またコリジョンで得する新井さん

「痛い? 痛いですか?」


「まあ、それなりに……」


「気をつけて下さいよ。………はい、終わりです」


なんかトレーナー達は、先発ピッチャーのケアをしたり、体の違和感を訴えた選手を見ていたりと、俺の擦り傷ごときに構っていられるほど暇ではないようで、仕方なく今は暇していた宮森ちゃんに甘えることにした。



仕方なくなんだからね!!



しかし、彼女は彼女で仕方ないですねえと作ったような嫌な顔をしながら、すぐに救急箱を用意してくれた。


擦り傷にきれいに拭い、消毒液を染み込ませた脱脂綿で優しく撫でる。


でっかい絆創膏をビターンと貼り、最後に肌色の布テープをぐるぐるっと巻いてくれた。


トレーナーのテキパキした処置も、もちろん安心出来るが、宮森ちゃんの少しこそばゆい慣れない手つきも悪くない。


俺は彼女にお礼を言って、少しはぁはぁしながらベンチに戻ると、ちょうどビデオ判定を終えた審判団がバックネットから出てくるところだった。


そして責任審判のおじさんがまた1曲歌う。




「えー。責任審判の原田です。先ほどのプレーについてご説明致します。……ランナーであった新井選手の走路上に、岩川投手が入ってタッチプレーを行いながら接触しましたので、コリジョンルールを適応しまして、ランナーのホームインを認め、スコアは3ー2。1アウト2塁で試合を再開します」







という説明があり、札幌のドーム内は9割以上のフライヤーズファンの落胆の声に包まれた。


例によって、バックスクリーンに俺が滑り込んでラッキースケベを狙うようにしてピッチャーを抱き寄せるように転倒するリプレイが何度も流されたが、走路を塞ぎながら俺をタッチしている形になっているのは明らかだった。



あと1、2歩ホームに向かうのが遅れていたら逆に俺が反則を取られる側になっていたかもしれないというくらいのタイミング。



相手がピッチャーだからとはいえ、多目に見るということもなく、コリジョンルールの規定に従う形で、ビクトリーズに勝ち越しの1点が入った。



そんな形とはいえ、欲しかった1点がラッキースケベで入ったうちは、結果6回2失点と連城君が出来が良かったとは言えないがなんとか要所を凌ぐ粘りのピッチングを披露。


7回はベテランの奥田さん。8回はロンパオ。9回はキッシーという勝ちパターンに入るつもりだったのだが。



8回2アウトから内野安打で出したランナーに2盗を決められ、2ストライクと追い込み、バットを折りながらも、センター前に落とされる痛恨のタイムリーで同点。


試合はそのまま延長に入ったが、互いの打線に決め手がなく、3ー3のまま引き分けに終わった。








昨日引き分けとはいえ、4連勝中のビクトリーズはデーゲーム後の外出はほどほどに夜9時にホテル多目的ルームで全体ミーティングを行い、明日先発が発表されているルーキーピッチャーの攻略作戦を練り、日曜日の試合に臨んだ。



そして日曜日の午後1時。両チームのスタメンが発表されたのだが、相手の北海道フライヤーズはそれまでと比べてガラリと打線を組み替えてきた。


うちの先発である右サイドスローの広本さんに対して、スタメン野手8人中7人が左バッター。


その右バッターも替えの効かない4番打者のみで、今シーズン32本のホームランを打っている助っ人を外して、代わりに2軍から上げた今季初スタメンとなる若手の選手を起用する徹底っぷり。



しかし、34歳35歳のベテランバッテリーにとっては想定の範囲内だったようだ。


そっちがそう来るなら、こちらも遠慮なく……みたいな感じで左打者の胸元膝元をスライダーでグイグイ攻め込んでいく。


気づけば5回を被安打2、無失点と文句のないピッチング。


そしてそのベテラン2人に応えるようにして37歳キャプテンが会心の一撃。それまで好投していた相手のルーキーピッチャーのストレートを捉えると、打球は物凄い弾道でバックスクリーンに飛び込んでいった。








「ウエーイ!」


「ウエーイ! ウエーイ!」


「ウエーイ、ウエーイ、ウエーイ!!」


0ー0の均衡を破った阿久津さんの1発にベンチは湧き返った。


阿久津さんがバットを振り抜いた瞬間、ベンチにいた全員がただただその場から立ち上がり、無言で遠ざかる打球の行方を見る静寂の時間。


センター後方のフェンスの向こう側。バックスクリーンに白球がポーンと跳ねると、1塁ベースを踏みながら、阿久津さんがベンチに向かって強くガッツポーズした。


打球が弾んだバックスクリーンが背景になる。


その打球を放ち、右手を上げながらベースを回っていく阿久津さんの姿。


それを見ていた俺達も両手を上げながら叫ぶ中、1番嬉しそうなのはベンチの1番後ろで見ていた先発の広元さん。阿久津さんと同じ、おじさんの部類。


ベンチの前と後ろ付近の離れたところで、キャッチャーの鶴石さんとなんだか苦笑いするようにお互いがしばらく見つめ合っていた。


阿久津さんのホームランに喜びながらも、なんだか照れたようにして驚いている、そんな表情に見えた。


阿久津さんがホームインしてベンチに帰ってくると、ハイタッチを終えた盛り上がりの後。


みんながはけたベンチの隅の方で、汗だくになっている3人のベテランが、互いを労うように強く握手を交わしていた。

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