キッシーがうっすらと泣いてた。
アウトコースギリギリのボールに対して、ミートしただけ。打つ瞬間までそういう感じに見えた。
ぐっと足を上げてタメを作り、キッシーのボールを狙い澄ます。
力まず騒がずでスムーズに出したバットにボールをミートするシンプルさがありながら、ボールが飛ばした姿はホームランバッターのそれ。
俺からはそんなスイングに見えた。その前のフォークボールを力いっぱいスイングして迎えにいっていたバッティングとはまるで別人。
外側のボールを逆方向に打ち返す術を熟知しているベテランスラッガーのような。彼に何かが乗り移ったのかと考えてしまうくらいに。
そして、打球が上がった瞬間、ドーム内の空気がピタッと止まったようだった。
両チームのグラウンドにいる選手、両チームのベンチ。両チームのファン。4人の審判、カメラマンや報道陣。キッシー、鶴石さん。打球を放った吉原までも。
左中間に上がり、レフトセンターが見上げ、諦め、ビクトリーズファンがいる右側。スカイスターズファンに占領された左中間スタンドの中段ど真ん中に消えていく白球。
それが着弾した瞬間、1塁と本塁の真ん中で、打った吉原が転びそうになりながら1塁ベンチに向かって両手を上げて、その1塁ベンチからあふれ出るようにスカイスターズの選手達が全員飛び出してきた。
ホームランを打った吉原は1塁、2塁をピョンコピョンコと飛び跳ねるようにして大喜びしながらも、3塁ベースを回る時には少し涙ぐんだ顔になっていた。
色々と込み上げるものがあるのが痛いくらいに分かる。
3塁ベースおじさんと、もう抱き合うような勢いでハイタッチをして、並ぶようにしながら走り、ホームベースに向かっていく。
ベンチから飛び出してきた白とオレンジ色のユニフォームを着た選手達は、各々で喜びながらも、早くこい、早くこいと、待ちきれない様子でホームベースの周りを取り囲んで優勝を決めたヒーローの生還を待っている。
「うおおぉぉっ!!よっっしゃああああぁっ!!!」
3塁ベンチの前まで聞こえる吉原の雄叫び。
ホームベースの手前でかぶっていたヘルメットをポーンと高く放り投げてそのままジャンプして両足でホームイン。
するとスカイスターズの選手に取り囲まれ一気にもみくちゃにされる。
スタンドもそこら中でお祭り騒ぎ。まさに狂喜乱舞。
俺はそんな中、ゆっくりと3塁ベンチから出てグラウンドの中央に向かう。
優勝したチームの邪魔になりますから、打たれた悔しさからか、ただ1人まだベンチに帰ってこないキッシーを迎えに行きましょうか。
同い年ですからね。
「「わーっしょい!!!」」」
「「わーっしょい!!!!」」
「「わーっしょい!!!!」」
グラウンドの真ん中でスカイスターズの監督さんが4度5度と胴上げされている。
うちのチームメイト達は、キッシーを含めてすぐさまベンチ裏に消えてしまったが、俺はただ1人。引き上げる準備をしながら、ベンチの中でなんとなく突っ立ったまま、歓喜の胴上げをする相手チームを見つめていた。
去年までは、プロ野球なんて見る立場だったはずの俺が今や目の前で胴上げを食らう立場になっていたのだ。
しかも、俺のタイムリーと得点があって得た2点が東日本リーグ3連覇を成し遂げたチームを最後まで苦しめた。
だからというのもあるが、あまり悔しさは感じない。むしろベストは尽くした。自分自身はやりきったという清々しい気持ちがあるくらいだ。
試合終盤にチームで1番信頼出来るリリーフが打たれたのだから仕方がない。
来年やり返せばいいのさ。
北関東 100 001 000 2
東京 000 000 021× 3
勝 上田2勝3敗 負 岸田 2勝4敗19S
本塁打
東京 平柳24号2ラン(8回) 吉原1号ソロ(9回)
東京スカイスターズが東日本リーグ優勝を決めた。試合は初回、ノーアウトランナー2塁のチャンスに、新井がライト線へタイムリーを放ちビクトリーズが先制する。さらに6回には赤月の犠牲フライで2点目を挙げた。
スカイスターズは8回、平柳の2ランホームランで同点に追い付くと、9回裏には代打吉原卓のプロ初ホームランとなる、劇的なサヨナラアーチが飛び出し、3年連続25回のリーグ優勝を決めた。
スカイスターズは8回9回と好リリーフの上田が勝ち投手。敗れた北関東は、先発連城が7回無失点の好投も、終盤に痛恨のホームランを浴びるなど救援陣が誤算だった。
試合後談話
同点2ランホームランの平柳。
「打ったのはインコースの変化球。上手く体が反応して打ち返すことが出来た。チームに貢献出来るホームランで嬉しい」
プロ初ホームラン。サヨナラホームランの吉原卓。
「言葉が出ない。ダイヤモンドを1周する間、お世話になった人達の顔が浮かんだ。クライマックスシリーズでもチャンスがもらえればまたチームに恩返ししたい」
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