怪我を負って騎士団に突き出されたんだろ。』

『お前も知ってたか。そう、竜殺しのパーティは全員化け物みたいな強さらしい』

『奴らの弱点はちっこいのを守っていることからちっこいのが弱点だと思っていた。………。たが、ちっこいのに手を出したら最後。奴らは悪鬼の如く容赦なく殺しにくる。ある者はペシャンコにされ、またある者はいしゆみで蜂の巣にされたと聞くぞ。俺は不安で仕方ねえ』

『だから、今なんだよ。今日はなぜか3人で行動しているせいか、店番にはターゲットであるフリームしか居ない。奴らはちっこいのを護っているが、所詮他人であるフリームにまでは手が回ってねえんだ。』

『誰の目にも映らなければ、唯のガキ一人が行方不明になるごくごく一般的な話、か。』

『そういうこった。竜殺しの連中に勘付かれなければ勝ちだ。』


 明らかに、この宿屋に害をなそうとする連中だったわ。

 どういうわけか、フリームを誘拐しようとしていたみたいね。

 というか………チカ。あなた、誘拐されたことがあったのね


>………相手が盗賊だったならアジトを突き止めて一網打尽にしたかっただけ。あつしくんがすぐに助けに来たし、よわっちい冒険者だったけど。


 そ、話を戻すわ。私はフルーダに宿のことを教えてもらっていた時、フリームが受付を任されていたのだけど、その時に連中が動いたのよ



『オラァ大人しくしてろ!』

『い、イヤァ!』

『ヒャハハ! 竜殺しが居なけりゃこんなスムーズにことが運ぶのかよ! 拍子抜けだぜ!』

『むぐぅ! むぅーーー!』


 外にいた連中がフリームを無理やり誘拐しようとしていたの。


>………それで?


『待ちなさい!!』

『あん?なんだお前。』

『兎人族のガキがなんか用かよ』


『用もなにも、その子を離しなさい』


『むぅーーー!ぅぅうーーー!』


 私は飛び出して2人の男たちの前に行き、縛られているフリームを指したわ

 フリームは余程怖かったのでしょうね。怯えた瞳で私に助けを求める目を向けてきたわ




『ハッ、やなこった。』

『離して欲しかったら自分で奪いに来いってんだ』


『そ、舐められたものね。じゃあ遠慮なくやらせてもらうわ。その子は大事な上司なの。勝手に連れ去られるわけにはいかないのよ。灼熱の剣に貫かれてあの世で己の愚行を悔いるがいいわ』


 私は魔剣を現出させ、下段に構えたわ


『な、なんだよ、それ!』

『なにって、魔剣よ。この世界に存在する10本の魔剣のうちの一つ。灼熱の剣クトゥグア。』

『魔剣クトゥグア、だと!? あの邪剣の!』


『そう、その邪剣よ。あなたたちはあの子達がいないことで舞い上がっていたようだけど、運がなかったわね。あなたたちの敗因は、私の眼の前で愚行を犯したことよ。』


『真紅の髪に焔の魔剣………まさか、お前は!』


『うふふ、正解。あの世でフリームに謝りなさい。フリーム。目を瞑って』


『は、はい!』


『――《イグ・ザンワン》』


 フリームが目を瞑った瞬間。

 私はフリームを縛っていた男に向かって踏み込み、その腕を斬り飛ばしたわ。


 魔剣の範囲を伸ばし、自分自身の肉体をも燃焼させ、高熱を発する青く不気味な光りを発する魔剣は、腕を根元から切り飛ばしても血しぶき一つ上げさせないで、骨、血管、神経を全て焼き尽くして炭化させ、破壊した。


 こうなればもう治癒魔法ですらその腕がくっつくことはない。


『ぎぃ、ああァァあ゛あ゛あああ゛あァァあああ゛!!!?』


 激痛に堪らずフリームを放り出す男。


『炭化した腕の断面を削ったら、腕が短くなるかもしれないけど、まだ接着して回復できる見込みがあるかもしれないわね。頑張って』


 フリームは泣き顔でぐしゃぐしゃの顔のまま私の方へと倒れこんできたので、抱き寄せてからフリームを後ろへ隠すようにして、再び魔剣を構え直す


『さあ、次はあなたの番よ』


 私が残った男を睨みつけてそう言うと


『ば、化け物め!! クソッ!!! これでも食らいやがれ!!』


 錯乱した様子で剣を振り回してきたわ

 風を切りながら迫ってくる剣先を見つめて、私は笑ったわ。

 だってあまりにも可笑しかったんだもの


>………?


『フフッ、ざぁんねん。私の体は炎でできているの。物理攻撃が効くわけがないでしょう?』


 男の振るった剣は私の身体を素通り。

 そのままキンと澄んだ音を立てて地面にたたきつけられたわ。


>………素通り?


 ええ。私は魔王の娘にして炎の精霊。

 火に刃を向けても、実体はない。

 人の身で、実体のない私に物理攻撃を当てられる者などいないわ


『ひぃいいいい! クソッ! クソッ!! クソォ!! なんだってこんなことに!』


 攻撃も充てることができず、残った方の男は情けない悲鳴を上げながら走って行ったわ


 逃げ出す男。

 もちろん、この私があんな雑魚を逃すことはありえない。


『来なさい、フレアウルフ!』

『ガルゥ!!!』

『殺せ』


 しかし、その程度に体力を使うのはバカバカしいと思ったのよね。私は魔剣から炎の獣、フレアウルフを召喚して後を追わせ、逃げた男は裏路地で消し炭にしてやったわ


>………殺したのね


 ええ。もう一人情報源はいるのだし、生かしておく理由もないでしょう?


>………うん


『ギィ………お、おい………うでを、返し』

『ああ、これ? もういらないでしょ。そんなおいたする腕なんて。燃やしてあげた方が世のため人のためになるわ。』

『おい、やめろ、ヤメロォォオオオオ!!!!』

『あぁ………いい悲鳴。もっと聞いていたいところだけど、あなたにはもう飽きちゃった。燃えて無くなれ!』


 わたしは最後の仕上げに、腕を失った盗っ人さんの腕をつまみあげて真上に放り投げると、魔剣を振るってその腕を一瞬で炭化させた。

 今の人間族の魔法技術で腕を生やせるような魔法は無い。


 目の前の男の絶望の表情なんて、もう最っ高だったわ!


『あ、あぁあ………』


 残った左腕で何とか黒い炭を集めようとする男。触れるたびにボロボロと崩れる自分の右腕を見て絶望に震えるその姿、チカにも見せてあげたかったわ


>………悪趣味ね


『フリーム。これを縛り上げたら床を掃いてチカたちを追って聖剣を見に行くわよ』

『は………はい!』




       ☆ 智香side ☆



「それで、今に至るというわけ」



「なるほど。そんなことがあったのね………」


 相槌を打ちながら聞いていたイグニラの話を最後まで聞いたところで、みっちゃんがうなずいてイグニラを優しい瞳で見つめた


「そうか、俺はお前のこと嫌いだけど、フリームちゃんを守ってくれてありがとう。礼を言うよ」

「いいわよそんなの。私が気に入らなかっただけだし」


 あつしくんからのお礼を軽く払って、自分がわがままでしただけだと言い張る。

 もしイグニラが居なかったら、フリームが誘拐されていたのだ。


 なにやらフリームを狙う不穏な影があることには気づいていたけど、これは慢心だったみたいね


「………フルーダさんは、一人で残しているの?」


 しかし、そんな状態でフリームのお母さんを一人で残しているのも不安だ。

 フリームがこちらで一緒に行動するのは構わないのだけど、妊婦さんがが一人になるのもさっきの今では危ないのではないかと思う。


「いいえ、フレアウルフを護衛に着けているから安心していいわ。並大抵の冒険者程度じゃ歯が立たないBランクの魔物だから。私の言うことにも忠実だし、そこは信用してくれてもいいわよ」

「………そう、ならいいわ」


 わたしは安心して息をつく。

 いや、魔物と一緒って安心できるのかしら。

 何の気負いもなくイグニラがそう言っているから大丈夫だとは思うけど、少し不安になってきた


 そんなわたしの雰囲気に気付いたのか「大丈夫だって言ってるでしょ。働き口のオーナーを危険にさらさせるわけにはいかないじゃない。」と不機嫌そうに言われた。

 そこまで言われちゃ信用するしかない


「ふぅむ………。あとでなぜフリームを狙ったのか、確かめる必要があるな」

「そうだね。フリームちゃん、怪我はなかった?」


「はい! イグニラさんが助けてくれました!」


 あつしくんが眉を寄せて宿屋の方に視線を向け、みっちゃんがフリームを気遣うと、フリームは嬉しそうにそう語ってくれた



「………何はともあれ、無事でよかったわ」


 わたしも再び安堵のため息をついた。

 本当に良かった。取り返しのつかないことになる前にイグニラがフリームを助けてくれなかったら、あつしくんの豪運に頼らなければフリームを見つけることができなくなるところだった。


 それにしても………


「………? どうしたの、チカちゃん?」


 じっとフリームを見つめると、首をひねって

 こう、何度も問題に巻き込まれているフリームをみて、肝が据わっているんだか危機感が薄いのか、よくわからないわね


「………なんでもないわ」


 まぁいいわ。無事だったのならそれでよしとしましょう


 メンバーもそろっているようだし、聖剣を見に行こう




           ☆



「押さないでください、一人ずつ、一人ずつ順番にお願いします!」



 町の中心にある神殿にやってきたわ。

 するとそこは人混みでもうやばいやばい。


「………おえ」

「チーちゃん大丈夫!?」

「………人多すぎキモイ」

「俺だって似たような感想だよ。前来たときはこんなことなかったんだけどな。勇者効果か?」


 神殿には列ができており、聖剣を抜こうとしては抜けなくて、しかしながら本物の聖剣に触れられたことにテンションを上げながら次の人に譲る姿が見て取れる。


 そんな群衆を見て、わたしは気分が悪くなった。

 口元に手を添えてうつむくわたしの背中をみっちゃんが優しく擦ってくれるが、気分は晴れない


「………酸素が薄い」

「人が多いからな」

「………暑い」

「人の熱気ってすごいからねー」

「………帰りたい」

「なんでチカが来なければよかったと後悔しているのよ! もともとはチカが聖剣を見に行きたいって言ったんじゃなかったの!?」


 泣き言と文句を垂れるわたしにイグニラのツッコミが炸裂した


 とはいっても、正直なところ、人気のない神殿にぽつねんと置いてある聖剣をただただつっつくつもりだったのに、『異世界から召喚された勇者が聖剣を抜く』というイベントが今日行われるなんて知らなかったんだもの。


 仕方ないじゃない。


 『異世界の勇者が聖剣を抜く前にあわよくば自分が英雄に、あとみんなが置いて行った銀貨の山もほしい』と一攫千金と英雄願望が混ざったような連中がごった返しているのだ。



 聖剣を抜くことにチャレンジできるのは20秒。


 銀貨5枚で20秒を買うのだ。


 みんなが払った銀貨5枚は聖剣が抜けた時点でその人の総取りということになる。

 キャリーオーバー?


 おそらくだけど、払った銀貨の半分くらいは神殿の運営資金として回されるだろうし、大金を手に入れたことで金銭感覚が狂ってそのことにも気づかないんだろうな。



「そんじゃ、俺たちもさっさとならんじまおうぜ」

「………そうする」



 といっても、あつしくんとみっちゃんは聖剣を抜くのはだいぶ前にやったことがあるらしいし、今回はわたしの付き添いだ。


「あ、私も抜いてみたいから誰かお金貸してくれない?」

「イグニラちゃんはお金持ってなかったの?」

「手元に魔族の通貨しかないのよ。それじゃなかったら普通にお金持ちよ。宿屋に戻ったらすぐにでも返せるわ」


 どうやらイグニラも聖剣抜きにチャレンジしてみるようだ。

 魔族だったし、たしかすでに炎の魔剣を持っているんじゃなかったっけ?


 さっきの回想でそんなのが出てきてたし。

 ただ、イグニラはこの国の通貨を持ち合わせていないらしい。

 それはしょうがないことだ。


「なら今回は私がおごってあげる♪」

「いいの? たぶん私じゃ聖剣は抜けないし、お金を肥溜に捨てるようなものだと思うのだけど」

「いいのいいの。イグニラちゃんの就職祝いよ。お姉ちゃんに任せなさいっ♪」


 ドンと胸をたたいて形のいい胸がふるんと揺れる。


 ちなみにだけど、この世界にはブラジャーは存在するがまだ下町には浸透していないので、みっちゃんはノーブラのサラシである。


 わたし?

 ブラもサラシもいらないドラム缶ボディよ。どや。


「おっと、ここが最後尾ですか? あ、どうも。じゃあ後ろ失礼します」


 あつしくんが列の最後尾を見つけてそこに並んだので、わたしはあつしくんの服の裾を掴んで後ろについていく。


 みっちゃんはフリームとはぐれないようにフリームの手をつないで歩いていた。

 ふむ。どちらも顔立ちが整っているから年の離れた姉妹に見えなくもないわね



「………思ったよりも人が掃けるのは早い」

「そうだねー。長くても一人に30秒程度しかかかってないからかな?」

「ラーメン屋だったら7時間待ちくらいの長さだけどな」

「………あつしくん、ラーメン屋で例えても時間も列も長すぎて伝わらないよ。」

「これはわたしたちの番が来るまで結構時間はかかりそうだね」


 長蛇の列には変わらないのだけど、過ぎに人の流れに沿って歩くことになる。

 これはお金を払って聖剣を抜くのにチャレンジし、時間が切れたら係員が退室を願う。


 まるでアイドルの握手会ね。


「チカちゃんは聖剣が抜けたらどうしたいの?」

「………お金だけもらってチヒロにあげるかみっちゃんに渡す」

「ミウさんに? アツシさんじゃなくて?」

「………あつしくんの『集中』は遠距離からのサポート向きだから、剣を持つなら接近戦闘の破壊力があるみっちゃんが持っていたほうが効果的。というか、わたしたちにとって剣は邪魔でしかない」


 いつのまにか隣に来ていたフリームととりとめのない会話もしながら列はゆっくりと進んでいく。

 だらだらと列に従ってゆっくり歩いていると、後ろに人の気配が。


「ここが最後尾かい? セニョリータ」

「え? はい、そうですよ」


 どうやらわたしたちの後ろにも人がやってきたようだ

 そりゃあこれだけの列だ。わたしたちの後ろにだって人はつくよね


「おお、これはこれは美しいお嬢さん。是非お名前を聞かせてはくださいませんか。僕の名前は『ロイク・タッサフ』勇者チヒロよりも先に聖剣を抜く男の名前さ」


 そこにいたのは、金髪碧眼の『ザ・主人公』と言いたげな整った容姿のイケメンだった。


「そうよ! ロイクはすごいんだから!」

「オーガを一人で倒しちゃうんだから!」


 さらに気の強そうな女の子を二人も侍らせている!

 なんだこの世界は。主人公属性を持ったイケメン率が異様に高すぎやしないかしら?

 ロイク・タッサフと名乗ったその青年は、年のころは18歳くらいだろうか。

 背は高く、190㎝はありそうだ。

 筋力は腕の太さから察するにそれなりに高い。

 肉体改造を受けていない頃のあつしくんよりも筋肉質ところかしら。


 ロイクはキラキラとした効果を残しながらみっちゃんの手を取って自己紹介をし出す。


 『ファサッ』と前髪を書き上げてキラキラをまき散らし、ウインクをしてみっちゃんに自分を格好よく見せようとしていた


 ナンパ?

 ナンパなのかしら。

 こんな白昼堂々よくやるわね


 取り巻きの美人たちも「なんでこんな田舎臭い子に声をかけてるのよ」と不機嫌になっているじゃない。

 早くどっかいってくれないかな。

 相手がイケメンとはいえ、わたしの天使に触れるなと言ってやりたい。



「は、はぁ………私は菅原美羽………ミウといいます。」

「ミウさん! ああ、なんて素敵な名前なんだ。美しい貴方にふさわしい名前だ。それにその物腰………どうやら冒険者の方とお見受けします。どうです? もしよろしければウチのパーティに入りませんか? 『海竜かいりゅうつるぎ』というパーティです。聞いたことは」

「い、いえ………」



 みっちゃんが困惑気味に首を振ると、取り巻きの二人が「うそっ!」「知らない!?」と驚きを顕にする

 知るわけない。この世界に来てまだ二月程度しかたっていないんだ。みっちゃんがBランクになったのも異例のスピードらしいし、この町の冒険者事情にも疎い。



「海竜の剣を知らないなんて、どこの田舎娘よ!」

「ロイク様はシャークランドの闘技大会で優勝したこともあるのよ!」


 いや知らないっての。

 そんな肩書をナンパなんかに使うなって。


「さすがに2年前のゴブリン大繁殖事件はさすがに覚えているだろう。その時にもっとも功績を上げた冒険者のパーティは何を隠そうこの僕のパーティ、海流の剣さ!」

「へぇ、すごいですねえ」

「そうだろう、そうだろう。」


 みっちゃんの上の空のおべっかに気をよくして好感触だと思ったのかさらに続けるロイク


「ぜひともキミにはウチのパーティに入ってもらいんだ! 僕たちのパーティに入ればランクもすぐに上がるしお金だってすぐに溜まるよ!」


 うーん、後ろから聞こえるロイクの話を聞く限りわたしの耳にはこういう風にしか聞こえない。

 『君、かわうぃーね~☆ ボクのハーレムに入れてやってもいいZE☆』とね。



 だが、わたしの脳内変換とは裏腹に、取り巻きの子たちが大きな声でロイクの功績を宣伝するものだから注目を浴び始めていた


(おい、あれって『金剛剣のロイク』じゃないか?)

(本当だ、隣にいるのは魔導士のパリィとルルだぜ、どっちもかわいいなぁ)

(シャークランドの闘技大会で優勝したあの試合はすごかったなぁ)

(次期剣聖の噂もあるわよ)

(きゃー!ロイク様素敵!)

(俺は誰だ!?)

(あの歳で闘技大会の優勝できる実力もあるとか、反則だろ。しかもイケメンとか死んでしまえ!)

(こりゃあ勇者が抜く前にロイクが聖剣を抜いちまうかもしれねえな)



 と、かなり有名人だった様子


 しかし、この町での知名度ならこちらも負けてはいないはずだ



(でも見てみろよ、ロイクが声をかけてるのって、『竜殺し』んとこの“天使”だぜ)

(かわいいよな、ミウちゃん)

(ロイクの野郎、『竜殺し』から引き抜きとは度胸あるじゃねえか)

(俺は誰だ!?)

(おお、フリームちゃんとちっこいのも一緒にいるぞ。この前フリームちゃんに『お兄さん』って呼ばれちまったよ)

(隣の赤い髪の女の子も美人だなぁ。『竜殺し』もハーレム築きやがって………くたばりやがれ)

(ふふん、俺は今朝、あのちっこいのと赤毛にも『行ってらっしゃい』って言われたぜ)

(ぐお! 毎日フリームちゃんに挨拶されるために早起きしているというのに、なんだそのラッキーイベント! 俺が行ったときにはちっこいのはいなかったぞ!?)

(居たのは早朝だけだぜ。あの後すぐに厨房で仕込みをしていたのを見た)

(くぅ! 行っておけばよかった!)

(おいロリコンども。列進んでるわよ、早く進め)


 敦史君だって短期間でAランクに上がった『竜殺し』だ。

 この街中での知名度なら負けないはず………と思ったんだけど、なんかフリームの挨拶運動の知名度の方が高くない?

 あとちっこいの言うな。ミニっ子だ。


 まぁ、フリームがかわいいというのは同意だけど。



「ふん、なにやらこの町には『竜殺し』なんてのがいるらしいけど、僕は彼にだって負けないよ。どうせ運が良かっただけに決まっている! キミもそう思うだろう、ミウ」

「まぁ、『運がいい』ってのは否定のしようがないもんねー」

「だろう!? その点、僕には実力がある。そう思わないかい」

「どうだろうねー」


 優しく微笑んだまま、みっちゃんはロイクをいなし続けた

 実力があるのは確かなんだろうけど、あつしくんの豪運は別格だし、豪運を含めてあつしくんの能力だからあつしくんのポテンシャルはとことん高い


 たぶん、ロイクとあつしくんが決闘とかしたら、決闘当日に突然腹痛に襲われたりして、あつしくんが不戦勝するんだろうな


 なーんてことを考えていたら


「おい、喋ってないで歩けよ。列に大きな隙間作んなって。迷惑になるだろ」


 と、件のあつしくんから注意が飛んできた


 どうやら後ろの方でみっちゃんがわちゃわちゃとやっている間に列は進んでいたようだ。


「なんだい君は。僕はこのミウさんと喋っているんだ。関係ない人は邪魔をしないでもらえるかな」

「ああん? 関係ないだぁ? ウチの家族を勝手に引き抜こうとしてナンパしてるアホンダラを止めているだけだ。それに、後ろを見てみろよ………常識の抜けてるやつは、女にモテないぜ」


 どうやらロイクの方は『竜殺し』のことは知っていてもあつしくんのことは知らないらしい。

 あつしくんは額に青筋を浮かべながらふんと鼻を鳴らして親指で後方を指さす。


 そこには列が進まなくてイライラしている強面のおっさんが居た。

 また最後尾に人が増えている。しかも結構な数。


 わたしたちもだいぶ歩いたし、ロイクの方も長いことみっちゃんを口説いていたからね。

 当然か。


 あつしくんはそれだけ言うと、列に従って歩き始める。

 熱烈な歓迎を受けているみっちゃんの助けに入ろうという気はないらしい。


 そんなあつしくんの口先だけの注意を受けてなおロイクたちは

「なにあいつ」

「感じわるーい」

「はっ、モテない男の負け惜しみさ。それよりもどうだい、やはりウチのパーティに入らないか? あの男に無理やり働かされているんだろう? 僕のパーティに入ればもっと楽な暮らしができるはずさ」


 と再びみっちゃんの勧誘に戻っていた


「ちょっとアンタ、あのコ、大事な家族なんでしょ。なんでミウを助けないのよ?」

「その、私も気になりました。アツシさんとミウさんとチカちゃんはすごく仲良しだから………」


 列に戻ると、あつしくんはイグニラの指先も見えない長い袖にひかれて質問を受けていた

 フリームも強面たちに囲まれている状況に少しビビりながらわたしの手を握ってあつしくんを見上げる

 みっちゃんを助ける、か。 その発想はなかった


「助ける必要あるか? あの美羽ねえだぞ」


 何を当たり前のことを、とあつしくんがそう告げる。


「美羽ねえの能力値はNo.001だ。No.003の俺よりも実力が高いし、それに―――」

「………わたしたちの絆は、ナンパ男の方に簡単に転がるほど柔じゃない。」


 あつしくんに続けてわたしが説明に入った。

 どれだけの期間、苦楽………いや、違うか。「絶望」を共にしたと思っているのよ。

 相手がイケメン? そんなのあつしくんで見慣れているっての。

 あんな下半身でしか物事を考えてないようなアホンダラにみっちゃんが靡くわけがない。


 こちとら、超能力の実験を受ける過程で互いに裸を見慣れているし、見ても見られても何とも思わない。

 もはや性欲も枯れているといっても過言ではないくらいなのだ。

 朝、あつしくんのあつしくんが元気になっているのを目撃しても、ああ生理現象ねとあくびと一緒に一瞥するだけだ。


 ゆえに相手がイケメンであるとか、関係ない。

 わたしたちは家族だから。3人で一つだから。決して離れることはない。



「そーいうこった。美羽ねえを信用してんだよ。俺は」

「ふーん………たしかにミウの実力からすればあの優男やさおは釣り合わないかもね」


 みっちゃんのオーラを直接肌で受けておおよその実力を図ったのであろうイグニラがロイクをチラリと値踏みする

 あたりまえよ。釣り合うわけがないわ。


 みっちゃんに釣り合う男は、わたしは今のところあつしくんしか知らないのよね。


 そこでふと疑問に思った。

 わたしやあつしくんはみっちゃんがナンパされていても助けようとは思わない。

 思わないのだが―――


「………じゃあ、もしもあそこでナンパされてたのがわたしだったら?」


 自意識過剰と言われるかもしれないが、身長はちんちくりんといえども、わたしだって可愛さを求める年頃の女の子。容姿にはそれなりに自信があるつもりよ。

 そんなわたしがナンパをされたら、もちろんわたしはあつしくんの傍を離れるつもりはないし、自分で何とかする力はあるのだけど、果たして助けてくれるのか。


 そう思ってしまったのよ。

 すると


「「 全力で相手を殺す 」」

「「 お? 」」



 なんか声が二重に聞こえて即答が反ってきた。


 いや、なんでイグニラまで相手を殺そうとするのよ。

 いやそもそもあつしくんも。そこまで求めてないし


 というか、なんでわたしがツッコミをしなくちゃいけないのよ!


 それだけわたしを大事にしてくれているというのはわかったけどさ!


「なんか初めてお前と分かり合えた気がする………が、お前にはチィは渡さねえ」

「私も初めてあんたと同意見だと思ったわ。だけどチカは私のよ」

「………やめてーわたしのーためにーあらそわないーでー」

「なんで棒読みなの、チカちゃん………」



 ああ、フリームはわたしの清涼剤だ。冷静にツッコミをくれる………。


 あつしくんとイグニラの喧嘩はもう放っておこう。放置だ放置。もう知らん。

 わたしが居ると余計に火が大きくなりそうだ。もう疲れた。



 ええい、こんな漫才に付き合っている場合ではない。


 今はこっちじゃなくてみっちゃんの方だ。

 みっちゃんなら大丈夫だというのはわかってはいるんだけど、聞き耳を立てる。


「ごめんねロイクくん、私はみんなと離れられないから」

「そんな、絶対僕と一緒のほうが楽しいよ。あんなガキよりも僕の方が強いし僕ならキミを喜ばすことだってできるよ」


 必死にみっちゃんを引き抜こうとしているロイクの方の話が聞こえてくるたびにわたしの中のイライラゲージがふり切れそうになる。

 なんだか直球で下の話をしていないか?


 ああ、しかも今あつしくんをガキ呼ばわりしたことでおおらかなみっちゃんのイライラゲージもグンと上に伸びた!

 ひえ! ほほ笑みながら若干髪が逆立ってる! 能力押さえて! みっちゃん!


 ロイクも早くあきらめなさい! みっちゃんがやさしく断っているうちに!

 ハリー! ハリー! ハリー!


 みっちゃんはストレスをため込んでから爆発させるタイプの子だ。

 わたしもそうなんだけど、ストレスをボケツッコミで消化するわたしと違ってみっちゃんはストレス解消の手段が乏しい


 みっちゃんのためにも、ロイクのためにも………行くしかないようだ。


「………みっちゃんはわたしの大事なお姉ちゃん。勝手に取ったらダメ」

「あ、チーちゃん」


 みっちゃんがキレちゃう前に、わたしが間に入ることにした。

 わたしは、ばっと手を広げてみっちゃんを庇う。



 相手がAランク冒険者? オーガを一人で倒せる実力? そんなんだったらわたしは一撃でワイバーンの頭蓋を粉々に粉砕して蹴り殺せるっちゅうねん

 臆することはない。


「何よこの子」

「田舎娘の妹? なんでこんなところにいるのかしら」

「なんだよ、人と話しているときに間に入ってくるなんて非常識にも程が―――ひえ!? 少女!?」


 ロイクの前に立ってわたしから家族を奪うなとにらみつけると、ロイクは乱入者――つまりわたしをにらみ返してきた。

 と思ったら、いきなりビクリと肩を震わせて一歩下がった


「………ん?」

「え?」

「あっ!」


 想定外の反応に首をひねると、みっちゃんも同じように首をかしげ、ロイクの方は失言したとばかりに口に手を当てた


 少女? え、なに、女好きのくせに少女が怖いの? 


「………ねえ」

「く、来るな!」


 わたしが一歩近づけば、おびえたように後ろに下がるロイク。


 え、何この反応。予想外なんだけど。



 ロイクが後ろに下がると、ロイクの後ろには当然強面のおっさんがいて、おっさんに当たってしまう


 あーあ。あつしくんの忠告を無視してナンパばっかりしてるから後ろの人に迷惑を掛けちゃうんだよ


「おいにーちゃん。気を付けろ」

「あ、ああ。すまなかった………」


 ぶつかったときは素直に謝るのね。

 しかし、わたしは何もしていないのにこの反応をされればショックだ。

 わたしの話は終わってないし。


「………聞いてるの」

「く、来るなと言っているんだ! 僕は10歳以下の子供………特に女の子は特に苦手なんだ! 子供は何考えているのかわからないしうるさいし、あんなことは二度とごめんだ!」


 なにやら少女にトラウマが合う模様だ。

 しかしそんなことはどうだっていい。つかわたしは13歳よ!


「ロイク様は慈善活動の折に孤児院に立ち寄った際、子供達にズボンをずり下げられて子供たちに笑われたことはお気になさらず!」

「あの時は疲労が溜まっていただけよ、いつものロイクなら簡単によけられたはずよ!」


 どうでもいいエピソードの解説をありがとうございます。

 それを少女にされたの? かわいそう。


「しかもなんで冒険者でもないこんな小さな少女がこんなところにいるんだ! どうせキミじゃ聖剣は抜けないだろ! 時間とお金を無駄に浪費するくらいなら列から出て行ってくれた方が助かるよ!」


「………。」


 んー、まぁいいや。もういい。どうでもよくなった。

 一瞬血が上りかけたけど、急速にそれが冷める。


 あれだね。好きの反対は嫌いじゃなくて、無関心というのは本当だったんだ。

 嫌いを通り越して、もうわたしにはロイクの姿が見えなくなった。


 わたしはわめき散らすロなんとかを一瞥してからみっちゃんに向きなおる


「えっと………? これはチーちゃんをバカにされたと思っていいのかな?」


 みっちゃんも状況についていけていないようで、終始首をひねっていた。

 若干髪が逆立っているが、わたしがその髪を整えて降ろす。


「………どうでもいいけど、みっちゃんが解放されたならそれでいい」

「んー、それもそうね、ありがとう、チーちゃん」

「………少女が苦手ならちょうどいい。みっちゃんはわたしとフリームで壁をつくるから、その前に居て」

「そうするよ」


 恨めし気にこちらを見るロイク。

 こちらはロイクを無視して和気あいあいと列の流れに従って歩いた。


 歩くこと1時間でようやく台座までのカウントダウンができるほどの距離にたどり着いたよ


「………ふふ」


 さて、順番が来たら台座をぶっ壊そう。わたしは怒ったぞ。

 激おこスティックファイナリアリティぷんぷんドリームだ。


 思い切りやってしまおう。


 後ろの玉なしクソ野郎に聖剣を触れさせることなく終わらせる。

 台座を蹴飛ばして破壊して必ずや聖剣を無理やり我が物にしてくれてやるわ





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