俺を選出するとは、なかなか見る目がありますわね。
「見てー、野球選手いるよー!全然名前分かんないけど!!」
「ビクトリーズの選手だってー、やばー!」
「ねえ、握手してもらおうよ、握手!なんか書くものない?書くもの!」
「コンビニあるんだから、買ってくればー?」
みたいな感じで、ガヤガヤと賑やかされてしまうも、酒を飲んだ高揚感と、若い女の子にちやほやされてテンションの上がった俺達3人は、にこやかにサインや写真撮影に応じた。
気付けばその場で30分くらいその集団と駄弁ってしまい、軽く買い物をしてコンビニを出た頃には、コーチに言われていた門限の夜10時を過ぎてしまっていた。
まあ別にホテルの出入口に見張りがいるわけじゃないしね。
とはいえ、ちょっとくらいは、やばいなあと思いつつも、一般の人に絡まれてしまったし、シーズン中じゃないから別に大丈夫だろうと自分に言い効かせて、そろーりそろーりと、誰にも会わぬように柴ちゃんと部屋に戻った。
カバカバとミネラルウォーターを飲みながら着替えて、大浴場へひとっ風呂浴びに行き、コンビニで買ったプリンやシュークリームを食べて、寝る前に少しみのりん達とメッセージのやりとりをして、ベッドで横になり目を閉じた。
そして次起きた時には、腕組みしたコーチおじさんの1人が俺の枕元に立っていたのだ。
恐怖である。
恐怖でしかない。
「おい、新井。いつまで寝ているつもりだ。起きろ!」
そう言われて、ベッドの中でもぞもぞしながらスマホで時間を確認すると…………午前9時を既に過ぎていた。
練習の開始時間は午前8時半。
あら? とっくに時間が過ぎていますわ。終了。わたくしの野球人生終了の予感ですわ!
てか、柴崎の野郎はどうした!?どうしてコーチが来てしまう時間まで俺を放置してんだ!同期だろ!1、2番コンビだろ!あの薄情者め!
彼女と拗れた時は、野球にも支障が出るくらいビービー泣いていたくせに!
よし、とりあえず土下座しようと心を決めながら、瞼を擦りつつ、コーチに挨拶をして、体を起こす。
正直、あまり絡んだことがない2軍のコーチなので、ちょっとどういうテンションでいたらいいか分からない。寝起きだし。
「全く。まるでお前には緊張感がないな。そんなことでは、来シーズンは苦労することになるぞ」
俺が起きたことを確認したコーチは、側の椅子から立ち上がり、ケータイを取り出して、耳に当てる。
「ああ、私だ。今やっと起きたぞ。……515号室だ。よろしく頼む」
コーチは電話の相手にそう話し、ケータイをしまう。
「すぐに迎えが来るぞ。荷物まとめて顔でも洗っておけ」
「ういー」
ん? 荷物まとめろ?
もしかして、俺は宇都宮へ強制送還なの?
門限破ったから?
「新井さーん! おっはよーございまーす!今日は清々しい朝ですねえ! すごい晴れてますよー!」
セカバンとキャリーケースに着替えやら、やきう道具を詰め込んでいると、コーチが開けていたドアの方から元気のいい声が飛び込んできた。
「あら。宮森ちゃん。おはよう。でも君は、本社で仕事なんじゃ……。どうしたの?こんなグンマーの山奥に……」
「何って、迎えですよ、迎え。新井さんのお迎え!お偉いさんから直々のお願いでしてね。このように馳せ参じたわけですよ!」
そう言って宮森ちゃんは、球団が所有する車のキーを俺に見せた。宇都宮からここまで車で2時間はかかる。
随分朝早くからそのお迎えとやらで来てくれたみたいだ。
しかも、スーツ姿の大卒1年目の小娘が登場。普段の忙しい広報業務ではないからか、いつもよりテンションは高めだ。
しかし、秋キャンプの真っ最中なのに、どうしてわざわざ宇都宮から車をかっ飛ばしてきたのだろうか。
宮森ちゃんの次の言葉でその謎は解けた。
謎は解けたが、信じられないものだった。
「あれ? まだコーチさんから聞いていないんですか? ………新井さんはなんとこの度、日本代表に選ばれたんですよ!」
「……………え? にほん………だいひょう?………なんの?」
「野球のです」
「え?」
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