55話 ルート分岐?
いつだってアンナさんは俺より二歩先を行っている。
それはもちろん生まれが俺より二学年ぶん早いから当然なのだけれど、『じゃあ同じ年に生まれていたら?』と仮定しても、やっぱり彼女は俺の二歩先を行くんじゃないかと思っている。
アルバイトだ。
アンナさんは音大の三年生なので(四年制に通っている)、もうそろそろアルバイトをやめて就職のための『実習』に出るらしい。
俺はそのあとがまを埋めることを期待され、教育を受けている。
音楽の実習というのがどんなものか、俺は説明されてもよくわからなかった――なんていうか、話が壮大すぎるのだ。
『とある巨匠の弟子として楽団に入る』とか言われてもスケールが全然実感できない。
ともあれアンナさんは努力と才能を認められ、音楽家としての一歩を踏み出す。
日々の練習は困難なものだっただろう――にもかかわらず、アルバイトをこなしているのだからおそれいる。
しかもその仕事ぶりは丁寧で後輩に優しく、ものを教えるのがうまく、飲食店のホールスタッフという仕事がら、客にも人気だということで、『はえー』って感じだ。
『天は二物を与えず』というのはどこの世界の言葉だったか。
とんだたわごともあったものだと思う――天恵は一極集中するものだ。
持てる者はどんどん持っていくし、持たざるものは、なにかを獲得するための元手もなく、失い続けるのだ。
通常、そういった『天に愛されている人』を見ると、俺の心には厭世的な嫉妬心が芽生えるものだった。
才覚があり天に愛されなおかつ努力をし、あと、すごい美人――こんな人を見ると世の中に嫌気がさし、『どうせ俺なんか』と思ってしまうのが、常であったのだ。
だが、アンナさんを見ていてもまったくそういう感情がわいてこない。
愛される人なのだ。どこに行っても中心にいるような人なのだ。
見る者の心に嫉妬しか生まない要素を兼ね備えていながら、しかし実際にふれあうとそのほがらかさに救われるような、そんな人なのだ。
アルバイトの仕事を一通り伝授され終えたころ、俺はアンナさんにこんなことを言われた。
「コンサートに出られるようになったら、チケット送るからね」
俺にはあいかわらず音楽がわからないし、アンナさんが専攻しているような音楽は敷居が高く感じられ、興味もなかった。
それでも、俺は絶対にコンサートに行こうと思った。
格調高い音楽には興味がなくても、アンナさんの奏でる音には興味があったからだ。
俺はとっくに、アンナさんを『遠くの人』のように感じている。
たまに、想像することがある。
『もし、どこかでなにか、違う選択をしていたら、今とは違う運命があったんじゃないか?』
それこそ――アンナさんと俺の関係がもっと深くなるような運命も、あったんじゃないか、と思う。
……うーん。
ないな。
想像がつかない。
雪の降る聖女聖誕祭の日、事故みたいな展開で間違ってアンナさんをミリムの家に送りとどけず、普通に俺の家に招いていたらあったか?
両親が普通にいる俺の家に招いてそんな展開が?
……俺は人生を終えるたび『人生の感想戦』をしている。
だからこそ、わかった。『そんな道はない』。俺の性格がもし違えばありえたかもしれないが、俺の性格という要素をゆるがせにしていいなら、それこそなんでもアリだ。
性格は変わらない。
百万回生まれ変わっても、俺は、冒険をしない。
だから俺は、アンナさんに言う。
「応援してます。がんばってください」
テンプレートな応援の言葉。
でも、万感の思いをこめて、俺は彼女の行く道を祝福したのだった。
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